200GBに迫るライブラリーを備え
超現実的なサウンド・アプローチも可能
Hans Zimmer StringsはMac/Windowsに対応したストリングス音源で、VST/AU/AAX Nativeプラグインとして使用できます。コンピューターに求められるCPUは2.5GHz/クアッド・コアのINTEL Core I7以上のもので、RAMの容量は16GB以上を推奨。必要とされるディスク空き容量は184GB以上、インストール時のみ200GBとなっていますが、スムーズに動作させるためにも、かなりの余裕を設けておいた方がよいかと思われます。また、動作時に読み込むサンプルも大容量なので、SSDを推奨しているのもうなずけます。
Hans Zimmer Stringsには、コンポーザー目線で作られた細かいこだわりが目白押しです。まずサンプル・ライブラリーを運用するためのプラグインは、USTWOと協力して作られた専用のもの。収録された奏法は147種類、プリセットに至っては234種類という充実の内容です。また、通常のストリングス録りでは不可能な人数の規模でサンプリングが行われているのも特徴。例えばバイオリンだけでも総勢60名の演奏家が参加していて、その60名全員分を合わせた音/バイオリン・セクション左側の20名/右側の20名/中央の20名/外側の20名のそれぞれの音を独立して扱えるところにハンス・ジマーのこだわりを感じます。
特にチェロ60名、コントラバス24名の音では、この人数でしか得られない唯一無二のサウンド・アプローチができるのも魅力。SPITFIRE AUDIO創業者のクリスチャン・ヘンソン氏いわく“大人数の弦を集めると、それはエジプトの綿のシートを使った糸のようになります。人数が多くなれば多くなるほど、シルクのような質感になります”とのことで、この音源が単なるリアル志向ではなく、音楽的に進化したアイデンティティを持っていることが伝わってきます。
専用のプラグインはとても分かりやすく、グラフィックを見ただけで機能を直感的に理解することができます。一つの画面に各マイクのバランスから内蔵リバーブのセッティング、奏法の切り替えに至るまでとても分かりやすくレイアウトされているので、立ち上げてすぐに把握できたほどです。
ただ、ライブラリーの容量が184GBもあるので、ダウンロードにそれなりの時間を要するのは注意しておきたいところですね。プリセット音色のブラウジングは、画面上部のウィンドウから行います。そのウィンドウには、デフォルトでは“60 Cellos:All In One”というプリセット名が表示されていますが、クリックするとポップアップが現れ、奏法カテゴリー(Selection/Long/Short)、楽器カテゴリー(Violin/Viola/Cello/Bass)、そしてユーザー・カテゴリーのそれぞれでプリセットの絞り込みが可能に。好きなものを選択した後、Clearボタンを押せば元の画面に戻れます。
周波数レンジが広く重厚なサウンド
弦のザラッとした質感までも見える
さて、実際に音を出してみましょう。ここではまずプリセットの“60 Violins:All Standard”を試してみます。デフォルトの状態ではTreeマイク(スタジオの天井付近に設置したマイク)の音量のみが上がっていますので、フラット方向かつ落ち着いたイメージのサウンドですが、プレイヤーとの距離が近いCloseマイクなど各ポジションのマイク音量を上げていくと、弦のシルキーで明りょうな美しい質感を十分にとらえることができます。ちなみに各マイクのボリューム・スライダーを有効にすると、その分動作が重くなります。よって、プリセットをロードするときの負荷を最小限に抑えるために、デフォルトではTreeマイクのみがアクティブになっているのだと思われます。
それなりの負荷はかかりますが、Closeマイクなどの音量を上げて出音をチェックしてみました。周波数レンジがワイドで、非常に重厚かつ爽快であり、独特の緊張感をたたえています。各楽器がそれぞれの表情を持っているので、アレンジやアンサンブルの作りが顕著に音に現れると思います。近接系マイクの音量をさらに上げると、とても明るい響きが前に出てきて弦のザラっとした心地良い質感が見えてきます。
ユニークな奏法を駆使することで
楽曲に緊張感をプラスできる
奏法についても見ていきましょう。例えばLegatoはとても伸びやかで、Short(いわゆるスタッカート)は小気味良く、Bartok Pizzicatoはこの人数で録られているだけに迫力満点です。また弓の毛の部分ではなく、棒の部分を利用し摩擦で音を発する奏法である“Col Legno Tratto”、極端に駒寄りのポイントを擦って硬い音で弾くロング・トーン奏法“Long Super Sul Pont”などは、この音源ならではのものではないでしょうか。緊張感のある演出(奏法)を曲に盛り込むことができるという、映像音楽に携わるハンス・ジマーらしいコンポーサー目線の機能がたくさん詰まってます。
プリセットのマイク・セッティングや奏法をエディットし、狙いのサウンドを作り込めたら、ユーザー・プリセットとして保存することも可能。画面左にある下向きの矢印のアイコンをクリックすれば、名前を付けてセーブできます。
このHans Zimmer Stringsは、メロディやリズムに加えて、デリケートな温度感や音のニュアンスを求められるコンポーサーの皆さんにとって、とても魅力的な音源だと思います。今後もアップデートしていくと思われるので、コンピューター・スペックに余裕のある環境であればあるほど、のびのびと活躍してくれると思います。
(サウンド&レコーディング・マガジン 2018年7月号より)