一足踏み入ればそこは異世界……
メタルに照準を絞った“監獄”という名のエデン
メタル・シーンに貢献し続けるプロデューサー/エンジニアのHiro氏。自宅の1階を“完全に音楽専用”として仕切った新生STUDIO PRISONERは、今年1月にアコースティックエンジニアリングの協力の下で完成した。
Text:Tsuji. Taichi Photo:Hiroki Obara
岩壁のようなモルタル造形のバッフルなどで
雰囲気からも“メタル”を感じられる空間に
“PRISONER”とは囚人の意。ここへ立ち入った者はハイクオリティな作品を完成させるまでは決して外に出られない……とは言い過ぎかもしれないが、エントランスの蔵戸を抜けると、俗世から解き放たれたメタル・ゾーンが広がる。「自分が心地良く過ごせる場所という以上に、アーティストの方々が“メタルのスタジオに来たんだ”と思ってくれること。まずは、そこを大切にしましたね」とHiro氏。
「居住スペースでも音源制作できる時代に、個人でスタジオを造る必要性とは何だろうと。それが明確になったのは、自分がどうこうという以外の部分が大事なのではと思えたからです。やっぱり“家じゃないところでやる”ってのが重要で。アーティストたちは作品作りへの意気込みを持って来てくれるので、クリエイティビティが触発されたり、音楽へ没頭する感覚に浸れる空間がベストだろうと考えました。メタルは最初の1〜2秒で決まる音楽だと思うし、だからこそテンションが大事。ここへ入った瞬間から気持ちを高めてもらいたいんです。それに今、とりわけインディーズのバンドには商業スタジオを使える機会がほとんどありませんよね。だからと言って、作品のクオリティを追求できる環境が無いままでいいのか?と感じるので、自分がスタジオを持つことで現状を打開したいという思いもあるんです」
先の蔵戸が来訪者にエキサイトしてもらうためのファースト・インパクトであれば、スタジオの中にはセカンドもサードも待ち受けている。真っ先に目を奪われるのは、岩壁のごとくアグレッシブな意匠のフロント・バッフルだ。セメントや砂を混ぜ合わせた“モルタル”で造形されたそう。
「フロント・バッフルはデスクのすぐ後ろにありますし、スタジオの顔と言っても過言ではありません。まずはこれでメタルを感じてもらいたいんです。だからアコースティックエンジニアリングの方々とディスカッションを重ねて、石材店に出向いたりもしました。でも既製品の石材パネルを張ってみたら何とも味気無くて、もうこれはカスタム・メイドするしかないなと。作業にあたった左官屋さんは当惑気味でしたね……“もっと荒々しくしてください”とか“無骨でいいんです”などとお願いしていたので、普段のお仕事とは全く方向性が違ったのでしょう。ただ、完成したときには分かってくれたみたいで、仕上がりにも満足げだったと思います」
フロント・バッフルから視線を上げると、天井の高さに気付く。「これも大事な要素です」とHiro氏。
「海外のスタジオは、往々にして国内よりも天井が高いものですよね。そこは取り入れたい部分だったし、何とか死守しようと思って床を下げたんです。日本の住宅は、建物の構造などから天井を上げにくいので、基礎の上にじかに床を載せることで高さを稼ぎました。標準的な天井高は2.5m前後だと思いますが、ここは最高3mとなっています」
ノブをぐいぐいひねることで
“色”を出せるのがアウトボードの醍醐味
内装のみならず機材もパンチーなものがそろっている。新兵器HELL AUDIO Solid State Logic 9000J Rackは、SSL SL9000Jコンソールのチャンネル・ストリップをノックダウンした2chアウトボードだ。「PRESONUS Studio Oneの内部ミキサーにインサートできるようにしていて、専らミキシングに活用中です」と語る。
「SSLに関しては、かねてからWAVESやBRAINWORX、UNIVERSAL AUDIOなどのエミュレーション系プラグインを愛用していて。メタルの制作にはSSLが必須なので、ノックダウン品の存在を知ってから“やっぱり実機を手に入れたい”と思い始めたんです。HELL AUDIOを使って実感したのは、結構ぐいぐいノブをひねっても音が破たんしないということ。プラグインとは違って常にパラメーターの数値が目に入るわけではないし、フィジカルに判断するから、気付けば大胆なセッティングになっています。その結果、機材特有の“色”みたいなものが出てくる。サチュレーションが生じるのか、抜けの良さや低域の存在感がプラグインのときとは別物なんです。極端な設定が必ずしもアナログ機材の良さというわけではありませんが、ぐいっとひねったときに突き抜けた何かが生まれるのは代えがたい魅力です。だからプラグインも、思い切った使い方をすればいいんじゃないかと感じますね。そうすることで色が出てくるかもしれないし、裏を返せばぐいぐい行かないとキャラクターを生かし切れない気もする。“実機を経験した上でプラグインに戻ると使い方が変わる”と言われるのは、昨今のプラグインがアナログ機材に迫る色を備えているからでしょうしね」
機材の性能を発揮させるための“土台作り”も盤石の体制。電源タップや各種ケーブルはACOUSTIC REVIVEのものを愛用し、近ごろ導入したRST-38H(機材の下に設置して振動を減じる水晶仕様のボード)も絶好調だという。
「特にスピーカー用のパワー・アンプには効果的です。音の躍動感がよみがえりつつも、とげとげしい部分が消えて滑らかになるので、見通しが非常に良くなるんです」
スタジオのアップデートとして、間も無くHELL AUDIOのマイク用サミング・ミキサーを導入予定だそう。アナログ・マインドを強化したSTUDIO PRISONERの音作りは、今後もメタル・シーンに影響を与え続けるだろう。
Close up
イン・ザ・ボックスからのアナログ回帰
Hiro氏が最近ハマっている北海道の音響機器カスタム・ビルド/ラッキング・サービス、HELL AUDIOのSolid State Logic 9000J Rack。メタルの制作に抜群で、ビルダーの方と音楽の趣味も合うそう。ここ何年かはイン・ザ・ボックスでのミックスが中心だったHiro氏だが、今後はアナログ機材にも再び目を向け、STUDIO PRISONERでしか出せないテイストを追求したいと意欲を見せる
Equipment
[DAW System]
Computer:APPLE Mac Pro
DAW:PRESONUS Studio One
Audio I/O:APOGEE Symphony I/O
AD/DA Converter:LYNX STUDIO TECHNOLOGY Hilo
Clock Generator:ANTELOPE AUDIO Isochrone Trinity
[Recording & Monitoring]
Monitor Speaker:ADAM AUDIO S2V、Sub12、YAMAHA NS-10M Studio
Microphone:AKG D12VR、C451B、AUDIX D6、I5、BRAUNER Phanthera、NEUMANN TLM67、KM184、SANKEN CU-31、SENNHEISER MD421-II、E606、E609、SHURE SM57、SM7B、YAMAHA SKRM100、etc.
[Outboard & Effects]
Preamp:API 3124+、FOCUSRITE Red 8、NEVE 1073DPA、etc
Compressor:EMPIRICAL LABS Distressor EL8-X、HELL AUDIO 1176、SMART RESEARCH C2
Dynamics:SSL XR618
EQ:SSL XR625
Summing Amp:DANGEROUS MUSIC 2-Bus LT
Pedal Effects:AIRIS EFFECTS Nebula Advanced Overdrive、Parallel Overdrive V2、FORTIN AMPLIFICATION Spliff、MAXON OD-9、OD-808、ISP TECHNOLOGIES Decimator II、PRO TONE PEDALS Dead Horse Overdrive、Misha's Bulb Deluxe Overdrive、SONIC RESEARCH ST-200、TECH 21 SansAmp Bass Driver DI、etc.
[Instruments]
Guitar Amps:BOGNER Uberschall、EVH 5150、KRANK AMPS Revolution 1 Series、MESA/BOOGIE Triple Rectifier Solo Head、Dual Rectifier 100W Head、PEAVY 5150、etc.
Hiro
【BIO】METAL SAFARIのギタリストとして国内外で活動し、2010年からプロデューサー/エンジニアに。録音からミックス、マスタリングまで広くこなす。NOCTURNAL BLOODLUSTやUnlucky Morpheusなど数多くのメタル・バンドを手掛けてきた
Recent Work
Private Studio 2021
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