Interview
マーク・イーシアーが語る iZotopeの未来
次世代のスタンダード・モデルとなるような
製品を生み出していきたい
ミュージシャンからエンジニアまで数多くの現場で愛されるプラグインをリリースしてきたブランド=iZotope。2001年の設立時はiZotopeの共同創業者であり、現在はCEOを務めているのがマーク・イーシアー氏である。音楽制作やポストプロダクションなどさまざまなシーンを見据えた編集ツールと、AI技術を用いたアシスタント機能などを搭載し、iZotopeでしか処理できない革新的なサウンドを確立している。今回はアメリカ・マサチューセッツ州に居るイーシアー氏にiZotopeの軌跡とこれからをうかがった。
Text:Mizuki Sikano
ミュージシャンやエンジニアの
創造的なビジョンを手助けしたい
―世界にはたくさんのiZotopeユーザーが居ますが、具体的にはどのような国が多いですか?
イーシアー 大多数がアメリカ、イギリス、ドイツ、日本に集中しています。日本のユーザー数はアメリカに続いて2番目に多いです。なので私たちにとって日本のユーザーは非常に重要だと考えています。
―製品コンセプトや開発理念を教えてください。
イーシアー 従来の音楽制作機器を再現するのではなく、現代のミュージシャンやプロデューサー、エンジニアの創造的なビジョンを手助けすることをコンセプトにしています。ユーザーがオーディオ編集などで直面するであろう根本的な問題を解決するために、技術的に不可能なことに挑戦しているのです。また既存の考え方ではなくて、新しい方法を模索しています。私たちは古い概念や音楽制作の方法を手放し、常に未来を見て挑戦するように心掛けています。
―iZotopeの技術開発を担当するスタッフは何人ほど居るのでしょうか?
イーシアー iZotopeには200人近い社員が居て、そのうちの約40%が新製品や技術の開発に携わっています。オフィスは東京、ベルリン、ニューヨークにもありますが、ほとんどのチームがアメリカのマサチューセッツ州ケンブリッジに位置する本社を拠点にしていますね。
―製品開発の際、指標となっているのはどのようなことでしょうか?
イーシアー ユーザー、販売店やプレス、ベータ・テスター・グループや現場のエンジニア、iZotope社員によるあらゆる意見です。開発の第一段階として、パートナーやユーザーに注目し、どのような改善が最も望まれているのかを理解することが大事ですね。それを受けて、弊社の研究員、エンジニア、デザイナーたちがベストな解決方法を導き出しています。
―その方法の好例は何でしたか?
イーシアー 社内には、iZotopeが研究すべき分野を決めるプロジェクトに勤務時間の約半分を費やすチームが居ます。彼らが活躍した良い例は、iZotope RX 7 Music Rebalance。この機能は既にミックスされた音源を分解して、ドラムやボーカルの音量を個別で調整し直すことができるというものです。この機能ができるまでは、一度ミックスしたものを分離させるなんて実現不可能だと考えられていました。しかし、研究チームはこの技術の実現の可能性をずっと探っていたのです。
iZotopeのすべての製品は
サイエンスとアートを掛け合わせた存在
―そうして開発した機能やサウンドはどのようにチェックしていますか?
イーシアー QAテスターとサウンド・デザイナーを集めたチームの全員が担当しています。このチームがある理由は、iZotopeの全製品がサイエンスとアートを掛け合わせた存在だからです。定量的な研究でサウンドを測定すると同時に、その音を耳でも判断します。プロデューサーやエンジニアを目指す人たちに私から伝えたいことでもありますが、クリティカル・リスニングは重要です。私もiZotopeを立ち上げる前はクラシック音楽の勉強をする作曲家で、演奏家でもありました。ですので身をもって耳を鍛えることは大切だと思います。
―音楽制作ツール以外にポストプロダクション向けの製品もありますが、それぞれどのようなことを意識しながら開発していますか?
イーシアー 2つの業界における最も大きな違いは、ダイアログ編集やマルチチャンネルなど、通常の音楽では使われない機能をポストプロダクション業界では重視している点です。しかし、音楽制作とポストプロダクションは、サウンドのクリーン・アップの方法やミックス、ファイナル・マスターの準備などで多くの類似点があります。ですので、基本的にはiZotopeの製品はどちらの業界でも使えるものが多いと思うのです。私たちのユーザーはとてもクリエイティブなので、実際に私たちが想定していない使い方をしてくれることもあります。例えば、音楽制作にしか使われないだろうと思っていたiZotope Vinylが、アメリカのテレビ局HBOで制作されたドラマ『ボードウォーク・エンパイア 欲望の街』のせりふの編集で使われたという話を聞いたりもしました。
DAWがプラグイン・ソフトを通じて
セッションを処理する方法に限界を感じた
―AI技術を各製品に取り入れることになったきっかけは何でしたか?
イーシアー iZotopeはさまざまなAI技術を音楽制作や音声編集に適用したいと考えて、長年研究と実験を続けていました。きっかけは、2012年ごろにAI技術の一つである機械学習が進歩したこと。この段階で、データ・セットの収集やAI技術のテストを開始したんです。そして、社内にも機械学習を音楽制作や音声編集に用いるための実験チームを設けました。さらに機械学習の分野で先進的な研究を行 っていたIMAGINE RESEARCHの買収も行い、機械学習によるSound Similarity Search機能を搭載したBreakTweakerを2014年にリリースすることになったんです。
―そこからNeutron 3、Ozone 9、Nectar 3におけるAIアシスタント技術を搭載するに至ったのは、どのような経緯でしたか?
イーシアー AIアシスタント機能を成功させるために、時間と苦労を要しました。BreakTweakerをリリースした後も実験を続け、Automatic Song SegmentationというアルゴリズムをOzoneに搭載したのですが、それはAIアシスタント機能には及ばないものでした。その後しばらくは根本的な問題を解決できないまま、幾つかのアプローチをしていましたね。そうしているうちに、時代の変化に伴ってディープ・ラーニング技術が進歩してきたのです。この技術を用いることで、DSPのコントロールや解析、オーディオのダイレクト処理において画期的な結果をもたらすことになり、AIアシスタント機能を各製品に搭載することができました。
―プラグイン同士の連携強化もできるようになり、ユーザーは飛躍的に作業効率を上げることができました。これにはどのような狙いがありましたか?
イーシアー まずDAWがプラグイン・ソフトを通じてセッションを分析し、処理していく方法に限界を感じており、この制限を突破したかったというのが狙いです。そのために、IPC(Inter-Plugin Communication)という独自の技術を開発しました。より使いやすいユーザー・インターフェースを構築することができたと思います。
―iZotopeの新しい試みとして、Exponential Audioを傘下に置きましたね。その経緯と目的は何ですか?
イーシアー リバーブ・プラグインにおける研究開発は、アートとサイエンスが組み合わさった非常にユニークなものです。私たちは何年も前からリバーブ・プラグインの開発を試みていました。そんな中でExponential Audioの設立者であるマイケル・カーンズ氏に巡り会ったのです。彼と話していくうちに、私たちの考え方には多くの共通点があることを知りました。そして、彼のリバーブに対する情熱やスキルと、私たちの機械学習に対する情熱やスキルを融合させたいと思ったのです。彼の技術を基本にして、次世代リバーブ・プラグインを一緒に開発したいと考えています。
エンジニアやプロデューサーには
クリエイティブな欲求に集中してほしい
―今後アップデート予定の機能や新製品はありますか?
イーシアー 今後も人々が技術的な面に制限されて、クリエイティブな発想の邪魔をされることのないように私たちはサポートしていきたいです。エンジニアやプロデューサーには、クリエイティブな欲求のみに集中してもらいたいと考えています。私たちはそのために、クラウド処理などさまざまな先進技術を活用して、従来のDAWの限界を超える方法を探求し続けていくつもりです。なので、私たちは過去50年間で出てきた他社の製品をモデルにして再現するようなアプローチはしません。私たちは、これからもまだ世界が見たことのない革新的な製品を作り続けていきます。そして、次世代のスタンダード・モデルとなるような製品を生み出していきたいです。
―最後に、日本の音楽制作者やiZotopeユーザーにメッセージをお願いします。
イーシアー COVID-19が世界中に与えた影響により、私たちにとって本当に大切なものを再認識した人も多いでしょう。私は自宅で仕事をしているので、妻や娘と過ごす時間が多くなりました。そして、これまで以上に友人とつながる時間や音楽を作る時間も増えたと感じています。また、この状況の中で、iZotope製品の使用率が日本で大幅に増加しているのを知りました。これは、日本の皆さんが自身にとって大切な音楽プロジェクトや、テレビ番組、映画を世の中に発信しているためだと思います。そういった活動に、私たちiZotopeが少しでも貢献できているのではないかと感じるので、今後もサポートしていきたいです。
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