アーティスト/エンジニアを問わず、プロの中にも多くのファンを持つAUDIO-TECHNICAのモニター・ヘッドフォン。その性能をあらためて検証するのが本連載だ。今回はエンジニアの山崎寛晃氏がATH-M70Xをピックアップ。さらに、著名スタジオのモニター音場を再現できるEMBODYとの共同開発プラグイン=Immerse Virtual Studioもテストした。早速、インプレッションをお届けしよう。
撮影:鈴木千佳 撮影協力:HAL STUDIO
Product Overview
ATH-M70X
オープン・プライス:市場予想価格31,000円前後
音楽制作向けの密閉ダイナミック型ヘッドフォン、Mシリーズのフラッグシップ・モデル。ドライバー口径は45mmで、強磁力マグネットとCCAW(銅被覆アルミニウム線)ボイス・コイルのコンビネーションによる解像度の高さを特徴としている。筐体にはアルミニウム製のハウジングやアーム、スライダーなどを採用し、ドライバーへの不要な振動の伝達を軽減。イア・パッドやヘッド・パッドは新たに設計されたもので、だ円形のイア・カップとともに快適な装着感を提供する。また、イア・パッドとヘッド・パッドは交換可能だ。ケーブル用の端子には“バヨネット式ロック機構”が採用されており、使用中に外れることのない確実な接続が行える。
ダイナミクスの変化や音の配置がよく見える
ローエンドからハイエンドまで充実した特性
結論から言うと、ATH-M70Xは掛け値無しにとても良いヘッドフォンだと思います。チェックに使ったソースは、AVID Pro Toolsのセッション・ファイルと音楽再生ソフト上の2ミックス。まず興味深かったのは、試聴ソースの“時代性”がきちんと見えるところです。昔の音楽と今の音楽には音圧感などの差があるわけですが、ヘッドフォンではすべての音が耳元で鳴って近く感じられるため、どんな時代の曲もある程度一定に聴こえがちです。なのでスピーカーを使う方が差をとらえやすく、ミックスの際にもコントロールを誤りにくいと思っていたのですが、ATH-M70Xなら大丈夫そう。音圧感の違いまでよく分かるし、密閉型でありながら開放型に通じる聴こえ方なのかもしれません。
と言うのも、これまで使ってきた密閉型ヘッドフォンに比べて音場がすごく広いんです。定位や奥行きの描写に優れ、音の一つ一つがしかるべきところに配置されているのをはっきりと見ることができます。空間の再現に関しては、リバーブのテイルやディレイのフィードバックなども非常にとらえやすい。ヘッドフォンだから当たり前、と言われるかもしれませんが、ほかのものより細部まで聴こえます。換言すると、音の分離がとても良く、解像度が高いという印象です。
“コンプ感のとらえやすさ”も特筆すべき点でしょう。2ミックスはもちろん、エレクトリック・ピアノやギターといった単体のソースについても、コンプレッサーがどの程度かかっているのかよく分かります。先の音圧感の話にも通じることとして、ヘッドフォンではあらゆる音が耳元で鳴るためダイナミクスの微細な変化が見えづらく、その傾向は定番機と呼ばれるものにもあると思います。コンプはこのくらいのあんばいで大丈夫、と思っていてもATH-M70Xで聴いてみるとかけ過ぎに気付く場合があったので、今まで使ってきたどのヘッドフォンよりもコンプ感が分かりやすいなと。これは、かなりすごい特徴だと思います。
周波数特性に関しても、フラットかつワイド・レンジで色付けを感じません。中高域や低域にブースト感が無く、ローエンドからハイエンドまでしっかりと出ています。例えば、最近のソフト音源にはハイエンドが過剰な音色もあって、ハイカットをかけたりもするのですが、ATH-M70Xなら“そもそもどれくらい過剰なのか”という部分からよく分かるため、見極めや調整がうまくいきそうです。低域の量感については、普段使いのコンシューマー機に比べると最初は物足りなく感じられたものの、よく聴くとローエンドまで出ておりシンセ・ベースのボトムなどもきちんと確認できます。エンジニアの音作りにはもちろん、自宅でミックスやマスタリングを行うトラック・メイカーの方々などにも有用なヘッドフォンだと思います。
耳の写真から個人に最適化した音響を生成
普段とは違う環境での鳴り方を体験可能
Immerse Virtual Studioに関しては素直に驚きました。使用前に右耳をスマートフォンのカメラで撮影し、EMBODYのサーバーへ送って音響特性を個人に最適化させるのですが、そのシステムがすごい。自分の耳と妻の耳を撮って聴こえ方の違いを確かめてみたところ、前者はものすごくピントの合った音で、後者ではきちんと聴こえてこなかったため、本当に最適化されるんだなと。ちなみに、写真の精度は結果にさほど影響しないことが分かりました。インカメラで自撮りした写真と妻にきっちり撮影してもらったもので比べてみたら、聴こえ方にあまり差は出なかったのですが、暗い場所よりも明るいところで撮影する方がより効果があるようです。また、セットアップも簡単なので誰にでも使えると思います。
用途については、自分のミックスを普段と違う環境で鳴らしたときの聴こえ方をチェックするのに良さそう。あまりにもおかしな音に聴こえたら、ミックスに戻って調整してみてもいいでしょう。スタジオとスピーカーのモデリングが入っていて、それぞれの傾向を体験できるので、ミックスに行き詰まったときの気分転換にもなると思います。
Immerse Virtual Studio
2,199円/月(サブスクリプション。13カ月目から無料)
Echo Bar、Spitfire、SAE Diamond Suiteといったアメリカのスタジオのモニター音場をヘッドフォン上で再現できるプラグイン。ATH-M50X、ATH-M70X、ATH-R70Xの3機種をサポートし、対応OSはMac/Windows。パーソナライズ空間オーディオのエキスパート、EMBODYと共同開発した製品である。昨年11月発売のAVID Pro Tools |CarbonにPremiumプラグインとしてプリインストールされ、AVID AAXプラグイン・ストアでは33,000円(税抜)で購入可能
山崎寛晃
【BIO】HAL STUDIOを拠点とするエンジニア。Superfly、坂本真綾、Little Glee Monster、古内東子、ART-SCHOOL、SPANOVAなどを手掛け、曲想に合ったレコーディングに定評がある
AUDIO-TECHNICA ATH-M50X 製品情報
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