建造物再建現場のサンプル音で楽曲を制作
2020年8月4日に起こった、レバノンのベイルート港爆発事故。その瞬間の衝撃的な映像は全世界のSNSや報道番組で繰り返し映し出され、いまだに記憶に鮮明だ。200名以上が死亡、7000人以上が負傷し、重要な美術品や建造物を含む文化財も破壊されるという甚大な被害の傷跡は深い。政治腐敗と経済危機のため、今も混乱が続くベイルートだが、市民の手によって街の再建や文化遺産の修復プロジェクトも進められている。ベイルート出身の友人で、ベルリンおよびヨーロッパで活動するマイケル・フェガリとラミ・アビ・ラフィもそれに貢献する2人だ。
以前から独立系レコード・レーベル“System Revival”を運営していた2人は、ユニークなチャリティ・コンピレーションを制作した。今年の4月に発表された『Past and Future: A fundraiser for Beirut Heritage Initiative』と題されたこの作品は、Bandcampで購入することができる。このコンピは、単に複数のアーティストが提供した楽曲を集めただけではない。実際のベイルートの建造物再建現場で録音されたオーディオ・サンプルによってすべて作られている。
ラミ自身も楽曲を提供しているほか、注目を集めるケニア人アンビエント・アーティストのKMRUや、ベルリンで活躍するテクノ系アーティストのIreen AmnesやRefractedに加え、ベイルートのアーティストもサンプル音を使用して制作された楽曲を提供している。エレクトロニカやアンビエントのスタイルの楽曲が並び、事故の悲惨さとは対照的に、心地良く落ち着く曲が多い。
コンピレーションを購入すると、ボーナスとして200以上の録音が集められたサンプル・パックも付属してくるので、それをそれぞれの楽曲制作に生かすのも良いかもしれない。
収益は、ベイルートの爆発で破壊された歴史的建造物の再建を手がける建築家集団、ベイルート文化遺産イニシアティブ(BHI)に100%寄付される。BHIのサイトによれば、670棟の歴史的建造物が破損を負ったというから、気の遠くなるような活動を続けなければならない。この団体に直接寄付をすることも可能だが、ベイルートの建造物そのものの“音”に触れながらその活動を支援してみてはどうだろうか。
浅沼優子/Yuko Asanuma
【Profile】2009年よりベルリンを拠点に活動中の音楽ライター/翻訳家。近年はアーティストのブッキングやマネージメント、イベント企画なども行っている