ハンドメイドの1インチ・ダイアフラム
低ノイズの真空管ECC82を搭載
まずスタジオに届いて驚いたのが、本製品と付属品が収められた、フライト・ケースの立派なこと! 外側にはSE ELECTRONICSとRUPERT NEVE DESIGNSのロゴが堂々とあしらわれ、このケースだけでも購入意欲がそそられる。中にはRNTマイク、電源供給を行うRNTフロア・ボックス、これらを接続する8ピン・ケーブル、専用ショックマウント、木製マイク・ケースなどが入っている。
次にRNTマイクを見ていこう。このマイクにはSE ELECTRONICSがこれまでに開発した中で“最高級のカプセル”と謳う、ハンドメイドの金蒸着1インチ・トゥルー・コンデンサー・カプセルが実装されている。また、手作業で慎重に選別された低ノイズの真空管ECC82とRUPERT NEVE DESIGNSのカスタム出力トランスを採用。RNTマイクの筐体はしっかりとした作りで、重さ989gとどっしりしている。正面にはルパート・ニーブ氏、背後にはシウェイ・ゾウ氏のサインがプリントされ、シリアル・ナンバー・プレートも付いていてまさにフラッグシップ・モデルの装い。
RNTフロア・ボックスのフロント・パネルには、オフ/40/80Hz(−12dB/oct)で切り替え可能なローカット・フィルター・スイッチや−12/0/+12dBの3段階でゲインを変更できるレベル・スイッチ、無指向/単一指向/双指向など全9パターンの指向性切り替えノブ、マイク・イン(8ピン)、アウトプット(XLR)を備えている。そしてフロア・ボックスの内部には、RUPERT NEVE DESIGNSのフラッグシップ・コンソール5088と同様のカスタム・オペアンプを採用しているとのことで、そのサウンドにより一層の期待が持てる。ローカット・フィルター・スイッチとレベル・スイッチに採用された2つのトグル・スイッチには、RUPERT NEVE DESIGNSらしいしっかりとした手応えがあり、他社のそれとは明らかに違う触り心地を感じる。
鮮度が高くナチュラルな音色で
レンジの限界を感じさせない
まずは男性ボーカルで試してみた。ボーカリストは今や誰でも聴いたことがあるであろう声の持ち主、山崎まさよしさん。普段のレコーディングでのファースト・チョイスはNEUMANN U67であるが、RNTと比較してみてより鮮度が高く明りょうな輪郭といった印象。実に彼の声らしいエネルギッシュな中低域を濃い密度で収録できたように思う。オンマイク気味で録った力強い歌声においても、立ち上がりがシャープでエネルギーが伝わってくる。この音はいわゆる“NEVEサウンド”と言われるものだと感じた。
続いて女性ボーカルでのテストには、センセーショナルな歌詞と迫力あるボーカルが人気のシンガー・ソングライター、あいみょんさんにご協力いただいた。普段のレコーディングではTELEFUNKEN Ela M 251を使用しているが、これとRNTを比較。結果、低域から高域までの全体域が整った印象を受けた。“言葉の一つ一つの繊細さ”という部分においてはEla M 251に軍配が上がる一面もあったが、RNTは倍音までとても豊かにキャプチャーし、各帯域においてもサウンド・キャラクターが変わらないというイメージ。恐らくボーカリストにとっても歌いやすいマイクなのではないだろうか。
楽器においてはチェロで試してみた。筆者は普段チェロのレコーディングにはNEUMANN U47をよく使うが、RNTとの比較ではサウンド・ホールから出る低域がダブつかず、弦を弓でこすった際の実音と倍音のバランスも良く、全体的にシャープでリアルなサウンドであった。RNTの指向性は9つのパターンから選択可能だが、このような楽器の収録においてはとても有効で、マイクに入る実音以外の残響音やスタジオの鳴りを簡単に調整することができる。これはチェロ単独においての収録だけでなく、ストリングス・セクションでのレコーディングにおいても、隣り合うビオラやコントラバスとのカブりを自由自在にコントロールできるということである。
今回は男女のボーカルとチェロでテストしてみたが、RNTは鮮度が高くナチュラルな音色で、レンジの限界を感じさせないサウンドであった。さすがSE ELECTRONICSとRUPERT NEVE DESIGNSが共同開発した結果であり、決して懐古主義的なチューブ・マイクではないと思った。現代のレコーディング/リスニング環境は大きく変化し、ハイレゾによるマスター音源に近いサウンドを一般レベルでも楽しむことができる時代。そんな中、SE ELECTRONICSとRUPERT NEVE DESIGNSがこのようなマイクの開発に取り組むのは自然な流れと言えるであろう。日本ではいまだレコーディング機材においては“ビンテージ信仰”があるが、近年のハイレゾ音源や音作りの中では“ちょっと無理がある”と思う瞬間もある。確かにビンテージ・マイクは一聴すると個性的でムードがあるが、最終的にミックスしてみると“おや?”と感じることも少なくない。そんな中SE ELECTRONICSとRUPERT NEVE DESIGNSによるRNTは、現在のビンテージ信仰に一石を投じる存在になるのかもしれない。
(サウンド&レコーディング・マガジン 2018年6月号より)