『VALORANT』や『APEX LEGENDS』をはじめ、多部門にわたるプロeスポーツ・チームを運営し、大会の主催なども行っているFENNELが、音楽スタジオFENNEL STUDIOを設立した。監修にはSiMのボーカリストであるMAHとエンジニアの原浩一氏が参加。設計/施工はアコースティックエンジニアリングが担当している。このコラボレーションはいかにして生まれたのか? 本稿では原氏に加え、FENNEL代表取締役会長の遠藤将也氏、スタジオ・マネージャーの山本啓介氏、そしてアコースティックエンジニアリングの入交研一郎氏にお話を伺った。
Photo:Takashi Yashima
ゲームを通じて音楽シーンと交流 ミュージシャンからの声でスタジオ設立へ
「プロeスポーツの会社が音楽スタジオ?」と不思議に感じる読者もいるかもしれない。しかし、実はFENNELにはラッパーのOZworldが所属しており、ヒップホップ・シーンと強い結びつきがある。またビル内に複数人でプレイ可能なゲーム部屋があり、音楽関係者も多数訪れているという。「ミュージシャンにはゲーマーも多いですからね」と山本氏。
「そうした人たちとの雑談の中で、“FENNELに何があったらうれしいですか?とお尋ねしたところ、都内でレコーディングできる場所が枯渇しているので、スタジオがあったら、というお声をいただきました。それは面白いと思って遠藤に報告したのがスタジオ設立のきっかけです。ちょうどゲーマーが“歌ってみた”などをやり始めた時期でもあり、ふらっと遊びに来た人が歌を録れたりするといいなと思ったんです」
その報告を受けた遠藤氏は、これまでにもFENNEL内にリアルなコミュニケーションの場を積極的に設けてきた人物。「スタジオの場所は以前、ポーカー台や麻雀卓、ダーツ台などが置いてありました。オンラインで知り合ったゲーマーの人たちが実際に集まれる場所ってなかなかないよね、ということで用意したんです」と語る。
「次に、ゲーム配信者が集まって一緒にプレイできる場所があったら、ということでゲーム部屋を作り、さらには周囲を気にせずワイワイ楽しんでもらたいということでバーベキュー場も作りました。そうした中で、『APEX LEGENDS』が大好きというOZworldが所属することになったり、ゲームがお好きということでSiMのMAHさんやcoldrainの方たちともつながりが生まれました。その流れから“スタジオを”という話になったので、造るのであれば、かっこよくて、おしゃれで普通のスタジオよりも何かしらインパクトがあるものにしたいと考えたんです。そこで知り合いのミュージシャンのマネージャーの方に原さんをご紹介いただきました」
原氏はラウド系シーンで名高いエンジニア。SiMやthe GazettE、ROTTENGRAFFTY、PassCode、BABYMETAL、Limited Express(has gone?)など、多数のアーティストを手掛けている。つまり、MAHとはレコーディングで顔を合わせる間柄だが、ゲームの話は一切したことがなかったそう。
「レコーディングの現場では、MAH君はいわば戦闘状態ですからね。ゲームの話などは出ないんです。今回のお話をいただいて、そういう世界があることを初めて知りました」
実は、FENNEL STUDIOには、MAHのプライベート・スタジオも存在するが、そのレポートは別の機会に譲りたい。
ゴリゴリの音を出せる環境を目指し硬くて重いもの中心に使用
設計/施工に関しては、原氏がアコースティックエンジニアリングへの依頼を提案したそうだ。
「ミックスの仕事で、商業スタジオを押さえられないときに、お借りさせていただく個人の方のスタジオが幾つかあるんです。そのどれもが使いやすくて、それらを手掛けていたのがアコースティックエンジニアリングさんでした。また、入交さんとの初回の打ち合わせでは、ご提案いただいたアイディアがどれもすごく良かったんですよ。これまでに知り合いのスタジオ造りを手掛けさせてもらったことはあるんですけど、いつも、“もう少しこうだったら”と思っていたことを、このスタジオでは全部落とし込んでもらえました」
その入交氏も、かねてより原氏に注目していたそう。
「ラウド系エンジニアの重鎮ですからね。そこで、突き抜けたゴリゴリの音が出せるというコンセプトで造りました。コンクリートや鉄、木毛セメント板などの硬くて重いものをガンガン使っていて、コントロール・ルームは床もあえて浮き床にせず躯体にモルタルで仕上げています。建物はFENNELさんのみがお使いですので、遮音性能的に浮き床にする必要はないと判断しました。こちらは1階で地下ピットがなく躯体スラブの下は地面ですから、床の剛性、質量は無限大です。これだけでも鳴りが全然違います」
では、音響面について原氏はどう感じたのだろうか?
「しっかりローを出してミックスしても共振しませんし、床やデスクの反射も気になりません。長手使いするようなスタジオでは定在波が気になることがあるのですが、それもほとんど問題ありませんでした」
使い勝手にも、原氏や入交氏の工夫が施されている。それが、モニター・スピーカーに向かって左側にある棚だ。
「音作りをリアンプでじっくり行いたいというミュージシャンが多いので、そのセッティングをすぐに行えるようにアンプ・ヘッドやロード・ボックス用のラックを造ってもらいました。ここには回線も来ているので、ブースにキャビネットを置いてマイクを立てれば、すぐにレコーディングできます」
デザイン面で目を引くのが、スタジオ内をカラフルに彩るカラーLEDによる照明だ。これはコントローラーで赤、緑、青を無段階に変化させられる仕様。原氏はアメリカのヒップホップ系スタジオにインスパイアされたという。
「この照明はアーティストにすごく受けがいいですよ。みんな“おお!”って言ってくれます。なお、スタジオの色味などデザイン面に関しては、MAH君にも相談しながら進めました」
スタジオのデザインに関しては遠藤氏も「すごいとしか言いようがありません」と絶賛し、次のように続けた。
「このスタジオは、ゲームをプレイしないアーティストの方にFENNELを知ってもらうきっかけになると思いますし、隠れゲーマー的なミュージシャンの方たちが、情報交換しあえるハブ的な場所にもなればと考えています」
原氏によれば、今後はDOLBY Dolby Atmos用のセッティングも計画されているとのことで、今後はより多くの方々が利用することになるだろう。この個性的なスタジオから、刺激的な音楽が数多く生み出されることを期待したい。