Pro Toolsでミックス・ダウン 〜バス・コンプが最後の決め手〜|解説:NAOTO(ORANGE RANGE)

Pro Toolsでミックス・ダウン 〜バス・コンプが最後の決め手〜|解説:NAOTO(ORANGE RANGE)

 ORANGE RANGEのギタリスト、コンポーザー、アレンジャーのNAOTOです。今月で僕のAVID Pro Tools連載も最終回となりました。前回まではアルバム『Double Circle』に収録した楽曲「トカトカ」を例に、オケやボーカルの録音やエディットについて紹介してきましたが、今回はミックスについて紹介していきたいと思います。

ドラムはバスでまとめてアウトボードでコンプレッション

 ORANGE RANGEの楽曲のほとんどは僕がミックスまで行って、マスタリングだけエンジニアの方にお願いしています。そして、前回も少しだけ触れましたが、本番のボーカル録音を行いつつ、別のセッション・ファイルでオケのミックスも進めています。なぜセッション・ファイルを分けているのかというと、ボーカル録り用のセッションは動作を軽くしておきたいからです。ミックス中はプラグインの数も多くなるので、マシンに負荷がかかりがちです。そのせいで動作が遅くなったりすると、歌録りしているボーカリストはストレスを感じてしまいます。パワーのあるマシンの場合は問題ないと思いますが、僕の環境だとスペック的に非力……。というわけでファイルを分けているのです。

 さて、ミックスではコンプとEQでの微調整、それにリバーブなどの空間系処理が作業の中心となります。ただし、ドラムは第2回で紹介したオーディオ素材に差し替える作業の時点で音色も作り込んでいるので、ミックスで個々を処理することはほとんどありません。バスでまとめたら、コンプでまとまり感を出し、EQで質感を軽く補正するくらいです。

 バス・コンプには、API 2500かSHINYA'S STUDIO 1U 4000 BusCompのどちらかを曲調によって使い分けています。1U 4000 BusCompは音が好きなのですが、リリースがAUTOも含めて6段階なので、曲によってはハマらないことがあります。一方、2500は自由度が高いのでいろいろな曲に使えますし、アタック感を作りやすいのでビートを強調したい曲に合います。「トカトカ」では2500を使いました。

ラック内の一番上がAPI 2500、一番下がSHINYA'S STUDIO 1U 4000 BusComp。どちらもバスでまとめたドラムや上モノ楽器にバス・コンプとして使用。曲調によって使い分けている(Photo:Ryuki Yamashiro)

ラック内の一番上がAPI 2500、一番下がSHINYA'S STUDIO 1U 4000 BusComp。どちらもバスでまとめたドラムや上モノ楽器にバス・コンプとして使用。曲調によって使い分けている(Photo:Ryuki Yamashiro)

 このバス・コンプで質感が変化した場合は、IZOTOPE OzoneのEQで補正します。このEQは高域の処理でも位相の乱れがなく、アタック感が崩れないので気に入っています。

「トカトカ」のドラムをまとめたバスはAPI 2500でコンプレッションした後に、IZOTOPE OzoneのEQで質感を補正

「トカトカ」のドラムをまとめたバスはAPI 2500でコンプレッションした後に、IZOTOPE OzoneのEQで質感を補正

 「トカトカ」のベースは、FABFILTER Pro-Q 3でEQして、UNIVERAL AUDIO UADプラグインのTeletronics LA-2A Classic Leveling Amplifier(Legacy)でコンプをかけました。これは幾つかあるLA-2A系プラグインの中で倍音が少ないタイプ。LA-2Aのかかり具合は好きなのですが、倍音が多いと腰高に聴こえるので、それを避けるためにLegacyを使っています。

「トカトカ」のベースはUNIVERSAL AUDIO UADプラグインのTeletronics LA-2A Classic Leveling Amplifier(Legacy)でコンプレッション。LA-2A系の中でも倍音が少ないタイプなので、ベースが腰高になるのを防ぐことができる

「トカトカ」のベースはUNIVERSAL AUDIO UADプラグインのTeletronics LA-2A Classic Leveling Amplifier(Legacy)でコンプレッション。LA-2A系の中でも倍音が少ないタイプなので、ベースが腰高になるのを防ぐことができる

 その後で、AVID Green JRC Overdriveを薄くかけて、少しだけひずみを加えて音量をそろえました。このプラグインはドライとウェットのバランスを設定できるので、ウェットを15%くらいにして、TONEも絞って腰高になるのを抑えています。ほんの少し輪郭を出すような役割です。

「トカトカ」のベースはAVID Green JRC Overdriveでほんのわずかにひずませている。ドライとウェットを調整するMIXノブも15%と控えめ

「トカトカ」のベースはAVID Green JRC Overdriveでほんのわずかにひずませている。ドライとウェットを調整するMIXノブも15%と控えめ

シンセ・パッドはコンプでつぶしアタック感の強いパートと対比を付ける

 上モノは、アタック感の強いものはほとんど何もしません。一方で、シンセ・パッドやギターのカッティングなどはコンプでつぶして、できるだけダイナミクスをなくし、アタックの強いパートとコントラストを付けています。

 例えば、「トカトカ」では、シンセ・パッドが2種類ありますが、片方はAVID Pro Compressorで少し頭をつぶしてピークを取り、その後ろにVertigo Sound VSC-2 Compressorをかけてレベルをそろえ、さらにその後ろにPro Compressorを入れて、キックのサイドチェインで動作させました。

「トカトカ」のパッドは、最初にAVID Pro Compressorでアタック部分をコンプレッションしてピークを抑えている

「トカトカ」のパッドは、最初にAVID Pro Compressorでアタック部分をコンプレッションしてピークを抑えている

コンプ処理された「トカトカ」のパッドは、次にUNIVERSAL AUDIO UADプラグインのコンプレッサー、Vertigo Sound VSC-2 Compressorをかけて音量を平均化。このプラグインはアタックやリリースがコントロールしやすく、色付けも少ないので、いろいろなシーンで使いやすい

コンプ処理された「トカトカ」のパッドは、次にUNIVERSAL AUDIO UADプラグインのコンプレッサー、Vertigo Sound VSC-2 Compressorをかけて音量を平均化。このプラグインはアタックやリリースがコントロールしやすく、色付けも少ないので、いろいろなシーンで使いやすい

「トカトカ」のパッドは、VSC-2の後段へさらにPro Compressorをインサート。これはキックのサイドチェインで動作させて、キックを聴かせられるようにコンプレッション。Pro Compressorは速いアタック設定が可能でピークを抑えるのに最適。ひずまないところも気に入っているポイント

「トカトカ」のパッドは、VSC-2の後段へさらにPro Compressorをインサート。これはキックのサイドチェインで動作させて、キックを聴かせられるようにコンプレッション。Pro Compressorは速いアタック設定が可能でピークを抑えるのに最適。ひずまないところも気に入っているポイント

 Pro Compressorは速いアタック設定ができるので、僕の経験上、最もよくピークを抑えられるコンプです。深くかけたときにひずまないのも良いですね。また、VSC-2はそれほど味付けが濃くなく、アタックもリリ−スもコントロールしやすいので、いろいろな場面で使えます。もう一つのシンセはLA-2Aで5dBくらいリダクションしてから、やはりPro Compressorをキックのサイドチェインでかけました。

 「トカトカ」のカッティング・ギターは、DBX 160AとWAVES Renaissance AXXの2段でコンプをかけています。160は少し重心が高くなるのですが、それが軽やかさを生むのでよくギターに使うコンプ。Renaissance AXXはアタック速めで、1〜2dB抑えるくらいの微調整的な設定です。さらに、「トカトカ」ではシンセで作ったピアノっぽい音のバッキングもあり、これはPro-Q 3のダイナミックEQモードで、コードによって出過ぎてしまうところをカットしました。

「トカトカ」のカッティング・ギターに使用したコンプレッサー、DBX 160A。重心が高くなる傾向があるため軽やかな演奏に向いている

「トカトカ」のカッティング・ギターに使用したコンプレッサー、DBX 160A。重心が高くなる傾向があるため軽やかな演奏に向いている

「トカトカ」のカッティング・ギターには、WAVES Renaissance AXXも使用。アタック速めで、1〜2dBほどリダクションさせる程度の微調整的なコンプレッション

「トカトカ」のカッティング・ギターには、WAVES Renaissance AXXも使用。アタック速めで、1〜2dBほどリダクションさせる程度の微調整的なコンプレッション

 楽器用のリバーブはUNIVERSAL AUDIO UAD RealVerb-Proをよく使っています。サラっとした質感で、プリディレイなどの設定も細かくできる点がいいですね。

楽器用のリバーブとしてよく使用するUNIVERSAL AUDIO UADプラグインのRealVerb Pro。質感がサラっとしていて使いやすい

楽器用のリバーブとしてよく使用するUNIVERSAL AUDIO UADプラグインのRealVerb Pro。質感がサラっとしていて使いやすい

 キャラクターが欲しい場合は、IK MULTIMEDIA CSRを使ったりしています。「トカトカ」ではギターのショート・リバーブ用にインサートしました。

キャラ付けしたいときによく使うリバーブはIK MULTIMEDIA CSR。「トカトカ」ではギターにショート・リバーブをかけている

キャラ付けしたいときによく使うリバーブはIK MULTIMEDIA CSR。「トカトカ」ではギターにショート・リバーブをかけている

 これらの上モノとベースは、やはりバスにまとめて、2500をかけています。ですから、最終的にはドラムのバス、上モノのバス、そしてボーカル類という構成になります。バスでまとめてアウトボードを通して録音してしまうと、もう個々のトラックの音量は変えられないので、まとめる前に音量バランスは慎重に調整しています。またバス用のコンプでのリダクション量は多くても1dB程度ですが、それでもやはりコンプを通すとまとまり感が出ます。なお、ボーカルはサビなどの人数が増えるセクションはバスでまとめますが、ソロ・パートはまとめていません。

 以上でミックスは完成です。マスターには何もインサートせずに、マスタリング・エンジニアの方にお渡しします。レベル的には1〜2dB程度、余裕を持たせた状態です。後からマキシマイザーやリミッターを入れると、それまでミックスしてきたバランスが変わってしまいますし、最初から入れておくのもそれはそれでやりづらいので、マスターに関してはマスタリング・エンジニアの方にお任せしています。

 4回に渡って僕のPro Toolsによる楽曲制作方法を紹介してきましたが、参考になりましたでしょうか? Pro Toolsは作曲から録音、エディット、ミックスまでをシームレスに行えるところが最大の魅力だと思っています。もっとユーザーが増えると情報交換などもしやすくなるので、ぜひ使ってみてください。ご愛読いただきありがとうございました。

 

NAOTO

【Profile】沖縄出身の5人組ロック・バンド、ORANGE RANGEのギタリスト/コンポーザー/プロデューサー。イアン・ブラウンへの楽曲提供をはじめ、リー“スクラッチ”ペリー、アキル(ジュラシック5)、ホレス・アンディらと共演。国内アーティストのプロデュースや楽曲提供も行う。本誌2023年1月号では沖縄にあるプライベート・スタジオを公開。ORANGE RANGEとしては2021年に結成20周年を迎え、2022年9月に12枚目のオリジナル・アルバム『Double Circle』をリリース。

【Recent work】

『Double Circle』
ORANGE RANGE
(スピードスターレコーズ)

 

AVID Pro Tools

AVID Pro Tools

LINE UP
Pro Tools Intro:無料|Pro Tools Artist:12,870円|Pro Tools Studio:38,830円|Pro Tools Ultimate:77,880円
(Artist、Studio、Ultimateはいずれも年間サブスクリプション価格)
※既存のPro Tools永続版ユーザーは年間更新プランでPro Tools Studioとして継続して新機能の利用が可能
※既存のPro Tools|Ultimate永続版ユーザーは、その後も年間更新プランでPro Tools Ultimate搭載の機能を継続して利用可能

REQUIREMENTS
▪Mac:macOS 10.14.6以降、INTEL Core I5以上のプロセッサー
▪Windows:Windows 10以降、INTEL Core I5以上
▪共通:16GBのRAM(32GBもしくはそれ以上を推奨)

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