本当はアナログ・コンソールやアウトボードを使用して色付けをしたいが、予算やリコールのことを踏まえてDAWだけで完結するミックスが多いというのがここ最近の傾向です。しかし、イン・ザ・ボックスでは押し出し感というか、良い意味での汚れ感を出すのが難しく、どうしたらいいかと悩みを抱えているエンジニアやアーティストは少なくないのではないでしょうか? 楽器を単独で聴いている分には、それなりのスピーカーやヘッドフォン、APPLE iPhoneでさえとても奇麗に感じるのに、ミックスしていくうちにどこか奥まって膜がかかったような音になっていることもあるでしょう。そこで活躍するのが16chサミング・アンプの5057 Orbitです。
ビンテージNEVE特有の倍音を付加し
TEXTUREノブでかかり具合を調整できる
私はAVID Pro Toolsを使用しており、ミックスではプラグインを使って味付けするイメージで作業をしています。しかし、内部ミックスだけで完成させるのは、奇麗だけれどもどこか味気無いという思いが常に付きまとっていました。そんな中、よく使っているのがPro Tools用に古くから存在しているAVID Lo-Fiというプラグイン。ミックスの中で楽器が増えてきて音が前に出てこないと思ったときは、すぐに使いたくなるサチュレーション系プラグインです。このLo-Fiの存在は、今日に至るアナログ・サミングとは切っても切れない関係になるだろうと当時のDIGIDESIGNが予想していたことは想像に難くないでしょう。前置きが長くなりましたが、このLo-Fiの恩恵を受けている私としては、5057 Orbitはまさにうってつけのアナログ機材なのです。
5057 Orbitは2系統のD-Sub端子で16chを受けることができ、サミングされた信号はメイン・アウトと–6dBアウトから出力されます。–6dBアウトは、5057 Orbitをドライブさせてトランスの倍音を強調させたい場合でも、後段に続くデバイスで音をクリップさせないようにと考えられたものです。また、別の5057 Orbitと接続してチャンネルを拡張できるLINK端子も用意されています。
また、SILKという機能が搭載されているのも特徴。ミックスで音を少し前に押し出したい、楽器ごとのラインが聴こえるようにしたい、EQで帯域を持ち上げるのとは違う色付けがしたい、トータル・コンプやリミッターなどで各楽器をくっ付けようとするとどこか抜けが悪くなる気がする……。こういったDAW完結ミックスで悩みやすく、手の届きにくいところをうまく解決してくれるのがSILK機能です。パネルにあるSILKスイッチをオンにしてTEXTUREノブを回していくと、なんとビンテージNEVEの系譜に連なる倍音を付加できるという優れものだそう。もちろんSILK機能をオフにすれば、現代的でクリアなサウンドが楽しめます。
今回はPro Tools|HD I/Oの16ch分のアウトを5057 Orbitと接続し、各楽器のステムをアサインします。SILKスイッチを押すと赤/青/無点灯と色が切り替わり、赤色では中高域が強調されるRedモード、青色では中低域以下が強調されるBlueモードに、TEXTUREノブでそのかかり具合をコントロール可能です。ざっくりとですが、ミックスの中で中高域を押し出したいボーカルやスネア、ピアノ、ストリングスなどのアコースティック楽器はRedモード、キックやエレキベース、シンセ、ハードなギターはBlueモードがお勧めとなっているようです。
音の暴れを抑えられるBlueモード
楽器が生き生きとするRedモード
同じ部屋で録音したグランド・ピアノとコントラバスのジャズ・デュオを素材にテスト。それぞれの楽器を単独で5057 Orbitに送ってPro Toolsに録音し直したものと、同時に5057 Orbitへ入力してサミングしたものを比較してみました。
まずはグランド・ピアノ単独の比較です。Blueモードの場合は左手で弾いたコード感が少しもやっとした感じになり、全体的に音が奥まる傾向に。Redモードでは右手のフレーズがよりきらびやかになる傾向になります。中高域のアタック感が強い場合には、DAW内部でいろいろと処理しなくてもBlueモードである程度音の暴れが抑えられるのが不思議な感覚でした。
コントラバス単独でBlueモードをオンにした場合は、中低域のパワーが持ち上がりますが、モヤモヤした部分も増える傾向。Redモードにすると指で弾く弦の音がはっきりしてきてより生々しくなり臨場感が増しました。
続いて、グランド・ピアノをステレオでch1&2、コントラバスをモノでch3にそれぞれインプットしてサミングをした場合です。Blueモードではコントラバスの中低音がミックスの中で前に出て来つつ、パワーはあるものの飽和してにじんだ感じになってきます。Redモードでは耳に響きやすいピアノの鋭さが丸くなり、全体のミックスがパワー感と共に押し出され元気になりました。いずれにしても、Redモードにすることで両方の楽器が生き生きとしてきます。
全体のミックスをコントロールする際にはBlueモードで中低域をコントロールするより、Redモードで元気やパワー感を足すイメージの方が分かりやすい気がしました。Pro Toolsの内部ミックスに比べても、5057 OrbitでのサミングとRedモードで膜が2枚くらい取れ、中低域も前に出てくるイメージです。自身のミックスに生き生きとした息吹きを加え、グレードアップすることが実感できる夢の機材と言えます。内部ミックスで物足りなさを感じている方には非常にお薦めです。
森田秀一
【Profile】サウンド・エンジニア。バークリー音楽大学出身で、NYのKampoスタジオでエンジニアを務めた後、現在はReBorn Woodにてスタジオ・マネージャー、エンジニア、レーベルA&Rを兼任する。
RUPERT NEVE DESIGNS 5057 Orbit
オープン・プライス
(市場予想価格:231,000円前後)
SPECIFICATIONS
▪入力インピーダンス:16kΩ ▪周波数特性:10Hz〜50kHz(±0.1dB) ▪セルフ・ノイズ:–90dB ▪最大入力レベル:+26dBu ▪最大出力レベル:+26dBu ▪ひずみ率:0.003%(0dBu@1kHz)、0.0006%(+20dBu@1kHz) ▪クロストーク:–103dBu(@1kHz)、–93dBu(@10kHz) ▪外形寸法:483(W)×44(H)×229(D)mm ▪重量:4.5kg