葛西敏彦、リボン・マイクを語る。

葛西敏彦

44BXを1本だけ立てて録ったピアノの音に、その場にいた全員が衝撃を受けたんです

リボン・マイクが持つ魅力やリアルな使用感などを、プロ・エンジニアで普段からリボン・マイクを多用しているという葛西敏彦に語っていただこう。

ハイファイ過ぎる“時代の音”への対応

  リボン・マイクは僕も複数本所有しており、毎日と言っていいほど使っています。現代においてもリボン・マイクが重宝される理由を考えると、DAWや周辺機器の性能向上でレコーダーがハイファイになり、さらにマイクも高域特性に優れた機種が増えてきたことで、音楽が“ハイファイになりすぎている”ことが一因のように思います。それが悪いことではないにせよ、“硬くて細くて薄い音”のような印象につながることもあり、そういう“時代の音”への対応の1つとして、ほかのマイクに比べて周波数特性がナローでローファイなリボン・マイクが選ばれているのでしょう。

葛西が所有しているリボン・マイク群

葛西が所有しているリボン・マイク群。上段左からAUDIO-TECHNICA AT4081×2、ROYER LABS R-121、COLES 4038×2。下段はインライン・プリアンプのSE ELECT RONICS DM2 TNT×2

 最近では、とりあえずハイファイに録っておいて、後からプラグインなどでローファイに聴こえるように加工することも多く、僕もそういう手法を採ることはあります。ただレコーディング・エンジニアとして、スピーカーから出ている音をミュージシャンたちと共有しながら、できる限り現場で鳴る音を収めることを大切にしたいという思いがあるんです。そんな中で、ほかのマイクで得ることのできない特性を持つリボン・マイクは、良い選択肢の1つだと感じています。

 2020年に、Gentle Forest Jazz Bandの『GENTLEMAN's BAG』というアルバムを、リボン・マイク中心のセットで録音しました。きっかけはジェントル久保田さんの“1958年のカウント・ベイシーのアルバムのような音で録りたい”という発想です。これを実現させるため高橋健太郎さんに相談し、2人で当時の録音について調べていきました。すると、コンデンサー・マイクであればNEUMANN U 47かSONY C-37、あとはWESTERN ELECTRICのダイナミック・マイクくらいしか選択肢がない時代ゆえ、RCA 77DXや44BXなどのリボン・マイクが多用されていたことが分かったのです。

 『GENTLEMAN's BAG』は、音のかぶりの問題もあり、すべてをリボン・マイクで録音できたわけではありませんが、使用マイクの半分ほどがリボン・マイクです。中でも44BXを1本だけ立てて収音したピアノを聴いたとき、まさに嘘みたいな良い音で、その場の全員が“これ知ってる! レコードの音だ!”と衝撃を受けたことを覚えています。

双指向性だからこそのメリット

 ほかのマイクに比べ音圧に弱く壊れやすいリボン・マイクですが、僕はバス・ドラムやベース・アンプなどを除いては、どんな楽器にも使っています。例えばシンバルなど、音の立ち上がりが速い楽器をコンデンサー・マイクで録った場合、“これ以上フェーダーを上げると耳に痛くなる”というトゲトゲしいサウンドになってしまうことがあります。しかしリボン・マイクでうまく録ることができれば、良い感じでピークを抑えられるんです。そういう調整ができるのはリボン・マイクだけでしょう。

 また双指向性という特性があるので、弾き語りの録音に使えば部屋の雰囲気まで含めて収音できます。現場で聴こえている音は、実際には楽器や歌が部屋の中で反響している音も含まれますから、そこまで録れたほうが自然なニュアンスに近づくこともあるんです。

 楽器録音時、“本体の横の音は拾わない”という指向特性を生かしてかぶりをコントロールできるのも便利なところです。僕は真空管マイクと組み合わせることが多く、マイクの位相を合わせて立てておくだけで、リボン・マイクの“時代感”が欲しければリボンのフェーダーを、現代的なサウンドに寄せたければもう一方のマイクのフェーダーを上げるだけで、雰囲気の調整ができます。

 リボン・マイクの音質に対して、“モケモケしていて、SN比が悪い”という印象を持っている方も多いと思いますが、これはインピーダンスを適切に設定すれば解消することもあります。僕が所有しているGRACE DESIGN M801のようにリボン・マイク・モードを備えたマイクプリもありますし、インライン・プリアンプSE ELECTRONICS DM2 TNTなどは携帯できるサイズで便利。これらを活用することで、リボン・マイクのポテンシャルを引き出すことが可能になります。

GRACE DESIGN M801

8chマイクプリのGRACE DESIGN M801。ゲインと入力インピーダンスが切り替わるリボン・マイク・モードを備えている

MANLEY Slam!

こちらも葛西のスタジオにセットされている真空管リミッター&マイクプリのMANLEY Slam!。リボン・マイクと真空管マイクプリの組み合わせも好みなのだそう

 リボン・マイクは、マイク/音源それぞれの特性を理解しマッチングを考えて使うことで、ほかのマイクでは得難い魅力的なサウンドを得ることが可能です。1本持っておくと、本当に面白いですよ。

 

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