渋谷慶一郎 『ANDROID OPERA TOKYO』 〜アンドロイドを中心にあらゆる対概念が融和する世界

Photo by Kenshu Shintsubo ©ATAK

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6年ぶりの日本での開催となった渋谷慶一郎のアンドロイド・オペラが、6月18日、恵比寿ガーデンホールで行われた。昨年6月にパリ・シャトレ座で初演された『MIRROR』と、2021年のオペラ『Super Angels』からの抜粋から成るこの公演は、瞬く間に話題となり、即ソールドアウトになるほど注目を集めた。歌うアンドロイド“オルタ4”とオーケストラ、仏教音楽の声明(しょうみょう)、ホワイトハンドコーラスNIPPON、電子音、映像、照明、すべてが組み合わさった圧倒的なステージと、サウンド面のバックステージの模様をレポートしていく。

たった3曲でまとめ上げた『Super Angels excerpts.』

Photo by Kenshu Shintsubo ©ATAK

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 何を見たのか、何を見せられたのか……『ANDROID OPERA TOKYO』の終演直後、その圧倒的な情報量とそこに描かれた世界に、呆然とした中でそんな印象を抱いた。

 会場に入ると、前後左右に移動を続ける電子音が、プロローグ的に鳴り続けている。ステージ上には、渋谷の演奏するBösendorferのコンサート・グランドとMOOG Moog One、オーケストラの楽器。そして中央には客席に背を向けたアンドロイド=オルタ4が鎮座する。

 第1部は、2021年に新国立劇場で初演を迎えたオペラ『Super Angels』からの抜粋。だが、1曲目に、AIの出力を渋谷が編集して制作した新曲「この音楽は誰のものか?」が加わった。強弱指定はあるものの、演奏フレーズは奏者に委ねられているそうで、AI管理社会を描いた『Super Angels』に根ざすテーマを表す序曲にふさわしい混沌を生む。

Photo by Kenshu Shintsubo ©ATAK

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 この序曲に続き、ステージには渋谷がホワイトハンドコーラスNIPPONの少年少女たち、視覚に障がいを持つ若きバイオリニスト長野礼奈とともに登場。「箱の中に何かある?」が演奏される。ステージ後方のスクリーンには、岸裕真が手掛けた万華鏡のような映像が登場し、ストーリーの展開とともにその形が天使の姿に。続く「五人の天使」でも天使の顔が次々と映し出される中、手話でのハンドコーラスとともに子どもたちの声がオルタ4の歌声と混じり合い、空間を満たしていく。出演者やスタッフの中でも、聴くたびに落涙する人も多いという「五人の天使」のメロディが持つ強さは初演のレポートでも触れたが、音が満ちるステージの上から不思議な清々しささえ届けられた。長いオペラの根幹を、たった3曲で見事にまとめ上げた渋谷のプロデュース力にただただ脱帽する。

アンドロイドと声明とオーケストラが対話する圧巻の『MIRROR』

Photo by Kenji Agata ©ATAK

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 しかし圧巻は第2部『MIRROR』であった。新曲「MIRROR」、アンドロイド・オペラのテーマ曲とも言える「Scary Beauty」に続き、「Recitativo」と題された即興を披露。高野山真言宗僧侶の詠唱する声明に、オルタ4が即興で合わせて歌う。オルタ4が歌う内容は、声明をAIが学習して生成したもの。人のように動き歌う機械と、生死の世界を見通すような宗教的存在である僧侶が、音楽を通じて“対話”する。

 個人的にピークに達したと感じたのは第2部中盤の「Midnight Swan」。ビートと流麗なオーケストラの伴奏を従えてAI生成による歌詞をオルタ4が歌い、さらに声明が加わる。その複雑なるハーモニーは、渋谷が当初、ピアノ・ソロで映画のテーマ曲として発表したときと全く異なるベクトルを加える。メロディの強度はそのままに、描かれる世界が複雑かつ重層に生まれ変わったことに驚きを禁じ得ない。

 どの曲も、成田達輝がコンサートマスターを務めるオーケストラと、渋谷のピアノ、ビートやノイズのような電子音、さらにはフランス人アーティストJustine Emardが作る映像、上田剛による照明が渾然一体となる。生と死、人間と機械、宗教と科学、東洋と西洋、伝統と未来……対となる概念が、境目なく混じり合う。オルタ4は、“アンドロイドは鏡”と歌うが、“鏡”はこれらの境界にあって、対称的な存在を投影しているのだろうか。

 公演中、オルタ4は『MIRROR』で描かれるのは“世界の終わりとその後の祝祭”だと語った。それが何を意味するかは、いまだ理解が追いつかず、目の前で起こったことに圧倒されたばかりだ。ただ、世界の終わりの瞬間を迎えるときに、このステージで表現されたような(同一化ではなく)融和に至るのは、一つの希望であるようにも思えた。

Photo by Kenshu Shintsubo ©ATAK

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 アンコールで、渋谷はピアノを奏で、「Recitativo」と同様にオルタ4と即興演奏を行った。二人(と言っていいだろう)の予定調和ではない“対話”を見ていると、音楽を通じて“人間と機械”という概念を超える瞬間が幾つもあったように感じた。渋谷が終演後、やり切った表情を見せていたのは、こうしたさまざまなボーダーを超えた確信があったからではないかと思う。

PRODUCTION REPORT

オルタ4の即興の面白さをその場で拡張

ステージ上手側、今井慎太郎のセットアップ。2台のApple MacBook Proは、左がAbleton Liveで電子音の再生を担うとともに、映像や照明のタイムコード・マスターとして機能する。また、M4Lデバイスで音の空間化と字幕の送出も行っている。中央はCycling '74 Maxでオルタ4の制御を行い、左手奥にあるWindowsマシンのサーバーを介してオルタ4に命令が送られる。手前のFADERFOX MX12は、オルタ4の即興演奏プログラムへの入力レベルと、オルタ4の即興歌唱の音量調整、オルタ4の可動域制御などの操作に使用(Photo:Hiroki Obara)

ステージ上手側、今井慎太郎のセットアップ。2台のApple MacBook Proは、左がAbleton Liveで電子音の再生を担うとともに、映像や照明のタイムコード・マスターとして機能する。また、M4Lデバイスで音の空間化と字幕の送出も行っている。中央はCycling '74 Maxでオルタ4の制御を行い、左手奥にあるWindowsマシンのサーバーを介してオルタ4に命令が送られる。手前のFADERFOX MX12は、オルタ4の即興演奏プログラムへの入力レベルと、オルタ4の即興歌唱の音量調整、オルタ4の可動域制御などの操作に使用(Photo:Hiroki Obara)

 オルタ4のプログラミングを担当したのは、国立音楽大学でコンピュータ音楽の准教授を務める今井慎太郎氏。渋谷のアンドロイド・オペラに長く帯同してきた今井は「今回システム面での大きなアップデートこそありませんが、マイナー・アップデートはたくさんあります。いわばバンドがツアーを重ねてアンサンブルが良くなっていくような感覚です」と語る。マシンは2台あり、まず電子音やクリックはAbleton Liveから出力される。

 「電子音は、渋谷さんが制作したものが、キック、ビート、リズム系、ドローンというようにステムになっていて。ただ、パリでの初演から電子音のパートも変わっていて、渋谷さんがそれこそ当日まで調整していました。絶対に最後まで妥協しない人だなとあらためて思いましたね」

 もう1台、Cycling'74 Maxが走るMacは、オルタ4の制御や即興演奏に使用されるものだ。

 「即興演奏に関しては、その場で鳴っている音を検出し、ピックアップする/しないを判断して、それをつなぎ合わせてメロディを作るようなプログラムを作っています。ただ、渋谷さんはオルタ4の反応を見ながら演奏を変えていく。よく“インタラクティブ”とはいいますが、コンピューターが演奏者のほうに反応するだけではなくて、演奏者もコンピューターに反応しないと、あまり面白くないんですよね。でも渋谷さんは自分に従わせようとするというよりも、オルタ4が歌う音の面白いところをどんどんその場で拡張していくんです。だから、即興演奏システムとしてはそんなに複雑な構成ではないのですが、リアルタイムでの反応の良さを追求している。人間同士の即興では現れないようなことが毎回起きて、面白いと思います」

音楽で包みこんで体感として何かが残るPA

メイン・スピーカーは会場のJBL PROFESSIONAL VTX。V25-IIG(メイン)とG28(サブ)を片側6/3で使用し、インフィルにAM7212/64を設置した。また、常設シーリング・スピーカーAM7212/95×8基も使用。インプットは頭分けし、FOH側はYAMAHA Rivage PM3+DM7、モニター側はALLEN&HEATH DLive S7000を中心としたシステムでオペレート(Photo:Hiroki Obara)

メイン・スピーカーは会場のJBL PROFESSIONAL VTX。V25-IIG(メイン)とG28(サブ)を片側6/3で使用し、インフィルにAM7212/64を設置した。また、常設シーリング・スピーカーAM7212/95×8基も使用。インプットは頭分けし、FOH側はYAMAHA Rivage PM3+DM7、モニター側はALLEN&HEATH DLive S7000を中心としたシステムでオペレート(Photo:Hiroki Obara)

 音響と映像のシステム・プランニングはパリ公演にも帯同したオアシスサウンドデザインの鈴木勇気氏が担った。

 「パリ公演を主軸にしつつ、“お客さんが巨大な楽器の中に入っているように包み込みつつ、体感としてのインパクトは作りたい”という話が渋谷さんからあったので、客席の天井に多面体スピーカーをつり、後方にスピーカーを置き、会場常設のシーリング・スピーカーまで使うアイディアが出ました」

会場前後中央の上手側と下手側天井からつるされたSolid Acousticsの12面体スピーカー755Professional(Photo:Hiroki Obara)
後方の上手側と下手側に置かれたDYNACORD D12×2。その下にはサブウーファーのSub 118も設置(Photo:Hiroki Obara)
左は会場前後中央の上手側と下手側天井からつるされたSolid Acousticsの12面体スピーカー755Professional。右は後方の上手側と下手側に置かれたDYNACORD D12×2。その下にはサブウーファーのSub 118も設置(Photo:Hiroki Obara)

 そして、モニター側にも今回のポイントがあったという。

 「イヤモニのクリックと別に、フロア・モニターも置きましたが、そこでは電子音は返さず、ステージ上の音だけ送るようにしました。コンサートマスターの成田達輝さんからの要望で、渋谷さんとトラックなしでリハをしたときの感触が良かったから、という理由でそうしたのですが、カブリが減って、舞台上の音がクリアになっていくことにつながりました」

 FOHのエンジニアは山本哲哉氏。総計180ほどのインプットがある中、オーケストラのミックスはYAMAHA DM7で山口香氏がグループにまとめた。それでも彼が扱うYAMAHA RIVAGE PM3には130以上の回線が入力される。

 「通常のPAはインプット側のバランスをコントロールするのが主ですが、今回は多面体スピーカーや天井に送るエフェクト量で空間を調整するのと半々くらいでした」

 RIVAGE PM3には十数種のエフェクトを立ち上げ、これを駆使したという氏。そこにはこんな狙いがあったそうだ。

 「子どもたちの声、声明、オルタ4、オーケストラ、電子音……何かが突出した途端に失敗したように聴こえるんです。それぞれの境目を作らないようにしながら、その間のどこを取るのか、リハーサルで渋谷さんとすり合わせていきました。ただ、その中で渋谷さんのピアノはドライで中央に置いて、その他の要素をどれだけ浮遊させるかをイメージしていました」

渋谷が演奏するピアノには、ハンマー付近へNEUMANN MCMをL/Rに、少し離れたところへSCHOEPS CMC 64をX/Yステレオに設置したほか、響板の響きを狙うAUDIO-TECHNICA ATM35、ホールに突っ込んだSENNHEISER MKH 40をマイキング。オルタ4との即興用に山彦のピックアップも用いられた。上のシンセはMOOG Moog One(Photo:Hiroki Obara)

渋谷が演奏するピアノには、ハンマー付近へNEUMANN MCMをL/Rに、少し離れたところへSCHOEPS CMC 64をX/Yステレオに設置したほか、響板の響きを狙うAUDIO-TECHNICA ATM35、ホールに突っ込んだSENNHEISER MKH 40をマイキング。オルタ4との即興用に山彦のピックアップも用いられた。上のシンセはMOOG Moog One(Photo:Hiroki Obara)

 演奏者/スタッフで総勢180人、PAスタッフだけでも10名を超えた今回のアンドロイド・オペラ。作品のテーマを貫徹するには、多くの関係者の尽力と、彼らへのプロジェクトの浸透があったことを、(わずか3氏ではあるが)スタッフの発言からもうかがうことができた。

渋谷慶一郎 『ANDROID OPERA TOKYO』

第1部 Super Angels excerpts.

0. Overture: Who owns this music? / この音楽は誰のものか?

1. Look, What's at the Bottom of the Box? /  箱の中に何かある?

2. Five Angels / 五人の天使

第2部 Android Opera MIRROR

1. MIRROR

2. Scary Beauty

3. Recitativo 1

4. BORDERLINE

5. On Certainty

6. Recitativo 2

7. The Decay of the Angel

8. Midnight Swan

9. Recitativo 3

10. I Come from the Moon (Android Opera ver.)

11. Lust

Credit

渋谷慶一郎(concept、compose、p、electronics)、アンドロイド・オルタ4(vo)、Android Opera TOKYO Orchestra(orch)、成田達輝(vln、concertmaster)、今井慎太郎(android programming)、ホワイトハンドコーラスNIPPON(cho:第1部)、長野礼奈(vln:第1部)、岸裕真(映像:第1部)、高野山声明(第2部:山本泰弘、柏原大弘、谷朋信、亀谷匠英)、Justine Emard(映像:第2部)、HATRA&NOVESTA(衣装:ホワイトハンドコーラスNIPPON)

 

公演情報

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