国内老舗の音響機器メーカー、STAX。静電型(コンデンサー型)ヘッドホンの“イヤースピーカー”と、専用ヘッドホン・アンプ“ドライバー・ユニット”を展開しており、ダイナミック型とは違う唯一無二の響きはピュア・オーディオ/プロ・オーディオの世界で評価されている。そのSTAXから新たに登場したのが、入門モデルとなるイヤースピーカーのSR-X1と小型ドライバー・ユニットのSRM-270SをセットにしたSRS-X1000だ。STAXのイヤースピーカーを普段から愛用しているエンジニアの星野誠によるレビューとともに、SRS-X1000の性能を詳しく見ていこう。
写真:八島崇
Overview:SRS-X1000
STAXイヤースピーカーの新エントリー機SR-X1と、新開発の小型ドライバー・ユニットSRM-270Sを組み合わせたセット・モデル。SR-X1は円形イヤースピーカーを現代の設計思想で再構築したモデルで、SR-1とSR-Xをモチーフとしたデザインに新設計の中型円形ユニットを搭載し、静電型の持ち味であるフラットでニュートラルな再現性を特徴としている。SRM-270Sは旧モデル(SRM-252S)をアップデートし、高品位化したRCA端子、3mm厚フロント・アルミ・パネル、サイズアップして放熱効果を高めたアルミ押し出しケースを採用。アンプ初段には最新のローノイズFETを選別し、出力段にはブラッシュアップしたエミッタフォロワー回路を搭載した。
【Specifications】
SR-X1(イヤースピーカー)
●形式:プッシュプル・エレクトロスタティック(静電型)円形発音体、後方開放型エンクロージャー ●ユニット形状:中型円形 ●固定電極:高精度エッチング電極 ●周波数特性:7Hz〜41kHz ●静電容量:110pF (付属ケーブルを含む) ●インピーダンス:145kΩ (10kHzにて、2.5m付属ケーブルを含む) ●感度:101dB/100Vr.m.s.(入力/1kHz) ●重量:234g(本体のみ)
SRM-270S(ドライバー・ユニット)
●周波数特性:DC~35kHz/+0,−3dB ●高調波歪率:0.01%以下/1kHz 100V r.m.s. ●増幅度:58dB (800倍) ●定格入力レベル:125mV/100V r.m.s.出力 ●入出力端子:入力/RCAピン×1、出力/パラレル・アウト×1 ●外形寸法:132(W)×38(H)×153(D)mm (突起部含まず) ●重量:540g ●電源電圧:100V専用ACアダプター付属 ●消費電力:DC12V/500mA
Point! 静電型ヘッドホンとは?
STAXが謳う“静電型”とは、その名が示すように静電気の力を応用して音を再生する仕組みとなっている。一般的に使われるヘッドホンの多くは、音を再生する発音部分=ドライバー・ユニットに強磁力マグネットやボイスコイルが組み込まれており、それらによって生まれた磁力がダイアフラム(振動板)を動かすことで、人の耳が聴き取れる音を生み出す。一方の静電型は、プラスチックでできた極めて薄い振動膜とそれを挟むように設置されている固定電極で構成されている。固定電極に信号電圧をかけると、片方の固定電極がプラス、もう一方がマイナスになり、振動膜を静電気の力で押し引きすることで音を発生。そのため、プッシュ・プル方式とも呼ばれる。
固定電極は音を透過させるためにメッシュ構造になっており、振動膜の両面において音が発生するため、静電型ヘッドホンはすべて開放型(オープン・イヤー)だ。薄い膜は非常に軽いため、優れたトランジェント特性やひずみの少ないサウンドを実現する駆動方式となっている。ただし、高電圧の信号が必要となるため、専用の外部ドライバー・ユニット(アンプ)が必要となる。
Review:星野誠 meets SRS-X1000
STAXのイヤースピーカーを普段から愛用しているエンジニアの星野誠に、SRS-X1000のセットアップを試してもらった。プロの耳にSR-X1とSRM-270Sはどのように響いたのだろうか?
音の世界が広がる感覚 曲を俯瞰して捉えることができます
僕が使っているSR-X9000と同じく、使っていて疲れない上品で柔らかな質感です。着け心地の良いイヤー・パッドとフレームで作られていて、再生される音は適度な距離を感じる響き。長時間の試聴や作業でも圧迫感がありません。そういう意味では、スピーカーで聴いている感覚に近いと言えますね。
STAXの製品はコンデンサー型(静電型)と呼ばれるヘッドホンで、マイクで言えばダイナミックとコンデンサーで音が違うように、このSR-X1を聴いてもらうと普段使っているヘッドホンとの違いを感じられると思います。ダイナミック型が頭のど真ん中で芯を持った音であるとすると、コンデンサー型のSTAXはその音の世界が広がる感覚。生楽器の音は特に気持ち良く感じられるはずです。
SR-X1は、音にのめり込むという感じよりは一歩引いて全体を見渡すような音像です。作曲やミックスにおいて、曲を俯瞰(ふかん)して捉えて音を配置していくような作業にはぴったりだと思います。空間を感じ取るのに適しているので、リバーブやディレイといった空間系エフェクトや、EQによる音の距離感のコントロールは行いやすいでしょう。
世の中にはリスニング用やモニター用のヘッドホンがありますが、SR-X1は音楽を聴いて楽しむのも、音楽を作り出す作業にも対応して両立させてくれます。素晴らしい音源は素晴らしく、物足りない部分は物足りなく感じさせてくれるんです。わざと良い感じに強調したりすることがないのが魅力的ですね。
ドライバー・ユニットのSRM-270Sは、上位モデルと違ってRCAピンの入力となっており、どちらかというとリスニングに適した仕様ですが、変換アダプターなどを使えばパソコンのヘッドホン・アウトとも接続できます。普段の音楽を楽しむ環境として、そして制作におけるモニタリング・システムの一つとして、SR-X1とSRM-270SはSTAX入門モデルに適しているのではないでしょうか。
Essential Gear:SR-X9000 & SRM-T8000
星野の愛用モデル、SR-X9000とSRM-T8000。“0.1単位の細かさで音を判断できる”と星野が信頼を置くフラッグシップ機についても話を聞いた。
STAXのフラッグシップ・モデル、SR-X9000(写真左)とSRM-T8000(写真右)。SR-X9000は、金属メッシュや多層固定電極の製造技術向上により誕生した、メッシュ電極と従来のエッチング電極を熱拡散結合で圧着した4層構造の“MLER-3”を搭載。前フラグシップ・モデルから20%の大型化を果たしたダイアフラムを備え、広い音場を実現している。SRM-T8000は真空管と半導体によるハイブリッド構成のドライバー・ユニット。イヤースピーカーをしっかりとドライブしながら、低ノイズかつ高解像度なサウンドを再生する。
部屋の広さまで感じ取れるサウンド
オープン型ヘッドホンは音が外側に逃げる分、聴き疲れしにくいですが、低域が逃げて音がスカスカしてしまいやすいという傾向があると思います。そのため、僕はオープン型ヘッドホンを避けてきたんですが、ハイクラス・モデルのSR-009Sとドライバー・ユニットのSRM-T8000を試聴させてもらったときに本当に衝撃を受けたんです。演奏者の足踏みまで聴こえるような上質な響きで、かつノイズまで細かく見える解像度を持っていて。低域もしっかりと再生してくれますが、リスニング用にチューニングされたような低域ブーストではなく本当に自然な鳴り方なんです。1曲聴いただけで一目惚れしてしまい、さっそくSR-009SとSRM-T8000を購入して愛用していましたが、サンレコの新製品レビューでSR-X9000を試したときにまた衝撃を受けて、そちらに買い替えました。
僕はポール・マッカートニーの『キス・オン・ザ・ボトム』をよく聴くのですが、このアルバムはアル・シュミットが一流のミュージシャンを素晴らしいスタジオで録音した作品です。それをSR-X9000で再生すると、その最高の環境がそのまま音となって耳に届きます。部屋の広さまで感じ取れるサウンドですね。一方で、インディーズのガレージ・バンドのような録音を聴くと、そのローファイなサウンドがそのまま伝わってきます。どんな音楽でも良く聴こえるようにしてくれるヘッドホンではなく、音源に忠実なところも気に入っているポイントです。
【Profile】ビクタースタジオを経てフリーで活動するエンジニア。クラムボンの曲を多数手掛けたことで知られ、近年はsumika[camp session]、Cody・Lee(李)、MIMiNARIなどのアーティストに携わる。