360 Reality Audioとスタジオ近況 〜【第19回】DIYで造るイマーシブ・スタジオ 古賀健一

 2022年になりました。新年一発目はSONY 360 Reality Audioについて書く予定でしたが、まだ自分の知識が追いつかず、読者の方々に正しい情報を提供できないと判断し、その途中経過と最近のスタジオ・ブラッシュアップ模様を書いてみようと思います。

L/C/Rの更新で余ったスピーカーを360 Reality Audioのボトム用に

 年末、幸いにも360 Reality Audioでのミックス依頼をいただき、AUDIO FUTURES 360 Reality Audio Creative Suiteをインストールして準備を始めていました。Xylomania Studioの環境も12月に特注センター・スピーカーが届き、L/C/Rを晴れてPMC Twotwo.8に変更できたので、Twotwo.6が3本余っていました。

 

 僕のスタジオはAES/EBUでAVID Pro Tools|MTRXとスピーカーをデジタル接続しています。なのでアウトプットの制限は16ch。Dolby Atmosの配置と360 Reality Audioの配置を組み合わせ、最大9.0.4.3chのスピーカー構成を組むことができました。

 

 360 Reality Audioの本来の推奨は5.0.5.3chです。“なんだ、その魔法みたいな数字は?”と思う方も多いと思いますが、最初の5は平面5chサラウンドと同じで、リアは110°です。次の0は、サブウーファーを使わないという意味。次の5は天井で、平面と同じ配置の5chサラウンド。最後の3は360 Reality Audio最大の特徴、前方下方に置かれるボトム・スピーカー(L/C/R)になります。

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ソニー・ミュージックスタジオ東京での360 Reality Audio試聴。計13台のMUSIKELCTRONIC GEITHAIN RL906でモニター・システムが組まれている。写真では水平面とトップはフロント側しか写っていないが、実際には5chずつでリアにサラウンドL/Rがある。ボトムは写真のフロントL/C/Rの3ch

 Amazon MusicではDolby Atmos Musicと360 Reality Audioを総称して“空間オーディオ”と呼んでいますが、Dolby Atmos Musicと360 Reality Audioは何が違うんですか?という質問をよくいただきます。すごく簡単に地球で例えるとDolby Atmos Musicは北半球の音場であるのに対し、360 Reality Audioは地球全体(全天球)の音場。理由は、ボトムにスピーカーがあるからです。

 

 ミックスでの違いは、Dolby Atmos Musicには7.1.2(10ch)のベッド・チャンネルと118のオブジェクトがありますが、360 Reality Audioは128のオブジェクトのみでできてます。一つ一つの音を全球体の中に配置していくイメージです。また、現在日本で360 Reality Audioが気軽に楽しめるのはAmazon Music UnlimitedとDeezerでのバイノーラル試聴です(nugs.netもあります)。

 

 360 Reality Audioのもう一つの大きな特徴は、耳の写真をスマートフォンで撮って、その人のHTRF(頭部伝達関数)を数値化。それを再生時に反映させて、音源を最適化する仕組みです(要対応ヘッドフォン/イアフォン)。“ん?待って? それも難しくて何のこっちゃ分からないぞ?”って普通思いますよね。人によって、頭の形、左右の耳の形、耳穴の形状、眼鏡、肩幅(音が反射する)などで、聴こえ方が異なります。それを写真から類推して、ヘッドフォンで誰にでも同じ音を届けることができるという技術です。

 

 聴こえ方の差を周波数で見ると、人によっては10〜20dBほどあると言われています。そんなにあるのか!?と、僕もびっくりしました。しかし、先日、大きな病院で聴力検査をする機会があり、計測範囲は100Hz〜8kHzでしたが、500Hz辺りで左右の違いが3dBほどありました。担当医によると、それでも左右のバランスは良い方だそうですが、結果のグラフは1目盛りが10dB単位だったので、少し納得した自分が居ました。こうした立体音響やHTRFのような技術で、難聴の方や左右バランスが悪い方々にも、新たな音楽体験が開かれることを願っています。

 

 ここまで紹介しておいて、すごく残念なことが一つ。現時点でこの個人最適化は、Amazon Musicには反映されないとのことです。今後のアップデートに期待しましょう。

サブウーファー4発体制にスピーカー調整は月に1回は実施

 さて最近のスタジオ・アップデート・ポイント。まず、追加発注しているサブウーファー2基がまもなく届きそうです。これで夢の4発体験ができます。また、フロント・スピーカーがすべてTwotwo.8になったので、リスニング距離が変わりました。そのためにタイム・アライメントの再調整を実施。距離からディレイ・タイムを算出し、さらに追い込むべく実際にマイクを立ててスパイク音で計測、Pro Tools|MTRXのSPQカードで0.01ms単位で合わせます。スピーカー調整は必ずミックス・チェック前に加えて、少なくとも月に1回は行うように心掛けています。

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Xylomania StudioのフロントL/C/Rを、PMC Twotwo.6から一回り大きなTwotwo.8へリプレース。センターはツィーターが左右の中央にある特注仕様。Twotwo.6は360 Reality Audioのボトムに転用した

 スピーカーの床からの高さも正確に合わせるために、L/C/R用のスタンドをACOUSTIC REVIVEに特注しました。支柱も2本のビクリともしない激重スタンドです。MOOFのインシュレーターにも引き続き活躍してもらいます。

 

 また、前回取り上げた宮本あゆみさんの配信の経過としては、僕は前々からマスタリングの仕事もしていたので、Apple Digital Masterを取得しています。なので、AVIDに報告し、AvidPlay上でバッジをつけていただきました。再生レポートは、まだApple Musicのみの再生回数しか反映されていないので、今後の動きを待ちたいと思います。

 

 最後に、1月5日にリリースされた、バリトン・サックス10人編成のバンド=東京中低域の空間オーディオ「Eleven Kinds 2021」を録音/ミックスしました。小ホールを360°使いレコーディングしたので、ぜひ聴いていただきたいです!

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水谷紹(写真右奥)率いるバリトン・サックスのみの10人編成アンサンブル、東京中低域の小ホール・レコーディング。客席もフルに使い。メンバーが自由に動き回るセクションや、回ったり飛び跳ねたりして楽しく録音した

古賀健一

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【Profile】レコーディング・エンジニア。青葉台スタジオに入社後、フリーランスとして独立。2014年Xylomania Studioを設立。これまでにチャットモンチー、ASIAN KUNG-FU GENERATION、Official髭男dism、ichikoro、D.W.ニコルズなどの作品に携わる。また、商業スタジオやミュージシャンのプライベート・スタジオの音響アドバイスも手掛ける。
Photo:Hiroshi Hatano