レインボー・ベースの新たな物語
ベルリンで“レインボー・ベース”を提唱し、DJ、アクティビスト、イベント・プロモーター、音楽プロデューサーと幅広く活躍するサラ・ファリーナ。DJとして幅広いベース・ミュージックをプレイしてきた彼女が、プロデューサーとして4月5日にデビュー作『Stay Soft』を発表した。シカゴのボーカリスト、ティッシュ・ベイリーをフィーチャーした3曲入りのEPだ。この作品には、マイノリティの立場からダンス・フロアにまつわる政治にさまざまな形で関わってきた、彼女らしいエピソードがあるので紹介したい。
昨年惜しくも56歳の若さで他界した、シカゴのゲットー・ハウスの代名詞的なアーティストの一人であるDJ Deeon。彼の代表曲の一つである「Freak Like Me」(Dance Mania、1996年)は、オンライン上で7,500万回以上再生されているという。2016年にはイギリスのレーベルから原曲をサンプリングしたリメイク曲がリリースされ、ヒットしている。日本でも、この曲に聴き覚えのあるダンス・ミュージック・ファンは多いのではないだろうか。この楽曲の印象的な女性ボーカルが、同じくシカゴを拠点にする黒人女性シンガーのティッシュ・ベイリーだ。
この曲をよくプレイしていたサラが、2019年に曲のことを調べていたところ、ティッシュがそのボーカリストであり、歌詞も書いていたことを知った。しかし、それにもかかわらず、これまで一切クレジットされなかったどころか、ロイヤリティを1セントも受け取ったことがないという。この事実に衝撃を受けたサラが、大西洋を超えてティッシュと連絡を取り合うようになり、それをきっかけに楽曲を共同制作することになった。その成果がこのEPというわけだ。
『Stay Soft』のリリースを機に、ティッシュの失われた評価とロイヤリティを少しでもコミュニティの力で取り戻すためのキャンペーンが発足した。ティッシュのストーリーについての詳細は、立ち上げられた彼女のWebサイト(www.tishbaileymusic.com)で読むことができる。ティッシュをサポートするクラウドファンディングも立ち上げられている(https://www.gofundme.com/f/tish-bailey)。レコード産業において黒人や女性といったマイノリティが搾取されてしまう事例は非常に多い。この曲になじみのある方、このエピソードに共感する方は、ぜひ楽曲の購入や寄付でサラとティッシュのサポートを。
浅沼優子/Yuko Asanuma
【Profile】2009年よりベルリンを拠点に活動中の音楽ライター/翻訳家。近年はアーティストのブッキングやマネージメント、イベント企画なども行っている