アーティスト像と同時に人間像も鮮明に浮かび上がる作品
ベルリンでは、前回の本コラムで紹介したCTMという音楽フェスティバルが1月の末に開催され、その大体1〜2週間後の2月前半に、ベルリン国際映画祭が開かれるというのが冬の文化カレンダーとなっている。今年で映画祭の開催は73回目となるが、毎年数本は音楽系の映画が必ず含まれているように思う。特に今年は一般的知名度も高いドナ・サマーのドキュメンタリー映画『Love To Love You, Donna Summer』が、最も大きい会場の一つで世界初公開された。非常に充実した内容の素晴らしい作品だったので紹介したい。
アメリカ人でありながら、ドイツでアーティストとしてのソロ・キャリアを築いたドナ・サマー。ジョルジオ・モロダーとの名コンビで“ディスコの女王”に上り詰めた彼女の半生を描いた映画のワールド・プレミアが、ベルリン映画祭で行われたことは感慨深い。そのような内容の上映前の舞台挨拶が、監督ロジャー・ロス・ウィリアムスと、共同プロデューサーを務めた実の娘ブルックリン・スダーノからもあった。実の夫と娘がプロデューサーであるため、アーティストの伝記映画を巡ってよくありがちな映画制作者と家族との不和もない。プライベートなビデオや録音などのアーカイブもふんだんに使用されていて、ドナ・サマーというアーティスト像と同時に、人間像も鮮明に浮かび上がる。
曲作りにおいても、興味深いエピソードが紹介されていた。例えば「I Feel Love」の印象的なイントロは彼女のアイディアであったこと。シンガー・ソングライターとしての才能も豊かであったこと。セックス・アイコン的なイメージから脱却することに苦戦したこと。幼少から教会でゴスペルを歌っていたせいで悲哀のある表現力が身についていたこと。
また、彼女が活躍した時代の社会的、文化的背景を垣間見れたことも大変面白かった。MTVでPVが流れた初の黒人女性アーティストであったこと。「She Works Hard For The Money」は、フェミニズムの盛り上がりにより後押しされ、女性ファンを増やしたこと。所属していたカサブランカ・レコードの不当な契約に対して訴訟を起こし、和解にこぎつけたこと。晩年敬虔なクリスチャンとなってからした発言で、キャリア初期のファンベースであったゲイ・コミュニティの反感を買ってしまったことなど。見終わった後に、改めてドナ・サマーの作品を聴き直そうと思える(実際に聴き直した!)映画であった。HBO Maxにて今年5月から公開予定。
浅沼優子/Yuko Asanuma
【Profile】2009年よりベルリンを拠点に活動中の音楽ライター/翻訳家。近年はアーティストのブッキングやマネージメント、イベント企画なども行っている