ソニーが4月16日に日本でのサービスを開始した360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)。ソニーの360立体音響技術を使った新しい音楽体験であり、上下左右の全方位から音に包み込まれるようなリスニング体験をもたらす。既に各種ストリーミング・サービスで対応コンテンツが配信されており、大滝詠一やLittle Glee Monsterなどの邦楽も拡充しているところなので、関心のある向きはぜひチェックを。まずは、 360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)のコンテンツを聴く方法、そして制作用のツールを紹介する。ソニーへの取材を元に構成したので、基本を学ぶためにもじっくりと読み進めていただきたい。
全天球の中心で音に包まれるような没入感
個人最適化で一人ひとりに合わせた音場を実現
ソニーの360立体音響技術を使った新しい音楽体験=360 Reality Audio。これに準じてミキシングされた音源は上下左右の全方位が音場となるため、リスナーは全天球の中心で音に包まれているかのような没入感を得られる。ステレオ・フォーマットがLとRの2つのチャンネルを使って音の配置を表現するのに対し、360 Reality Audioは“音が全天球のどこにあるか”という位置情報を使用する。その位置情報を音声に加えた“オブジェクト・データ”で音楽データを構成し、360 Reality Audio Music Formatなる形式にエンコードする仕組みだ。360 Reality Audio Music Formatは、名称の通り360 Reality Audioの音楽配信に最適化したフォーマットで、国際標準であるMPEG-H 3D Audioに規定される音声フォーマットのサブセットとして定義されている。
スピーカーの音場
ヘッドホンでの音場
360 Reality Audioコンテンツは現在、Amazon Music HDやDeezer、nugs.net、TIDALといったストリーミング・サービスで配信中。現在のところ、TIDALは日本未展開で、Amazon Music HDは360 Reality Audio認定スピーカー(後述)にて同コンテンツを楽しむことができ、Deezerとnugs.netに関してはiOS/AndroidスマートフォンまたはWalkman(NW-ZX500/NW-A100シリーズ)と手持ちのヘッドホンで楽しむことができる。
対応サービス
対応デバイス
例えばAmazon Music HDやDeezerでは、大滝詠一や鬼頭明里、私立恵比寿中学、Doul、森高千里、Little Glee Monsterなどの邦楽も拡充。さらに魅力的なのは、ソニー製の360 Reality Audio認定ヘッドホンとiOS/Androidアプリ“Sony|Headphones Connect”を用いれば、個人最適化が行える点。その人の耳が持つ聴覚特性に合わせた音場を実現することで、より一層の没入感を得られる360 Reality Audio体験ができるというものだ。
方法は簡単。スマホでの手順を説明すると、“Sony|Headphones Connect”アプリをインストール後、アプリ画面から手持ちの360 Reality Audio認定ヘッドホンを選択し、スマホの内蔵カメラで両耳を撮影。アプリの指示に従って、簡単に撮影できる。その写真をソニーのクラウドへ送信すると、30秒ほどで個人のプロファイルがダウンロードされ、360 Reality Audio対応ストリーミング・サービスのアプリに適用されるので、その後、起動すれば完了だ。
Sony|Headphones Connect
360 Reality Audio認定ヘッドホン
個人最適化の仕組みについては、クラウド上で耳の形状から頭部伝達関数(音がその人の両耳へどう伝わるかを表す関数)を算出し、プロファイル化するというもの。個人最適化せず360 Reality Audioコンテンツを聴く場合……つまり360 Reality Audio認定ヘッドホンを使うことなく一般的なヘッドホンで楽しむ際には標準プロファイル(平均的なヒアリング・プロファイル)が適用される。
スピーカーでの360 Reality Audio再生には
ソニーの認定機種を使うのが手軽
360 Reality Audio認定ヘッドホンは現在、ワイヤレスとワイヤードを含む全37機種となっており、今秋以降にAUDIO-TECHNICAやRADIUSも認定ヘッドホンの発売を予定している。スピーカーでの360 Reality Audioコンテンツの再生については、ソニーの360 Reality Audio認定モデルであるワイヤレス・スピーカーSRS-RA5000またはSRS-RA3000を使用するのが手軽。Amazon Music HDやnugs.netのアプリでキャストすると、スピーカーがストリーミングの音声を直接受信しデコードやレンダリングを行う仕組みだ。
しかもSRS-RA5000とSRS-RA3000はサウンド・キャリブレーション機能を搭載し、設置環境に最適なバランスで再生可能。Deezerも今夏よりキャストに対応する予定なので、スピーカー・リスニングにおける選択肢が一つ増えることとなる。
360 Reality Audio認定スピーカー
Amazon Music HDを使用する場合はAMAZONのスピーカーEcho Studioでも360 Reality Audioコンテンツを楽しめるが、以下に再生機器に応じた国内展開ストリーミング・サービスをあらためてまとめておこう。
●一般的なヘッドホンを使う場合
Deezer、nugs.net
●360 Reality Audio認定ヘッドホンの場合(個人最適化可能)
Deezer、nugs.net
●360 Reality Audio認定スピーカーを使用する場合
Amazon Music HD、nugs.net、 Deezer(今夏以降)
●Echo Studioの場合
Amazon Music HD
360 Reality Audioコンテンツのミックスには
専用のAAX/VST3プラグインを使用
ここまでは360 Reality Audioコンテンツの聴き方について見てきたが、本誌の読者であれば“作り方”も関心事だろう。360 Reality Audioコンテンツの制作には360 Reality Audio Creative Suiteというパンナー/レンダラー・ソフトを使用。ソニーがVIRTUAL SONICSと共同開発したもので、同社傘下のAUDIO FUTURESからダウンロード発売されている。Mac/Windows対応のAAX/VST3プラグインとなっており、 AVID Pro ToolsやABLETON Liveからサポート開始。順次サポートするDAWを広げていく予定だ。また、360 Reality Audioミキシングには通常のマルチトラックを使って臨むことができる(360 Reality Audioのために何か特別なレコーディングを行う必要は無い)。
360 Reality Audio Creative Suite
使い方の手順は、まずDAWの各トラックとマスターに360 Reality Audio Creative Suiteをインサートすると、その音が360 Reality Audio Creative Suiteの中でオブジェクト・データとして使えるようになり、全天球における位置を決めたり、DAWのオートメーションで動きを付けたりすることができる。扱えるオブジェクト・データの数は最大128だ。また、手持ちのスピーカー・レイアウトに合わせたレンダリングも可能。レコーディング・スタジオに向けては13台のスピーカー・レイアウト(下前方の3台+耳の高さの5台+頭上の5台)が全天球をカバーするミニマムの構成として推奨されているが、360 Reality Audio Creative Suiteではほかのさまざまなスピーカー・レイアウトを選択することができる。スピーカーの設置ポジションも、実際の位置情報を入力することで、より正確なレンダリングが可能になる。
なお、360 Reality Audioはフル・オブジェクト・ベースとなっているため、当然ながらサブウーファー専用のLFEチャンネルを持たない。もし5.1chコンテンツを360 Reality Audio化するようなことがあれば、LFEチャンネルをオブジェクト・データとして下前方に配置してみてはいかがだろう。
閑話休題。360 Reality Audio Creative Suiteにはヘッドホン・レンダリングの機能が備わっており、これをオンにするとバーチャライズが行われ、標準プロファイルでのモニタリングが可能となる。つまり、360 Reality Audio Creative Suiteをインストールしたコンピューターとヘッドホンさえあれば、ひとまずは360 Reality Audioミキシングが行えるということだ。
各チャンネルの360 Reality Audio Creative Suiteから
プロジェクト内のオブジェクトを監視/調整
360 Reality Audio Creative Suiteは、オブジェクト・データとして扱うトラックに一つ一つインサートしていく必要があるものの、それら全部で一つのシステムとなるような仕様で、各トラックに挿した360 Reality Audio Creative Suiteの画面からプロジェクト内の全オブジェクト・データを監視/調整することができる。またレンダリングの設定も、どこか一つのチャンネルで済ませておけば、ほかのすべてに反映される仕組みだ。
ただし各トラックの音がプリフェーダーで送られるため、例えばPro Toolsのフェーダーで個々の素材の音量を調整したい場合はAUXトラックに送ってから、そこにインサートするような工夫が求められる。とは言え、360 Reality Audio Creative Suiteでは内部ミキサーによるオブジェクト・データの音量調整が可能なので、それを活用するのも手。そしてマスターにインサートした360 Reality Audio Creative Suiteでは、各トラックの遅延補正が行われる形だ。
以上の通り、360 Reality Audio Creative Suiteを駆使すれば360 Reality Audioミキシングが可能になり、オブジェクト・データの数のWAVファイル+位置情報のメタデータ・ファイルから成る“エクスポート・ファイル”の書き出しまでが行える。ミキシングを効率化するために、例えば3つの音色で作られたキックなどはパラで360 Reality Audio Creative Suiteに入力するのではなく、ステムにしてからオブジェクト化するなど、さまざまな運用方法が生み出されていくだろう。