ORANGE RANGEのギタリスト、コンポーザー、アレンジャーのNAOTOです。先月から始まった僕のAVID Pro Tools連載ですが、第1回はアルバム『Double Circle』に収録している楽曲「トカトカ」を例に、デモ制作の流れを紹介しました。今月はその続きをお届けしていきます。
20年間録りためた素材とリズム・マシンの録音素材をレイヤー
まず前回の内容を簡単にまとめると、“デモ制作では、思いついたパートをどんどん録っていき、曲の展開と長さが決まったら仮歌を入れて、その後に歌を邪魔してしまうパートや不要と感じたパートを間引いていく”ということになります。そして、原稿の最後に“ボーカルを録る段階で、キーを変更する場合もあります。それに備えて、ドラムとベースはこの段階まで、まだ仮のままです”と書きました。そこで、今回は仮のドラムとベースを本番に差し替える工程を紹介していきましょう。
仮のドラムとベースはMIDIでしたが、本番はオーディオ素材をトラックに直接ペタペタと貼って作っていきます(その理由は後ほど説明します)。ですから、もし仮歌の録音の際に楽曲のキーを変えたいとなったときに、先にベースを作ってしまっていると、すべてのオーディオ素材のキーを変更しなければならないので、かなり大変な作業になります。そのためベースは仮歌を録ってから作っています。
ドラムを最後に作るのも同じ理由からです。キックやスネアのピッチは、コード類の響きに合わせて調整するので、楽曲のキーが決まらないと作れないのです。このピッチ調整は曲を作る上で大切なことだと思っています。
なお前回、ドラムは簡単なキックの4つ打ちとハイハットの裏打ちだけで作曲を始めると書きましたが、デモ制作の流れの中で、仮歌を録る段階までに本番のパターンを決めておきます。ベースも同様です。またドラムとベースの差し替えの順番としては、ドラムが先でベースが後になることが多いと思います(この理由も後ほど説明します)。
ドラムのオーディオ素材は、ドラマーの方にドラム・キットの各楽器を単発でたたいてもらって録ったサンプルを利用しています。20年ほど前から、レコーディング・スタジオで生ドラムを録った後に、少し時間をいただいて録りためてきました。ですから、膨大なサンプルを持っています。
またキックやスネアは、複数のサンプルを重ねてレイヤーすることも多いです。使う素材も生ドラムだけではなく、リズム・マシンのROLAND TR-808やTR-909、DAVE SMITH INSTRUMENTS Tempestなどをサンプリングしてストックしています。アナログ・キック音源のJOMOX MBase 11をサンプリングしてサブベース的に使うこともありますね。
「トカトカ」では、生ドラムのキックとTempestをレイヤーしました。Tempestがアタック部分、生ドラムがボトムを担当しています。この曲では2つですが、キックは3つくらいレイヤーする場合もあります。また、スネアだと曲によっては4つくらい重ねる場合もあったりします。
このレイヤーを作るときに大切なのがサンプル同士の位置合わせです。例えば、キックのアタックとボトムをただ重ねただけだと、音が奥に引っ込んでしまうことがあるのです。この状態だと、何をどうやっても音は前に出てきません。そこで、Pro Toolsのナッジ機能を使ってサンプル単位でリージョンを動かし、位相がうまく合って良い感じに聴こえる場所を探します。この位相合わせのためにオーディオ素材でドラムを作っているのです。
そのほかハイハットやタム、シンバルなども、位相合わせをするわけではないのですが、オーディオ素材で組んでいきます。「トカトカ」ではTR-808のハイハットを1音だけサンプリングして使いました。
レイヤーしたキックやスネアは、各トラックで簡単にEQしてからAUXトラックにまとめることが多いです。「トカトカ」の場合、キックをまとめたAUXトラックにはAIR Lo-Fiを軽くかけて少し汚れた質感にしました。またAVID Channel StripでEQとコンプもかけています。
スネアは「トカトカ」の場合、まとめていないのですが、UNIVERSAL AUDIO UAD-2 Little Labs VOGをかけています。このプラグインは200Hz周辺のブースト具合が気に入っていて、ギター、ベース、キック、ボーカルなどでもよく使っています。
1音ずつ2オクターブ分を録音して音量やピッチの変化にも気を配る
ベースをオーディオ素材で作るのも、キックとサンプル単位でタイミングを合わせたいからです。ベースはキックのレイヤーという感覚なので、先にドラムを作ってから、ベースを作るようにしています。
「トカトカ」では、ベースにMOOG Slim Phattyを使っているので、曲に合わせて音色を作ってから、1小節分くらいの長さの白玉を1音ずつ2オクターブ分くらい録っていきました。このとき、音色によっては音域で音量が異なることもあるので、耳で判断しながらSlim Phattyのボリュームで録音レベルを調節しています。
また、アタックでピッチが若干変化するような音色だったので、録音してからそのピッチが変わっている部分だけをフェードでカットしました。音の最後の部分もフェード処理しています。Pro Toolsは先ほどのナッジもそうですが、フェードなどのオーディオ系の処理がとてもやりやすいですね。
こうして素材を作ったら、あとはMIDIで打ち込んでおいたパターンをガイドに、オーディオ素材を貼って長さを調節し、フレーズを作っていきます。そのほか「トカトカ」では、エレキベースでスラップを一発だけ弾いて録ったオーディオ素材も貼り付けました。
ここまでの作業で楽曲はかなり完成の形に近づきました。あとは本番の歌やギターを録ってミックスということになります。しかし僕の場合、ミックス的な作業は曲を作りながら同時に行ってしまっているので、自分でも“どこからがミックス”とはっきり言うことができません。作曲、アレンジ、録音、ミックスのすべてがほぼ同時に進行しているという状態です。そんな制作スタイルではありますが、次回はボーカルやギターの録音、それにミックス的な処理などについて紹介してみたいと思います。
それでは、また来月!
NAOTO
【Profile】沖縄出身の5人組ロック・バンド、ORANGE RANGEのギタリスト/コンポーザー/プロデューサー。イアン・ブラウンへの楽曲提供をはじめ、リー“スクラッチ”ペリー、アキル(ジュラシック5)、ホレス・アンディらと共演。国内アーティストのプロデュースや楽曲提供も行う。本誌2023年1月号では沖縄にあるプライベート・スタジオを公開。ORANGE RANGEとしては2021年に結成20周年を迎え、2022年9月に12枚目のオリジナル・アルバム『Double Circle』をリリース。
【Recent work】
『Double Circle』
ORANGE RANGE
(スピードスターレコーズ)
AVID Pro Tools
LINE UP
Pro Tools Intro:無料|Pro Tools Artist:12,870円|Pro Tools Studio:38,830円|Pro Tools Ultimate:77,880円
(Artist、Studio、Ultimateはいずれも年間サブスクリプション価格)
※既存のPro Tools永続版ユーザーは年間更新プランでPro Tools Studioとして継続して新機能の利用が可能
※既存のPro Tools|Ultimate永続版ユーザーは、その後も年間更新プランでPro Tools Ultimate搭載の機能を継続して利用可能
REQUIREMENTS
▪Mac:macOS 10.14.6以降、INTEL Core I5以上のプロセッサー
▪Windows:Windows 10以降、INTEL Core I5以上
▪共通:16GBのRAM(32GBもしくはそれ以上を推奨)