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天王洲 銀河劇場 〜舞台『パリピ孔明』|音響設備ファイル【Vol.82】

天王洲 銀河劇場

5月に東京の天王洲 銀河劇場と大阪のサンケイホールブリーゼで上演された舞台『パリピ孔明』。中国の歴史書『三国志』でも知られる諸葛孔明(しょかつこうめい)が現代のクラブ・シーンに転生するという奇想天外なストーリーで、セリフのほか、歌ありラップあり音楽再生ありの多彩ぶり。音楽を題材にした演目なので、サウンド面を支えたスピーカー・システムが気になるところだ。早速レポートしていこう。

Text:Daisuke Kitaguchi(EDIT) Photo:Hiroki Obara/機材撮影

独自リボン・ドライバーを有するAlcons Audio 大音量時も低ひずみ

  原作・四葉夕卜、作画・小川亮のコミック『パリピ孔明』(講談社)。アニメやドラマにもなり人気を博している同作が演劇化され、東京では5月3日から6日まで、天王洲 銀河劇場にて上演された。

 現代に転生した古代中国の天才軍師、諸葛孔明が渋谷で出会ったシンガー・ソングライターの歌声にひかれ、マネージャーとなって奮闘する物語は、クラブを舞台にしたシーンもあり“音”が演出の鍵を握る。音響プランを手掛けたPaddy Fieldの田中亮大は、この演劇のメイン・スピーカーとしてAlcons Audio製のラインアレイLR18/90を選んだ。上の写真の左側にあるスピーカーの上から6台が、すべてLR18/90である。選定の理由について、田中はこう語る。

 「題材にふさわしい大音量が出せること、音が奇麗であること、そして客席からの視界を奪わないコンパクトさを兼ね備えていることからLR18/90を選びました」

田中亮大

インタビューに答えていただいたPaddy Fieldの田中亮大。『パリピ孔明』の音響プランを担当した

PAブース

PAブース。ABLETON Live 10に音楽や効果音を仕込んだAPPLE MacBook Pro、その奥にYAMAHA CL1、さらに奥にはYAMAHA CL5が見える

舞台『パリピ孔明』の上演シーン

舞台『パリピ孔明』の上演シーン。写真中央の白+青緑の衣装を着た人物が諸葛孔明を演じる藤田玲で、彼の手前左に見えるカラフルなジャケットの人物が、孔明を感動させた歌声のシンガー、月見英子を演じる岩田陽葵。セリフをメインに進行する演劇だったが、クラブ・イベントやストリート・ライブの場面では本格的な歌唱や大音量での音楽再生が行われた。メイン・スピーカーAlcons Audio LR18/90の特性が発揮され、ラウドでありつつも中高域がシルキーな音であり、2時間強の演目を通して全く聴き疲れしなかった。演技や演出もクオリティが高く、舞台という表現の可能性を堪能することができた(編集部) ©四葉タト・小川亮・講談社/舞台『パリピ孔明』製作委員会

 Alcons Audioは、設備やPAに向けた製品を手掛けるオランダのメーカー。Paddy Fieldが2021年5月に導入したLR18/90より小型のラインアレイ、LR7/90も出色の製品だ。

 「演劇の現場では、俳優のアクティング・エリアを制限しないようサイズはできるだけ小さく、しかし音はできるだけ大きく出せるスピーカーが求められます。この条件を満たすモデルを探しているときに、LR7/90に出会いました。しかも音が奇麗で、音量の大小に関わらず印象が変わらないんです。小さく奇麗に出ていた音がそのまま大きくなるような感じ。とてもハイファイなサウンドを大音量で出すことができます」

Alcons Audio LR7/90

舞台音響会社のPaddy Fieldが2021年の導入以来、愛用しつづけている2ウェイ・パッシブのラインアレイ・スピーカーAlcons Audio LR7/90。天王洲 銀河劇場での『パリピ孔明』においては、2階席と3階席をカバーするのに片側あたり4台がリギングされた。製品名末尾の“90”は水平方向の指向性を表しており、LR7/90とは別に120°のLR7/120も発売されている。いずれもスピーカー構成は低域用の6.5インチ径ドライバー×1台+高域のための4インチ・プロリボンドライバー×1台。LR7シリーズのプロリボンドライバーは、RBN401というモデルだ

 この音質は、Alcons Audio独自の高域ドライバーである“プロリボンドライバー”によるところが大きい。リボン・ドライバーと言えば、ピュア・オーディオ向けのスピーカーに使われるようなもの。そこにプロ・オーディオ用の耐久性を加えたものをAlcons Audioはプロリボンドライバーと呼んでいる。

 プロ・オーディオ用スピーカーは高域をコンプレッション・ドライバーで担うものが一般的だが、構造上、音を圧縮してから出すため、大音量時にひずみが目立ってしまいがち。他方、プロリボンドライバーは既存のコンプレッション・ドライバーの約1/10というひずみ率を実現しているため、奇麗なまま音を大きくできるのだ。コンプレッション・ドライバーに比べて振動板が薄くて軽いことも、小さい音から大きい音まで素直に再生できる要因と言えるだろう。また、一般的なコンプレッション・ドライバーのピーク入力はRMS入力の2倍ほどだが、プロリボンドライバーは約15倍となっており、広大なヘッドルームを有している。

RBN601

プロリボンドライバーALCONS RBNシリーズで最初に開発されたRBN601。既存のドーム・ツィーターやコンプレッション・ドライバーの約1/10と言われる低ひずみ率を実現し、どのような音量でもバランスを崩さず、フラットな特性を保つという

ストレートかつ耳障りでないボーカルの音 Alcons AudioのサブウーファーLR18Bも使用

 天王洲 銀河劇場のキャパシティは、1階席が最大516席で、2階席が101席、3階席が129席となっている。これに合わせて、片側あたり6台のLR18/90と2台のLR18B(18インチ・サブウーファー)を用意し、舞台左右にメイン・スピーカーとしてグランド・スタッキングした。併せて、LR7/90を2階席と3階席に向けて、片側につき4台ずつリギング。LR7/90も高域再生のためにプロリボンドライバーを備えている。

『パリピ孔明』上演時の天王洲 銀河劇場

『パリピ孔明』上演時の天王洲 銀河劇場。舞台左右にグランド・スタックされているのがメイン・スピーカーで、片側あたり3ウェイ・パッシブ・ラインアレイAlcons Audio LR18/90×4台+同社サブウーファーLR18B×2台という構成。LR18/90は8インチの低域ドライバー×2台と6.5インチの中域ドライバー、そして7インチのプロリボンドライバーを搭載。スピーカーの設置に際してはシミュレーション・ソフトのAlcons Ribbon Calculator(ARC3)が使用された。舞台の上方左右にリギングされているのはLR7/90だ

 「この劇場の規模なら、今回のメイン・スピーカーの構成は十分過ぎるくらいのパワーです。階下のテナントなどに影響が出ないよう、建物の躯体に共鳴してしまう帯域をEQで抑えました。あとは、フィードバックが生じるところをカットするくらいで“音質”のためにEQを大きくいじることはほぼなく、そこは素性の良さゆえの利点だと感じます。セリフのような小さい音から、歌や音楽などの大きい音まで音質に差が見られず、この帯域が足りない、ここが出っ張っているといった印象がほとんどありません。原音に忠実と言えますね」

 プロリボンドライバーから出力される高域にも、その特徴がよく表れていると感じたそうだ。

 「生で歌うシーンがあるのですが、ボーカルがストレートに、うるさくない音で届いてきます。高域は伸びやかで、低域には強力なエネルギーを感じるんです」

12インチのLR7Bも十分な超低域のカバレージ パワー・アンプのALC Sentinelで信号処理

 サブウーファーのLR18Bに関しては、聴取位置による音量差がほとんど感じられないほど、十分な低域を出力したという。ちなみに、普段LR7/90とセットで使う12インチのサブウーファーLR7Bでも、そのサイズとは思えないくらいしっかりとした低域が得られるそうだ。

 「12インチのサブウーファーでは、会場のキャパシティによっては思うようなカバレージを得られないことがあるのですが、LR7Bは十分に響いてくれます」

 音質やカバレージには、Alcons Audio製のパワー・アンプALC Sentinelシリーズも寄与しているのだろう。『パリピ孔明』で使われたALC Sentinel 10は最大出力10kWで、4chのインプットにアナログ入力もしくは最高192kHzのAES/EBUデジタル入力が可能。スピーカー・システムが性能を最大限に発揮できるよう、内蔵のDSPで信号処理を行う。

ALC Sentinel 10×2台

舞台袖に設置されたAlcons Audio製のパワー・アンプALC Sentinel 10×2台。よく見るとパネル中央のディスプレイに眼球のグラフィックが出ており、写真上のほうはまばたきしていることが分かる。これは30秒間、操作しないときに現れる演出だ

ALC Sentinel 10の操作画面

ALC Sentinel 10の操作画面。ディスプレイは480×272pixのタッチ・スクリーン仕様で、ゲインやEQ、ディレイ、プリセットの呼び出し/保存、ルーティングなどのコントロールが可能

 Alcons Audioは、オランダで2002年に創業された比較的若いブランドだ。ここで紹介したラインアレイやパワー・アンプのほか、コラム型スピーカーやポイント・ソースの2ウェイ・スピーカーなども発売している。開発部門の中心的存在であるフィリップ・デ・ハーン・シニア氏は、リボン・ドライバーを用いたスピーカーの開発に30年以上携わっており、その知識と技術がプロリボンドライバーという形で結実して、Alcons Audioの大きな特徴となっている。彼らの製品は近年、世界中のコンサートやミュージカルなどに採用され高評価を得ているため、今後は日本でも、そのサウンドを耳にする機会がますます増えるだろう。

TOA HX-5B

モニター・スピーカーとして舞台袖に置かれたコンパクト・ラインアレイのTOA HX-5B

NEXOの PS10

舞台袖には、NEXOの PS10もモニター・スピーカーとしてスタンバイ

NEXOのPS15-R2

舞台奥に吊り設置されたNEXOのPS15-R2。本機もモニター用途だ

NEXO PS8

舞台横には、モニターのためのNEXO PS8を用意

NEXO ID24

メイン・スピーカーが中抜けする舞台の中央辺りに設置されたリップ・フィル。NEXO ID24が使用され、写真左奥で舞台の方を向いているものは演者のモニター用途

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