本特集では、ストリート、カフェ、DJ、学園祭の4つのシチュエーションでライブを行うために必要な機材や設置方法など、“セルフPA”のポイントを紹介。ここでは「カフェ・ライブ」を例に、尚美学園大学教授/PAエンジニアの山寺紀康氏が解説します。
カフェ・ライブのシステム概要
コラム型システムで空間をカバー
カフェ店内でのピアノ弾き語りライブを行うシステムです。空間全体をカバーできるように、指向角度の広いコラム型のオールインワンPAシステムを1台設置し、キーボードとボーカル・マイクを接続。スピーカーはミキサー内蔵かつアプリでのコントロールに対応している機種を選び、カフェ店主が遠隔操作でPAを行う想定をしています。
機材選びのポイント
パワード・スピーカー
店舗で演奏を行う場合、近隣の迷惑にならないよう、なるべく最小限の音量で聴かせる配慮が必要です。そこで、音量を上げずとも空間全体に音が届くよう、指向角度が広いスピーカーを使う、高い位置に設置して遠くまで音が届くようにするなどの工夫をしましょう。
ここでは、その両方の条件を満たす特性を持つコラム型のPAシステムを使用しました。高さがあることによって音が観客の頭上を超えていくので、途中で観客に遮られることなく奥まで届きやすくなります。
内蔵ミキサーの入力数が多い機種を選ぶと、複数名でのセッションにも対応できます。また、アプリを使った遠隔操作に対応していれば、別途ミキサーを置かずにキッチンなどでお店のマスターがPAを行うことも、演奏者が自分で調整することもできます。
【写真の使用例】JBL Eon One MK2
◎コラム型
◎ミキサー内蔵
◎アプリでのコントロールに対応
◎入力数が多い機種の場合は1台でセッションにも対応
電子ピアノ
【写真の使用例】DEXIBELL Vivo S9
◎演奏スタイルに合わせて選択
◎機種ごとに最適な音量レベルの差がある
マイク
【写真の使用例】SHURE SM58
◎ダイナミック・マイク
マイク・スタンド
◎重量と取り扱いやすさに注目
設置のポイント
スピーカーは空間全体に届くよう配置
PAスピーカーはモニターも兼ねられるよう、演奏者より少し後ろに置き、演奏者がうるさく感じないよう真後ろからは少し軸をずらします。ここでは、向かって左の隅に設置し、少し右に振って設置しました。会場によって適した場所と角度は異なるので、客席の奥まで届かせつつ、演奏者が自分の声を聴ける位置を探します。演奏者にとって音量が大きく感じても客席にはあまり届いていない場合には、スピーカーを前に動かすと音量のバランスが取れるでしょう。場所に余裕があれば、むやみに音量調節するより演奏者にも観客にも聴きやすい設置場所を探すのがよいかもしれません。
マイクは口から5cm程度
マイクは基本的に口に対してまっすぐ向け、マイクと口の距離が5cm程度になるようにします。調整は背筋を伸ばした状態で行いましょう。マイクと口が近すぎると低域が膨らみ、低音が聴こえすぎてしまいます。それを避けるためにマイクから離れて歌ってしまうと、今度はマイク音量を上げざるを得なくなってハウリングのリスクが高まったり、歌声が大きくなって表現のニュアンスが変わってしまったりする可能性があるので、歌っていて気持ち良いポイントを探して、良いあんばいになるよう調整しましょう。
マイクの角度は歌い方によって調整
歌うときの息や子音の出方は人それぞれなので、歌い方に合わせてマイクの角度を調整しましょう。マイクが正面にあると吹いてしまう場合は、下から角度を付けて拾うと息が正面に抜けます。譜面を使う場合は、譜面が極力隠れないようにマイクを目線に対して垂直に向け、“点”になるように配置します。朗読劇などで台本がマイクの陰になって見えにくい場合は、横向きにセッティングするのもありです。演奏しやすいように演奏者自身に動かしてもらうのも良いでしょう。
音出しのポイント
楽器の音量は演奏中に動かせる余裕を
機種によっても異なりますが、電子ピアノ本体の音量は、ツマミが12〜3時くらいの角度になるレベルが基本です。小さすぎると楽器自体の鳴りを生かしきれませんし、大きすぎるとミキサーで受けきれなくなってしまいます。また、モニターが聴こえにくく本来のタッチより強く弾いてしまうなど、演奏のニュアンスが不本意に変わってしまうことのないように、演奏中にある程度、演奏者自身が音量設定を調整できる余裕を作っておくことが大事です。
アプリを活用して移動しながら会場内の聴こえ方を確認
ミキサー内蔵のPAスピーカーでは、本体に搭載されたツマミを動かして音量調整をすることももちろん可能ですが、コントロール用の専用アプリが用意されている機種であれば、会場の中を移動して場所による聴こえ方を確認しながら音の調整を行うことができます。会場全体で問題なく聴こえているか確認しながらその場で設定を変えられるのは便利ですね。
さらに、タブレット端末側でEQやリバーブなどのエフェクトの状態を視覚的に確認しながらコントロールできる分かりやすさもあります。アプリを使う際には、Bluetoothの接続強度やアプリの動作確認、端末の充電を事前に行うようにしましょう。
ボーカルにハイパス・フィルターをかける
ミキサー内蔵型のPAスピーカーでは、EQやリバーブなどのエフェクトをかけられる機種も多いです。ここではch1にマイクを接続していて、110〜120Hz以下を切るようにハイパス・フィルターを設定しました。こうすることで、ボーカルの低域がモワッとする感じを軽減することができます。
電子楽器とマイクの“音量差”に着目
ここではch2に電子ピアノを接続しました。電子ピアノをはじめとするライン・レベルの電子楽器は、PA側は0dB程度で受けられるように調整します。ミキサーの音量フェーダーを0dBに合わせたときに楽器の音が大きすぎる場合は、楽器側の音量を下げて調整した方が良いです。
コンピューターやスマートフォンも電子楽器と同じくライン・レベルなので、例えばスマートフォン内の音源をBGMなどで流したい場合はスマートフォン側のボリュームを最大にすると調整しやすいと思います。
マイクは空気の振動を電気信号に変換しているため信号が小さく、ダイナミック・マイクと電子楽器では入力信号の音量差が30dBほどあります(画面内ch1、2を参照)。
電子楽器がマイクと同じくらいの入力レベルになっている場合は、電子楽器側に問題がある可能性が高いので原因を探しましょう。ミキサーと楽器が良い関係のレベルで調整できていれば、それが正しい音量バランスです。楽器から正しいレベルで送られて、PAで正しいレベルで受けることで、信号をロスなく伝えられます。
【特集】セルフPA入門〜機材選び/設置/音出しのポイントがわかる
講師:山寺紀康
PAエンジニア。40年のキャリアを持ち、現在も新谷祥子、磯貝サイモン、井上苑子、武藤彩未などのPAを担当。ライブ・ハウスからアリーナまで多様な現場をこなしてきた。現在は、尚美学園大学情報表現学科で教授を務めている。
取材協力:尚美学園大学 音楽と音響を愛する仲間たち