老舗の国内音響機器ブランドTASCAMが、PA用デジタル・コンソールのTascam Sonicview 24とTascam Sonicview 16(825,000円)を発売した。今回はTascam Sonicview 24をレポートする。
エンジンにFPGA回路を搭載 54ビット・フロート/96kHzでの内部処理
Tascam Sonicview 24は、3つの7インチ・マルチカラー・タッチ・スクリーンと24本のチャンネル・フェーダー、1本のマスター・フェーダー、24基のマイクプリを採用したモデルで、モノラル40系統+ステレオ2系統を合わせた44インプット/24バス・アウトという構成だ。高音質のマイクプリClass 1 HDIAを搭載し、32ビット/96kHz対応のADコンバーターを内蔵。FPGA回路を用いた54ビット・フロート/96kHzの内部処理で0.51msの低レイテンシーを実現している。最大入力レベルは+32dBuで、これは大型コンソールと同等の値だ。
まずはTascam Sonicview 24を箱から出してセットアップする。このクラスのミキサーで18kgという重量は、想定よりも軽い。本体の両サイド部分にへこみがあるので、一人でも持ち運びやすいように工夫されている。モーター・フェーダーの長さは100mmと十分あり、フロント・パネルは薄く、2系統のヘッドフォン出力(ステレオ・ミニ&ステレオ・フォーン)とヘッドフォン・ボリューム・ノブが付いている。
電源を入れると、トップ・パネル上部に設置された3つのスクリーンにゲイン、ゲート、EQ、コンプ、センド、パンなどが表示される。オペレートに必要な機能がすべてのフェーダーの直線上にあり、デフォルトでこの画面が現れるのは安心感がある。
マイクと音源を入力して音を出してみよう。リア・パネルにあるch1〜16のアナログ・アウトプット(XLR)には、ch15がLch、ch16がRchと表記されているので、そこから出力してみる。スクリーン上でゲインをタッチして、真下にあるエンコーダー・ノブを回すとゲイン調整ができるので、早くも音を出すことができた。デジタル卓とは思えない速さで音が出せてしまった。このように、3つのスクリーンの下部にはそれぞれ8つのLED付きエンコーダー・ノブを備えており、これらはスクリーン上で選択した機能と連動している。また、これらを回すとデフォルトでは微調整程度の変化を加えられるが、一度押し込んでから回すとパラメーター値を大きく変化させることができる。最初はパンを操作するときに少し戸惑ったが、細かい微調整が必要なEQなどには良いかもしれない。
カスタマイズしたチャンネル設定やレイヤーを7つのLAYER KEYSボタンに割り当て可能
トップ・パネルの右下にはLAYER KEYSボタンと、FIX LAYERボタンが1つ並んでいる。1〜7までのLAYER KEYSボタンには入出力チャンネルの並びをカスタマイズしてレイヤーに自由に割り当てることができ、調整したいレイヤーのボタンを押せば即時に切り換えることが可能だ。デフォルトでは、LAYER KEY1がch1〜24、LAYER KEY2がch25〜44とFXリターン、LAYER KEY3がMIXバス1〜22とメイン・アウトL/Rという順に並んでいるので分かりやすい。またFIX LAYERボタンを押しながら固定したいブロックのいずれかのSELボタンを押すと、該当する8chのブロックが現在のレイヤーとして固定される。
トップ・パネル右端の中段には、SENDS ON FADERボタンを搭載。Tascam Sonicview 24ではAUXのことを“MIX”と呼ぶのだが、SENDS ON FADERボタンがオンのとき、24本のチャンネル・フェーダーでは選択したMIXセンド・バス/FXセンド・バスのセンド・レベルを確認/制御可能だ。その際、マスター・フェーダーでは選択したバスのレベルを確認/制御することができる。この操作が簡単かどうかは、PAの場合重要である。
またトップ・パネル右側には、USER KEYS A〜FとUSER KEYS 1〜12からなる計18個のUSER KEYSボタンを装備。これらにはSENDS ON FADERやミュート・グループ、スナップショット(シーン)、タップ・テンポなど、さまざまな機能をアサインできるので、よりスピーディな操作が期待できる。
エフェクトについてだが、FXセンド・バスがMIXバスとは別になっている。つまりハウス卓返しの場合、最大22のMIXバスをモニターで使えるということになる。内蔵エフェクト・エンジンは4基あり、リバーブとディレイはそれぞれ4種類、そのほかコーラス、フランジャー、フェイザー、ピッチ・シフターを搭載。FXリターンにおいても専用のステレオ・チャンネルが用意されている。パラメーターは該当するチャンネル・フェーダーのSELボタンを押せばすぐに確認することができ、エンコーダー・ノブを触れば即座に調整できるので分かりやすい。
ここまで説明書無しでアナログ卓と同じように使うことができた。スピード感を必要とするPA現場のニーズが各所に反映されていると感じる。スクリーンを指先で操作するには少し小さいので、タッチ・ペンを活用した方がいいかもしれないが、どこに何があるのか分からないということはない。困ったらいつでもトップ・パネルのHOMEボタンを押してホーム画面に戻れるのも助かる。またHOMEボタンを押しながらスクリーンを操作するとレベルがノミナルに、パンがセンターになるので便利だ。
スクリーンの最上段にはFULL SCREENボタンがあり、クリックすると、選択したチャンネルの各機能を3つのスクリーンで一度に展開して表示させることができる。また、ディレイ・タイムは0〜341.32msまで調節可能で、これもスクリーン上で行える。映像と音声のミックスやオーディエンス・マイクを用いた配信ミックス、スタジアム級の広さでのミックスなどで幅広く活用できるだろう。
次に他社のデジタル・ミキサーとTascam Sonicview 24の音質を、同じ条件の下で聴き比べてみた。ブーミーなわけではなく、細くもなく、そして耳に痛くもない。かといってアナログの感じでもない。この奇麗な音の印象は、96kHz動作ならではの繊細な輪郭と奥行き感である。このサイズのミキサー卓でこの感じの音が出せるのには少し驚いた。
データ管理についてだが、トップ・パネル右上にはUSBポート(USB Type-C)を採用している。ここにUSBメモリーを挿入して、データの読み込みや保存が行える。また、スナップショットはシステム設定を除けばそのままUSBメモリーに保存できる。モジュールごとにリコール・セーフが可能なので、イベントなどの設定でも混乱することがないだろう。ミキサー全体のセーブやバックアップは、MENUボタンから“All System Data”を選べば行うことができ、バックアップ・データをコンピューターで管理できるのもうれしい。SDカード・スロットも搭載しているので、SDカードを挿入してWAV/MP3/AACといったファイルを再生しながらの録音も可能だ(録音はWAVのみに対応)。
64イン/64アウトのDante入出力を装備 32イン/32アウトのオーディオI/O機能を搭載
リア・パネルを見てみよう。リダンダント仕様で64イン/64アウトのDante入出力(RJ45/NEUTRIK Cat5E EtherCON互換)を標準装備していることと、ワード・クロック・スルー/アウトとワード・クロック・イン(いずれもBNC)があることで、大型コンソールと同等の扱いができる。
拡張性の面では、32ビット/96kHz対応ADコンバーターを内蔵した16イン/16アウトのI/Oボックス、SB-16D(418,000円)が用意されている。これがステージ内にあれば、イン・イアー・モニター・システムなどのパッチが楽になると思う。
また今後リリースされる無償の専用アプリを使うことで、他社のDante対応コンソールでも使用できるようになるという。そしてデジタル卓では珍しく、リア・パネルにはch17〜24のマイク・イン(XLR)がすべてライン・イン(TRSフォーン)にも対応できるようになっている。これはオーディオ・インターフェースやキーボードなどから信号を入力するときに便利だ。
一方、ch15/16のマイク・イン(XLR)にはインサート用センド&リターン×2(TRSフォーン)を備えているので、エフェクターなどの外部機器を簡単に使うことができる。また2系統のステレオ・ライン・イン(RCAピン)もあるため、CDプレーヤーによるBGM再生時もチャンネルを消費しない。
モニター・アウト(XLR)×2はトップ・パネル右上にあるMONITOR OUTノブに対応しており、マスターをソロにして別の小型スピーカーで聴いたり、モニター卓のモニモニ(モニター・エンジニア用のセルフ・モニター)として使ったりすることが可能だ。トークバック入力(XLR)もあるので、こちらも専用チャンネルが確保できる。総合的にアナログ卓の便利な部分を取り込んでいる配慮は素晴らしいと感じた。
本機をリモート・コントロールするためのイーサーネット入力(RJ45)も装備。ここにWi-Fiルーターをつなぎ、タブレットにインストールした専用アプリTascam Sonicview Control(iPadOS/Mac/Windowsに対応)からTascam Sonicview 24を制御可能だ。
USB to PCポート(USB Type-B)は、コンピューター上のDAWと接続して32イン/32アウトでのマルチトラック・レコーディングが行えるので、大型のコントロール・サーフェスとしても使用できる。またGPIO入出力(D-Sub 25ピン)も標準装備されており、8イン/8アウトの外部制御も実現できる。
さらに2つの拡張カード・スロットも用意されており、オプション・カードのTASCAM IF-MTR32を使えば、SDカードで最大32trのマルチトラック・レコーディングや再生が可能だ。
最後にTascam Sonicviewシリーズは国産ブランドであるということで、カスタマー・サポート面での対応が素早いこと、フェーダー部分が取り外し可能なので、常設のままメンテナンスができるということも、メリットの一つだと付け加えておく。
Tascam Sonicview 24は、リーズナブルな価格でありながらこれだけの機能を備えているのには驚きだ。PA、ライブ・ハウス、レコーディング/リハーサル・スタジオ、クリエイター宅といった多くのシーンで十分なパフォーマンスを発揮するだろう。卓を使うために四苦八苦するというよりは、直感的な操作性から新たなアイディアを生み出し、その要求に答えてくれるのではないか、という期待が持てる機種である。
山寺紀康
【Profile】PAをメインに手掛けるサウンド・エンジニア。角松敏生、浜田省吾、久保田利伸、スピッツなどのライブでPAを担当してきた。尚美学園大学の芸術情報学部情報表現学科で准教授を務める。
TASCAM Tascam Sonicview 24
935,000円
SPECIFICATIONS
▪入力:モノラル40系統+ステレオ2系統+FXリターン4系統(ステレオ) ▪バス:AUX/グループ切り替えが可能なMIXバス22系統+メイン・バス1系統(ステレオ)+FXセンド・バス4系統(ステレオ) ▪内蔵エフェクト:リバーブ4種類、ディレイ4種類、コーラス、フランジャー、フェイザー、ピッチ・シフター ▪内部信号処理:54ビット・フロート/96kHz(ミキサー・エンジン)、32ビット/96kHz(ADコンバーター)、24ビット/96kHz(DAコンバーター)、48ビット/96kHz(デジタルI/O) ▪ディスプレイ:7インチ・マルチカラー・タッチ・スクリーン×3 ▪フェーダー:モーター・フェーダー(100mm)×25 ▪外形寸法:690.8(W)×228.1(H)×554.4(D)mm ▪重量:18kg ▪付属品:ダスト・カバー、タブレット・シェルフ×3、電源コード