マスタリングに特化したプラグインOzone9などで有名なIZOTOPEが、マルチトラック・レコーダーSpire Studioの第2世代モデル、Spire Studio(Gen 2)(以下、Spire Studio)を発売しました。専用のiOSアプリSpire: Music Recorder & Studio(無償)やSpire Pro(有償)をインストールしたスマートフォン/タブレットとWi-Fi接続することで、プロジェクトの作成やオーディオ編集、エフェクト処理などが行えます。
24ビット/48kHzで10時間の録音が可能
カスタム・プリアンプによりノイズも軽減
Spire Studioの外観は黒で統一されていて、トップ・パネル中央には再生ボタンと録音ボタン、手前にはNew Song/Soundcheck/Volumeという3つのボタン、そして円を描くようにタッチ式のディスプレイ・メーターが搭載されています。このディスプレイ・メーターはボリュームなどのパラメーターを調整する際に主に使用するのですが、さまざまな色に光るため暗い場所でも操作しやすいです。またサイズはソフト・ボールくらいの大きさで、重量は0.62kgと非常に軽く、持ち運びするには全く問題無いでしょう。
本体にはマイク・プリアンプを内蔵し、フロント・パネルには無指向性のコンデンサー・マイクとヘッドフォン・アウト(ステレオ・ミニ)を1系統装備。リア・パネルにはマイク/ライン・イン(XLR/フォーン・コンボ)が2系統、ヘッドフォン・アウト(ステレオ・ミニ)が1系統、そして48Vファンタム電源ボタン、電源ボタンが並んでいます。
今回第2世代となったSpire Studioは、初代と比べてストレージ容量は2倍になり、24ビット/48kHzで約10時間のステレオ録音が可能。バッテリー・パフォーマンスが伸びただけでなく、新しいカスタム・プリアンプによって録り音のノイズも軽減され、ディスプレイ・メーターの輝度も向上しました。
続いて、専用アプリのSpire: Music Recorder & Studioと、これに課金することで使えるSpire Proについて説明しましょう。先述したようにSpire Studioとこれらの専用アプリをWi-Fi接続することによって、レコーディングした音を重ねたり、トリミングしたり、さまざまなエフェクトを施すことが可能となります。メトロノーム機能もあるため、クリックを聴きながらの録音も可能です。
アプリの画面は黒を基調とし、レコーディング/Edit/ミックスの3つのタブを備えています。それぞれのトラックはカラフルに色分けされているため視認性が高く、直感的に扱えるでしょう。
ちなみにSpire Proは、Spire Studioを購入すると半年間無償で使用可能です。ロイヤリティ・フリーのビートやバッキング・トラックへアクセスできるだけでなく、ボーカル・トラックをほかのトラックに埋もれないようにするサウンド・チェック機能、ボーカル処理に特化したプラグインIZOTOPE Nectarの技術を応用したピッチ補正機能、さらにはオーディオ・リペアに特化したプラグインIZOTOPE RXの技術を使ったノイズ除去機能などが利用でき、より本格的な音楽制作を追求するユーザーにも対応しています。
AIが入力ソースを分析して
自動的に最適なゲインや音色に調整する
レコーディングの手順ですが、まずはSpire Studioの電源を入れ、Spire: Music Recorder & StudioまたはSpire Proと接続します。次にSpire StudioのSoundcheckボタンを押して、フロント・パネルにあるマイクに向かって歌ったり、リア・パネルにあるマイク/ライン・インにギターなどを入力して演奏しましょう。するとSpire Studioに搭載されたAIが入力ソースを分析し、自動的に最適なゲインやダイナミクス、EQ設定を行ってくれます。これはミックスに特化したプラグインIZOTOPE NeutronのTrack Assistant機能を使用したときのような感覚で、瞬時にある程度の録り音を完成させることが可能です。
録った音はEditタブで管理し、ミックス・タブでボリュームやパンの設定を行います。このミックス・タブでは画面左側がL、右側がRとなっており、画面上部に行くほど音量が大きく、下部に行くほど音量が小さくなる仕様です。Spire: Music Recorder & Studioではステレオ/モノラル設定とミュートのオン/オフ設定ができ、Spire Proではこれらに加えてエフェクト・プリセットとエフェクト・ランダマイズ機能が利用できます。
ちなみにこれらの専用アプリが無くても、Spire Studioを使った録音やAI技術による入力ソースの音響処理は可能です。逆にSpire Studio本体が無くても、専用アプリのみで録音データの編集や加工が行えます。その際はスマートフォンのマイクを使って録音することも可能です。
空間系/アンプ/Vocals/ペダルなど
豊富なSpire Studio内蔵エフェクト群
ここからは実際にSpire Studioを使ってみた感想です。まず驚いた点は、このコンパクトなサイズ感で“本格的なレコーディング”が行えること。バッテリー駆動では約4時間使用でき、コード類は必要無いため、気軽に友達と集まって録音や制作が行えます。内蔵コンデンサー・マイクの使用感も非常に良いです。約100Hz以下の低域は若干おとなしめですが、AIが録り音を最適に処理してくれるため全く問題ありません。無指向性なので、Spire Studioの後方で音を鳴らしてもちゃんと収音してくれます。またマイクの感度が良いにもかかわらず、入力した音がピークを超えづらい印象だったため、音割れといった録音ミスも起きにくいでしょう。
中域から高域にかけてはしっかり録れ、環境音などのフィールド・レコーディングも行いやすそうです。なおかつ48Vファンタム電源を内蔵するため、お気に入りのコンデンサー・マイクをつないで録音することもできます。
ギターの弾き語りも試してみたのですが、スマートフォンのマイクに比べるとはるかに澄んだ高域が録れるため、非常に満足のいく音質でレコーディングが行えます。Spire Studioを公園に持ち出してギターの弾き語りを収録すれば、美しい環境音の入った“その場でしか録れない作品”を生み出すことができるでしょう。また、いろいろな場所で録音/制作すればアイディアも広がるはずです。
ライン入力ではエレキギター/ベースを試してみましたが、どちらも“Soundcheck”ボタンを使用すれば音がこもったりせず、明りょうな状態での録音が可能です。Spire Studio内蔵DSPを使用するエフェクトは豊富で、空間系/アンプ/Vocals/ペダルといったカテゴリーが並んでいます。個人的にはエフェクトを2つ以上かけられない点と、リバーブのかかり具合が少しだけ過剰に感じた点が気になりましたが、どれも使い方次第では効果を発揮するでしょう。
専用アプリとSpire Studio Gen 2を併せて使ってみて気に入ったのは、楽曲データの書き出し時に利用できるエンハンス機能。これはOzoneの技術を使ったもので、聴き心地はそのままで曲のラウドネスを上げることができます。なお楽曲書き出し時のファイル形式はMP3とWAVから選べるほか、パラデータとしての書き出しにも対応しているため、ここからDAWに取り込んでさらなるアレンジやミックスを追求することもできるでしょう。
また、データをそのままE-MailやLINEで送ったり、直接SoundCloudにアップロードしたり、Twitter/InstagramといったSNSに動画として投稿することも可能です。“弾き語り”や“歌ってみた”などのSNS投稿をするユーザーにとっても快適な仕様となっています。
機材やケーブルが不要のため
いつでもどこでも快適に収録が行える
長時間Spire Studioを使っていて感じたのは、無線接続なのに遅延に関するストレスが全く無いこと。トラックを幾ら重ねていても録音時のモニター音は遅れませんし、スマートフォンからの操作もスムーズに反応します。Spire Studioとスマートフォン間のWi-Fi接続では5回テストをしてみましたが、いずれも約2秒で完了しました。
プロジェクトの読み込みでは、上限である8tr使用のものでも5秒程度しかかかりませんし、エンハンス機能を用いた書き出しでも長くて30秒ほどしか待ちません。このスピーディさは、ユーザーにとって非常に大切な点だと思います。クリエイティブなアイディアやメロディなどを思い付いてから形にできるまでの時間が一瞬なのは、隠れた利点だと言えるでしょう。
僕はこのSpire Studioを、一般の宅録ユーザーにはもちろん、SNSを中心に音源を投稿しているミュージシャンやアーティスト、そして宅録ビギナーにもお薦めしたいです。Spire Studioと専用アプリを使ったレコーディング&ミックス機能と音源共有の手軽さは、SNSを中心に活動する音楽家にとっては大きな武器となることでしょう。ビギナーにとっては、宅録の基本プロセスや簡単なミックス・ノウハウの理解にもつながるため、コンピューターを使用した本格的な楽曲制作への移行も楽にできるのではないかと思います。
一方、本格的に音楽制作を行う方にとっては、Spire Studioを使うことで手軽なデモ制作が行いやすくなるでしょう。またバンドなどで楽曲制作にメインで携わっていないシンガーやメンバーの方にもお薦めです。思い付いたメロディやフレーズを手軽にSpire Studioで録音しておけば、バンド内で共有したり、制作に強いメンバーに送ってすぐデモの制作に取りかかれることでしょう。
宅録をメインとする僕がSpire Studioを使うとするならば、外出時専用のポーダブル・レコーダーとして利用したいと思います。Spire Studioはフィールド・レコーディングにも対応できるため、目的に合わせて録音を楽しめるでしょう。煩わしい機材やケーブルの準備が必要無いため、いつでもどこでも快適に収録が行えます。ユーザーのアイディア次第ではさらに用途が広がるデバイスだなと感じました。ぜひ、皆さんもお手に取って試してみてください。
碧海祐人
【Profile】名古屋を拠点とするシンガー・ソングライター。ジャジーかつメロウな雰囲気のトラックに叙情的な歌声が乗る楽曲を得意とする。2020年9月9日にEP『逃避行の窓』でデビュー。
Spire Studio(Gen 2)
59,400円
SPECIFICATIONS
▪入力:マイク/ライン・イン(XLR/フォーン・コンボ)×2 ▪出力:ヘッドフォン・アウト(ステレオ・ミニ)×2 ▪ビット/サンプリング・レート:24ビット/48kHz ▪内蔵バッテリー:充電式リチウム・イオン ▪バッテリー稼働時間:約4時間 ▪外形寸法:8.74(W)×11.07(H)×12.29(D)cm ▪重量:0.62kg
REQUIREMENTS
▪iOS:iOS 13 以上(64ビット) ▪対応機種:APPLE iPhone 8 以降、iPad Pro、iPad(第5世代以降)、iPad Mini(第5世代以降)、iPadMini 2 以降、iPad Air 2 以降
製品情報