AVIDが発表したPro Tools 用新世代オーディオ・インターフェースのPro Tools |Carbon。AVB接続での動作が可能で、FPGAとHDX DSPを内蔵し、AAX DSPプラグインによるリアルタイム処理によって、常に超低レイテンシーでのモニタリング環境を構築することができる。ここでは、Pro Tools|Carbonの活躍するであろうバンド・レコーディングにて、その実際をテストすることに。エンジニア古賀健一氏に依頼し、氏と親交の深いD.W.ニコルズに協力を仰いだ。収録したサウンドやムービーも公開しているので、ぜひチェックしてほしい。
Photo:Takashi Yashima Cooperation:ROCK ON PRO
D.W.ニコルズ
左からまなん(b)、わたなべだいすけ(vo、ac.g)、エンジニアの古賀健一氏を挟んで萬玉あい(ds)、鈴木健太(g)。2005年結成、2010年にメジャー・デビュー。2017年より現メンバーで活動。コンスタントなリリースと全国ツアー、フェス出演やメディア出演、楽曲提供など、幅広く活動中。2016年より古賀氏とほとんどの制作を共にする。ジャパニーズ・ポップスとアメリカン・ルーツ・ミュージックを融合させた“ネオ・カントリー・ポップ”を掲げ、2018年には『HELLO YELLOW』で高い評価を得る。現在はセルフ・レコーディングにて、アコースティック・アルバム『CRAFT WORKS 2』を制作中
Basic Recording
ボタン一つでノー・レイテンシーに
収録現場は、本誌連載で古賀氏がまさに今造っているイマーシブ対応のスタジオ。響きにかかわる建築音響部分がほぼ完成したので、ここを舞台とすることにした。
早速Pro Tools|Carbonをセッティング。マイクをつないでプリアンプをチェックする古賀氏からは「想像以上に良いプリだと思います」の第一声が。詳細な感想は録音後に伺うことにするが、このプリの特性とバンドの演奏を生かすべく、マイク・アレンジと録音プランが立てられた。
「D.W.ニコルズはバンド全体でベーシックを録るので、まず萬玉あいさんのドラムにPro Tools|Carbonのプリアンプを使ってみたいと思います。一方、アナログ・インプットはADAT端子で8chのプリアンプ/ADを接続して16chアナログ・インに拡張。バンドの演奏全体を押さえつつ、ギター類やボーカルは後からPro Tools|Carbonのプリを使って本番のダビングをしていくプランです」
Pro Toolsでのビット/サンプリング・レートは32ビット/96kHzに設定。96kHzにしたことでDSP負荷が気になるところだが、その検証も兼ねてハイサンプリング・レートにトライしてみることにした。
「ドラムのマイキングは、Pro Tools|Carbonのプリアンプで録音するものについては、読者の皆さんに分かりやすいだろうと思って一般的なものにしています。追加で僕自身がよく使うマイクも立てていますが、これは収録後に作品化する際、D.W.ニコルズの皆さんが使えるかもしれないという想定で用意したものです。ADAT入出力で拡張した分、インプットにも余裕が持てますね」
キック(ATM25)
スネア(トップ&ボトム/SM57)
ハイハット(C451B)
タム(MD421)
トップ(AT4050)
ドラム全体(ミックス)
また、モニターはスタジオ用のキュー・システムとPro Tools|Carbonのヘッドフォン・アウトを併用。キュー・システムへはPro Tools|Carbonのライン・アウトから2ミックスと楽器別の回線を送る。古賀氏とわたなべだいすけ(vo、ac.g)のヘッドフォンは、Pro Tools|Carbonのヘッドフォン・アウトから出力した。
古賀氏は、レコーディングの際、極力プラグイン・インサートをせずにマイキングの調整などでコントロールするのが自身の流儀だと言うが、それでもDSPによるモニタリング遅延の無さは、大きなメリットだという。
「CPUネイティブのシステムだと、どうしてもダイレクト・モニターのルーティングをしなくてはいけない。スピードが求められる現場で設定でもたついてしまいます。Pro Tools|Carbonでは、Pro Toolsの画面上でボタンを押すだけで、DSP処理となり、レイテンシーが無くなる。シンプルで、問題なくレコーディングできるのがありがたいです」
Guitar Dubbing
プラグイン使用でも遅延ゼロ
ベーシックが無事収録できた後、鈴木健太のギター・バッキングとソロのダビングを行う。ベーシック録音時は持ち込んだギター・アンプを1本のマイクで押さえていたが、チャンネルに余裕が出たことで2本のマイクをセット。プリアンプはもちろんPro Tools|Carbonの内蔵プリを使用している。特に、Variable Z機能はインピーダンスの高いリボン・マイクにもマッチ。優れたSN比と相まって、ゲインの低いリボン・マイクでの収録に有利だ。
ギター・アンプ(MD421)
ギター・アンプ(VR1)
ギター・アンプ(ミックス/MD421+VR1)
一方、ギター・ソロはバッキングと違うキャラクターを得るために、Pro Tools|CarbonのINST INにギターを接続。プラグインのアンプ・シミュレーターを使うことにした。
Pro Tools|CarbonにはBRAINWORX BX_Rockrackが付属するが、今回は鈴木の求めるクランチ系サウンドを得るために、こちらもPro Tools|Carbonに付属するAvid Complete Plugin BundleからEleven MKIIを使用。さらにディレイのMod Delay IIIもインサートした。どちらもAAX DSP対応のため、トラックをDSPモードにするだけでレイテンシーの無いモニタリングが行える。ギター・アンプ系プラグインを使うクリエイターのレイテンシーに対する悩みがシンプルに解決できるのは、Pro Tools|Carbonの大きなメリットと言えるだろう。もちろん、ミックス時にほかのプラグイン(AAX Nativeを含む)に差し替えたり、パラメーターを調整することも可能だ。
ギター・ソロ(Hi-Zイン/ドライ音)
ギター・ソロ(Hi-Zイン/Eleven MKII+Mod Delay III)
わたなべだいすけ(vo、ac.g)のアコギもダビング。ベーシック録音時はギターの内蔵ピックアップからDIを介していたが、あらためてマイキングをし、レコーディングをした。コンプレッサーのBRAINWORX Purple Audio MC77をインサートした状態で録音を行った。
アコースティック・ギター(AT4050)
アコースティック・ギター(KM184)
アコースティック・ギター(ミックス/AT4050+KM184)
Vocal Dubbing
1stテイクでも安心の録り音
ここからはいよいよボーカル録音……となるのだが、96kHzセッションということもあり、そろそろDSPに余裕が無くなってきた。古賀氏は録音時にプラグインを極力インサートしない方針だが、それでもローカットや若干のコンプレッサーなど必要最小限のものを使っていた。プラグインだけでなく、ミキサーにもDSPは使用されるため、トラックが増えるにつれて負荷が上がってきたのだ。
そこで収録済みのトラックをCPUモード(バッファー・サイズは1,024サンプル)にスイッチ。DSPを開放して、コンプレッサーのPurple Audio MC77とチャンネル・ストリップのBRAINWORX BX_Console SSL 9000J(古賀氏所有)をインサート。なんと、わたなべは1テイクで収録を終えた。
「今回わたなべさんのマイクには、後からバンド側の好みにキャラクターを変えられるようにSLATE DIGITAL ML-1を使いました。わたなべさんは普段も3テイクほどでOKが出てしまいます。エンジニアとして、少ないテイクで録り音を決める場合、マイクプリやコンプの組み合わせ、レベル感など長年の経験が必要です。その点、Pro Tools|Carbonなら安心して録れると思いました」と古賀氏。
録音の仕上げとして、マイク3本を立ててメンバーのコーラスを収録。ベーシック録音のときと同様、スタジオのキュー・システムとPro Tools|Carbonのヘッドフォン・アウトを使って、一度に収録を行い、ダビングを終えた。
Interview:古賀健一
Pro Tools|CarbonはSN比が良い
解像度の高い現代の録音では大事なことです
最後に、Pro Tools|Carbonを実際のレコーディングで使ってみた印象をインタビューした。
ーPro Tools|Carbonのプリアンプの印象はいかがでしたか?
古賀 思ったより音楽的なサウンドでした。もっとハイファイというか、ハイ上がりの音を想像していましたが、中域の情報量があって、レコーディングに向いていると思いました。それと、SN比がダントツに良かったですね。ゲインを上げても、上げていることを感じない……ひずまないし、サーっというノイズも出ない。奇麗にゲインが上がりますね。
ーSN比の良さはアドバンテージになる?
古賀 そうですね。現代はすべての機材の解像度が上がってきているので、プリアンプのSN比が良いのはとても大事なことだと思います。
ー今回プラグインはあまり使っていませんが、それでもレイテンシー無しにモニタリングできることは大きいですか?
古賀 プレイヤーはもちろん、エンジニアにとっても大きいです。CPUネイティブの環境で、ダイレクト・モニタリングを組むのは煩雑ですし、レイテンシーを下げた状態でプラグインをインサートするのは現実的ではない。トラック数が増えると負荷も高くなります。Pro ToolsのミキサーだけでもDSPで扱えるのはありがたいです。D.W.ニコルズの皆さんも違和感なく……というか、普通に演奏していましたしね。
ー機能面で便利だと感じた点は?
古賀 フロント・パネルの操作性ですね。昨日初めて触って今日の収録に臨みましたが、チャンネル・リンクや位相反転、トークバック・ボタンもありますし、モニター系も含めてすぐにアクセスできるのはいいなと思いました。階層を潜っていかなくてもいいので“あれ? なんだっけ?”とならなくて済むのは助かります。ファンも静かで、パソコンのファンの方がうるさいと思うくらいでしたね。
ー古賀さんの普段のお仕事であれば、どういう場面でPro Tools|Carbonは使えそうですか?
古賀 自分で機材一式を持っていって録音するときに、自分のスタジオのPro Tools|HDXシステムをバラして持っていくのは結構大変。Pro Tools|Carbonだったら、HDX DSPが入っているし、レイテンシーの無さも申し分なかった。今回は96kHzだったので最大16chですが、Pro Tools|CarbonとADAT接続の8chのマイクプリを2台持っていけば、24chインプット……大抵のものは録れます。Variable Zプリアンプも4ch分あるので、音色のバリエーションも作れますし。リハスタに持っていくだけでなく、ちゃんとしたレコーディング・スタジオでの本番にも使えると思います。
Pro Tools|Carbon 製品情報
特集「Pro Tools|Carbonのパワーをこの手に!」
『特別企画・Pro Tools|Carbonのパワーをこの手に!』は、サウンド&レコーディング・マガジン 2021年2月号でもお読みいただけます。
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