5月に東京の天王洲 銀河劇場と大阪のサンケイホールブリーゼで上演された舞台『パリピ孔明』。中国の歴史書『三国志』でも知られる諸葛孔明(しょかつこうめい)が現代のクラブ・シーンに転生するという奇想天外なストーリーで、セリフのほか、歌ありラップあり音楽再生ありの多彩ぶり。音楽を題材にした演目なので、サウンド面を支えたスピーカー・システムが気になるところだ。早速レポートしていこう。
Text:Daisuke Kitaguchi(EDIT) Photo:Hiroki Obara/機材撮影
独自リボン・ドライバーを有するAlcons Audio 大音量時も低ひずみ
原作・四葉夕卜、作画・小川亮のコミック『パリピ孔明』(講談社)。アニメやドラマにもなり人気を博している同作が演劇化され、東京では5月3日から6日まで、天王洲 銀河劇場にて上演された。
現代に転生した古代中国の天才軍師、諸葛孔明が渋谷で出会ったシンガー・ソングライターの歌声にひかれ、マネージャーとなって奮闘する物語は、クラブを舞台にしたシーンもあり“音”が演出の鍵を握る。音響プランを手掛けたPaddy Fieldの田中亮大は、この演劇のメイン・スピーカーとしてAlcons Audio製のラインアレイLR18/90を選んだ。上の写真の左側にあるスピーカーの上から6台が、すべてLR18/90である。選定の理由について、田中はこう語る。
「題材にふさわしい大音量が出せること、音が奇麗であること、そして客席からの視界を奪わないコンパクトさを兼ね備えていることからLR18/90を選びました」
Alcons Audioは、設備やPAに向けた製品を手掛けるオランダのメーカー。Paddy Fieldが2021年5月に導入したLR18/90より小型のラインアレイ、LR7/90も出色の製品だ。
「演劇の現場では、俳優のアクティング・エリアを制限しないようサイズはできるだけ小さく、しかし音はできるだけ大きく出せるスピーカーが求められます。この条件を満たすモデルを探しているときに、LR7/90に出会いました。しかも音が奇麗で、音量の大小に関わらず印象が変わらないんです。小さく奇麗に出ていた音がそのまま大きくなるような感じ。とてもハイファイなサウンドを大音量で出すことができます」
この音質は、Alcons Audio独自の高域ドライバーである“プロリボンドライバー”によるところが大きい。リボン・ドライバーと言えば、ピュア・オーディオ向けのスピーカーに使われるようなもの。そこにプロ・オーディオ用の耐久性を加えたものをAlcons Audioはプロリボンドライバーと呼んでいる。
プロ・オーディオ用スピーカーは高域をコンプレッション・ドライバーで担うものが一般的だが、構造上、音を圧縮してから出すため、大音量時にひずみが目立ってしまいがち。他方、プロリボンドライバーは既存のコンプレッション・ドライバーの約1/10というひずみ率を実現しているため、奇麗なまま音を大きくできるのだ。コンプレッション・ドライバーに比べて振動板が薄くて軽いことも、小さい音から大きい音まで素直に再生できる要因と言えるだろう。また、一般的なコンプレッション・ドライバーのピーク入力はRMS入力の2倍ほどだが、プロリボンドライバーは約15倍となっており、広大なヘッドルームを有している。
ストレートかつ耳障りでないボーカルの音 Alcons AudioのサブウーファーLR18Bも使用
天王洲 銀河劇場のキャパシティは、1階席が最大516席で、2階席が101席、3階席が129席となっている。これに合わせて、片側あたり6台のLR18/90と2台のLR18B(18インチ・サブウーファー)を用意し、舞台左右にメイン・スピーカーとしてグランド・スタッキングした。併せて、LR7/90を2階席と3階席に向けて、片側につき4台ずつリギング。LR7/90も高域再生のためにプロリボンドライバーを備えている。
「この劇場の規模なら、今回のメイン・スピーカーの構成は十分過ぎるくらいのパワーです。階下のテナントなどに影響が出ないよう、建物の躯体に共鳴してしまう帯域をEQで抑えました。あとは、フィードバックが生じるところをカットするくらいで“音質”のためにEQを大きくいじることはほぼなく、そこは素性の良さゆえの利点だと感じます。セリフのような小さい音から、歌や音楽などの大きい音まで音質に差が見られず、この帯域が足りない、ここが出っ張っているといった印象がほとんどありません。原音に忠実と言えますね」
プロリボンドライバーから出力される高域にも、その特徴がよく表れていると感じたそうだ。
「生で歌うシーンがあるのですが、ボーカルがストレートに、うるさくない音で届いてきます。高域は伸びやかで、低域には強力なエネルギーを感じるんです」
12インチのLR7Bも十分な超低域のカバレージ パワー・アンプのALC Sentinelで信号処理
サブウーファーのLR18Bに関しては、聴取位置による音量差がほとんど感じられないほど、十分な低域を出力したという。ちなみに、普段LR7/90とセットで使う12インチのサブウーファーLR7Bでも、そのサイズとは思えないくらいしっかりとした低域が得られるそうだ。
「12インチのサブウーファーでは、会場のキャパシティによっては思うようなカバレージを得られないことがあるのですが、LR7Bは十分に響いてくれます」
音質やカバレージには、Alcons Audio製のパワー・アンプALC Sentinelシリーズも寄与しているのだろう。『パリピ孔明』で使われたALC Sentinel 10は最大出力10kWで、4chのインプットにアナログ入力もしくは最高192kHzのAES/EBUデジタル入力が可能。スピーカー・システムが性能を最大限に発揮できるよう、内蔵のDSPで信号処理を行う。
Alcons Audioは、オランダで2002年に創業された比較的若いブランドだ。ここで紹介したラインアレイやパワー・アンプのほか、コラム型スピーカーやポイント・ソースの2ウェイ・スピーカーなども発売している。開発部門の中心的存在であるフィリップ・デ・ハーン・シニア氏は、リボン・ドライバーを用いたスピーカーの開発に30年以上携わっており、その知識と技術がプロリボンドライバーという形で結実して、Alcons Audioの大きな特徴となっている。彼らの製品は近年、世界中のコンサートやミュージカルなどに採用され高評価を得ているため、今後は日本でも、そのサウンドを耳にする機会がますます増えるだろう。