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AUDEZE CEOインタビュー 〜ゲーミングヘッドセットでDolby Atmos制作が可能に

AUDEZE MAXWELL with Dolby Atmos Renderer

 ハイエンドヘッドホン・ブランドとして、ここ数年日本でも認知が広がっているAUDEZE。ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)のPlayStation用ヘッドホン、PULSEシリーズのドライバーを手掛けたことから、昨年SIE傘下となった。そのSIE訪問のために日本を訪れた同社CEOのシャンカー・ティアガサマドラム氏から、「ぜひサンレコと話をしたい」との要請が。AUDEZEの国内取扱元である完実電気に伺い、話を伺った。

年間600万基以上のドライバーを製造可能

AUDEZEのCEO、シャンカー・ティアガサマドラム氏。「私のルーツであるインドでは、姓はファミリーネームではなく、出身地を示すことが多い。だから、私はシャンカーとだけ名乗ることが多いし、入学試験の答案にも「Sankar」とだけ書いていました」とのことで、本稿では「シャンカー氏」と記す

AUDEZEのCEO、シャンカー・ティアガサマドラム氏。「私のルーツであるインドでは、姓はファミリーネームではなく、出身地を示すことが多い。だから、私はシャンカーとだけ名乗ることが多いし、入学試験の答案にも「Sankar」とだけ書いていました」とのことで、本稿では「シャンカー氏」と記す

 挨拶もそこそこに、シャンカー氏はAUDEZEヘッドホンに採用されている平面磁界ドライバーのサンプルを披露し、「基本的にAUDEZEはテクノロジーの会社です」と語りだした。

 「私たちは、ドライバーに使うフィルムからロサンゼルスで自社製造しています。1μm厚のフィルム……例えば髪の毛は直径50μmです。フィルムだけでなく、ドライバー全体、マグネットも自社で作ります。ドライバーフィルムへのエッチングも、レーザー処理です。他社では化学薬品を使うところも多いのですが、精度が異なります」

静電容量型ヘッドホンCRBNに用いられる、カーボンナノチューブを使用した自社製のドライバー用フィルム

静電容量型ヘッドホンCRBNに用いられる、カーボンナノチューブを使用した自社製のドライバー用フィルム

表面に精細なレーサーエッチングが施された平面磁界ドライバーのダイアフラム

表面に精細なレーザーエッチングが施された平面磁界ドライバーのダイアフラム

 そう語りながら、シャンカー氏は、特許技術であるFluxorマグネットの仕組みや、マグネットの配置に合わせたダイアフラム厚のコントロールの仕組みを、ホワイトボードに描き出した。

 現在、ロサンゼルス近郊のAUDEZE自社工場では、年間で600万基以上のドライバーを生産できるという。

 「SIEから、“AUDEZEの平面磁界ドライバーをPlayStation用のヘッドホンに採用したい。ついては数百万基のドライバーが必要だ”というオファーを受けました。そこで生産設備のオートメーション化を図り、現在の生産規模が実現しました。例えば、マニー・マロクィン監修のMM500に続くエントリーモデルとしてMM100を生産できるのも、こうした生産設備の導入によるローコスト化が図れることが大きく関係しています」

MM100。MM500に次ぐマニー・マロクィン監修モデル

MM100。MM500に次ぐマニー・マロクィン監修モデル

Playstation 5用ヘッドセットPULSE Elite。AUDEZEの平面磁界ドライバーが採用されている

PlayStation 5用ヘッドセットPULSE Elite。AUDEZEの平面磁界ドライバーが採用されている

ゲーミングヘッドセットMAXWELLがDolby Atmos Rendererと直結

AUDEZE MAXWELL

AUDEZE MAXWELL

 しかし、シャンカー氏が「サンレコと会いたい」と言ったのは、モニタリング用ヘッドホンとして人気のMMシリーズやLCDシリーズについてではない。今回の面会の主題は、ゲーミングヘッドセットのMAXWELLにあるという。なぜ音楽制作を扱うサンレコに向けてゲーミングヘッドホンを紹介したいのか?と思っていたところ、このように氏は語った。

 「MAXWELLは、ゲーミングヘッドセットとして発売されていますが、その実は“パワードヘッドホン”ととらえていただくのがいいと思います。クリエイターがスタジオで使っているパワードスピーカーと同様に、アンプとDSPを内蔵したヘッドホンです」

MAXWELLはBluetoothでのワイヤレス接続のほか、専用USB-Cドングルを経由した低遅延ワイヤレス接続が可能。なおMAXWELLにはPlayStation向けモデルとXbox向けモデルがあるが、Mac/WindowsでのDolby Atmos Rendererとの併用はPlayStation向け/Xbox向けどちらのモデルでも対応しているそう

MAXWELLはBluetoothでのワイヤレス接続のほか、専用USB-Cドングルを経由した低遅延&ロスレスワイヤレス接続が可能。なおMAXWELLにはPlayStation向けモデルとXbox向けモデルがあるが、Mac/WindowsでのDolby Atmos Rendererとの併用はPlayStation向け/Xbox向けどちらのモデルでも対応しているそう

 そして、驚くべきことに、MAXWELLはDolby Atmos Rendererと直接接続することで、7.1.4chモニタリング環境をバイノーラルで再現できるという。

 「ご存じのように、Dolby Atmosの制作には、通常多くのスピーカーが必要です。でも、学生に7.1.4ch分のスピーカーを用意せよというのは酷な話です。また、ホテルの部屋でDolby Atmosの作業をする際に、ハイトを含めたスピーカーを設置するのも、あまり現実的ではありません。Dolbyは、Xbox用MAXWELLのヘッドトラッキング開発で協業したのをきっかけとして、Dolby Atmos Rendererでもこの技術が使えると教えてくれたのです」

 MAXWELLは、専用USBドングルを用いることで、24ビット/48kHzのロスレスでのワイヤレス伝送を可能にする。しかし、ヘッドトラッキングまでDolby Atmos制作で必要なのだろうか? シャンカー氏はそれには理由があると語る。

 「まず、ご存じのように左右の耳は離れていて、時間差や音量差、反射によって人間は音の位置を立体的に把握します。いわゆる頭部伝達関数(HRTF)です。あなたが目を閉じて音を聴いていれば、音だけで位置を判断しようとしますが、実際には脳は視覚情報と組み合わせて、音がどこから来るか判断します。ですので、聴覚を補う視覚情報と一致させるために“どこが正面か”を定義するヘッドトラッキングは重要なのです。MAXWELLでは、HQという専用アプリケーションを使ってヘッドトラッキングの制御を行っていますが、これを使うことで、どこが正面かを確実かつ簡単に設定できます」

Audeze HQ

AUDEZE HQ

 ここで“プロ用のMAXWELL”……つまりゲーミング用としてではなく、純粋にDolby Atmosミックスに特化したヘッドホンを作るつもりはないのかと、シャンカー氏に聞いてみたところ、即座にその案は否定された。

 「プロオーディオ市場はそこまで大きくありませんから、この価格帯のヘッドホンでこのような機能を持たせたものを作ることはできません。もちろん、MAXWELLの何かをアップデートして、それを、例えば“MAXWELL Ultra”といったように名付けて販売することは可能です。でも、AUDEZEのビジネスとして、それは正直な姿勢なのでしょうか? 一方で、プロオーディオに携わるクリエイターは、良いものであれば使っていただける……ゲーミングヘッドセットだから使いたくないということはないと私は考えています。MAXWELLは、ゲーミングヘッドセットとして発売していますが、そこに使用されているパーツやチップは高価ですし、特にチップは大量のロットでないと注文できません」

 ここで、シャンカー氏はYouTubeを開いて、面白い実験動画を見せてくれた。MAXWELLのマイクのノイズキャンセリング機能を実証するもので、MAXWELLを装着した人の横でジューサーミキサーを動かすと、話し声からミキサーのモーターノイズが消える、というものだ。

 「ゲーミングヘッドセットとして大量の数が販売されるが故に、高度な技術を投入しても採算が合うようになっています。私たちはMAXWELLを“ゲーミングヘッドセット”と名付けていますが、実際は“パワードヘッドホン”で、スイスのアーミーナイフのように万能なものなのです」

SIE傘下になってもAUDEZEは独立している

 自社が得意とするヘッドホン本体とは別に、こうしたチップを組み込んだ製品を生み出せるようになったことが、SIEとビジネスパートナーシップを結び、現在は傘下になったことの利点だとシャンカー氏は語る。

 より深く、SIE傘下になった理由を聞いてみたが、“できればこれは書かないでほしい”と言われたことがある。それは他社を例に挙げた話だった。大まかに言えば、独立性や強みを失っていったオーディオブランドを横目で見てきたということだ。

 「AUDEZEは、私とCTOのドラゴスラフ・コリッチがガレージで始めた会社ですが、AUDEZEが末永く成長していくための選択がSIEの傘下に入ることでした。SIEはPlayStationという大きなプラットフォームを持っていますが、私たちに独立性も約束してくれています。だからPULSE用として大量のドライバーを生産する一方で、Xboxに関連した製品も作れます。また、PlayStation 5のTempest 3Dオーディオ(編注:ゲーム用の3Dオーディオ技術)だけでなく、Dolby Atmosやソニー360 Reality Audioに関連した製品も開発や発売ができます」

 そして、SIEからの独立性を担保するのは、AUDEZEが持っているテクノロジー=技術力だと氏は重ねる。

 「ここまで私たちが成功できたのは、R&Dと生産に注力したからです。ヘッドホンにまつわるすべてを開発し、それをそのまま、即座にカリフォルニアの自社工場で生産できます。ですが、私たちはヘッドホンの未来を見たいと思っています」

 そういって氏が見せてくれたのは、とある市販iPhoneアプリ。最近DAWにも搭載され始めている、2ミックスからボーカル、ドラム、ベース、コードなどへのステム分離が簡単に行える機能を実演してみせてくれた。

 「あるいは、私は今、ロサンゼルスで自動運転車に乗っています。私が“未来”というのは、そういう意味のことです。進化は止められないことで、私たちはそれを作るのが面白いと思っています。MAXWELLにしても、リリース時にはヘッドトラッキングの機能は発表していませんでした。つまり、マーケティングの材料としてその機能を謳うことはしませんでした。Dolby Atmosとの連携準備が整ったところで、私たちはソフトウェア・アップデートをかけ、機能追加をしたのです。MAXWELLのようなパワード製品なら、コンピューターのようにソフトウェアで更新していけます。もちろん、ヘッドホンとしての基本性能を追求した上で、そうした新しいことに取り組みたいと考えているのです」

 

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