ヤング・サグ【前編】コントロール・ルームでラップを録音!? アトランタ流バイブスに満ちた制作手法とは?

ヤング・サグ【前編】コントロール・ルームでラップを録音!? アトランタ流バイブスに満ちた制作手法とは?

トラップ・ミュージックの中心地とも言われる都市、アトランタ。これまで数多くのラッパーを輩出し、中でも絶大な人気を誇るのがヤング・サグだ。今年4月、自身のレーベル所属アーティストと共にアルバム『Slime Language 2』をリリース。ミックスを担当したアンガド・ベインズ氏により、アトランタのバイブスがそのまま収録されたような生々しいサウンドとなっている。まずはその録音方法などを聞いていこう。

Text:Paul Tingen Translation:Takuto Kaneko
Photo:Frank Schwichtenberg CC BY-SA 4.0

コントロール・ルームでボーカル録音。その場のバイブスを作品に吹き込む

 ヤング・サグ率いるヒップホップ・レーベル、ヤング・ストーナー・ライフ・レコーズ(以下YSL)はサグ、ガンナを筆頭にYSL所属アーティストが勢ぞろいとなるアルバム『Slime Language 2』を4月にリリースした。トラヴィス・スコット、ドレイク、フューチャーなど多数のゲストを迎えた本作は、全米ビルボード・アルバム・チャートで初登場1位を獲得。ミックス・エンジニアはアンガド・ベインズ氏で、ロサンゼルスに在住し、自身のスタジオも構える彼は2017年からサグの作品にかかわるようになった。ベインズ氏がレコーディングとミキシングの大部分を担当した2019年リリースのアルバム、『ソー・マッチ・ファン』も全米1位に輝いている。

 

 ベインズ氏はこれまで、ウィズ・カリファ、ジュース・ワールド、マック・ミラー、マシン・ガン・ケリーなど、非常に多くの人気アーティストの作品を手掛けてきている。どのようにして、これだけの実績を残してきたのか。その秘けつをベインズ氏に話してもらった。

 

 「AVID Pro Toolsの作業がかなり速かったのはあると思うが、それに加えて適応能力が高かったんだと思う。アーティストと毎日顔を突き合わせて作業しなきゃならないとき、彼らがどうやって今までやってきたのかを知り、どうやって今を生きているのか知らなきゃいけない。当然技術的なことにも通じていないといけないが、それができた上でアーティストとコミュニケーションが取れるなら、それは最高の組み合わせだよ。これが非常に大事なことでね。サグに初めて会ったときは、すぐに彼の世界観にどっぷり染まることができたんだ」

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ロサンゼルスにあるベインズ氏のスタジオ。メイン・スピーカーは一番外側にあるOCEAN WAY AUDIO HR 3.5とサブウーファーのS12Aだ。その内側にはBAREFOOT SOUND MicroMain26とAMPHION One18を設置。デスク上右側のラックにSSL Fusionを2台とRUPERT NEVE DESIGNS Portico II Master Bussがあるほか、左側にはAPI 500互換モジュールを多数用意する。部屋の両サイドにもアウトボード・ラックがそれぞれあり、ベインズ氏のアナログ・サウンドに対するこだわりが見て取れる

 現在はYSLのチーフ・エンジニアを務めるベインズ氏。アトランタにあるYSLのスタジオでの仕事について話を聞いてみると、それは我々がイメージするレコーディングとは少し異なるものだった。

 

 「サグ、ガンナ、YSL所属のラッパーがスタジオに来てビートを選び、それをAVID Pro Toolsのテンプレート・トラックに取り込む。サグはビートをカットして自分の好きな構成にリアレンジしていることが多いね。それからラップのパートを考え録音するんだが、サグもほかのラッパーもコントロール・ルームでやる。そこは大抵人がいっぱい居て、それがバイブスを作り出すんだ。誰も歌詞を書いたり、スマートフォンに記録したりなんてことはしない。彼らがすごいスピードで作業を進めていくのを見たらびっくりすると思うよ。1時間もかからずにボーカルすべてが出来上がることもある。その瞬間のエネルギーがすべてなんだろうね。俺たちの仕事はそれを余すことなくキャプチャーし、その一体感を保ったままサウンドを可能な限り素晴らしくすることなんだ」

 

 録音中もそれぞれが会話や電話をしているため、音響的には理想とは言えない環境である。クレイジーだとも言うベインズ氏だが、こうすることでエキサイティングな瞬間を余すことなくとらえることができるそう。まさに、これこそアトランタのラップ・シーンだ。ラッパーがその場のバイブスをそのまま作品に吹き込み、ダイレクトにリスナーに伝える手法が猛威を振るっている地域である。音響的な問題は後でどうにかすれば良いことなのだ。

ノイズ処理の効率をあげるAVID Pro Toolsのクリップ・エフェクト機能

 『Slime Language 2』の制作は、まずYSLのスタジオで始まった。そのスタジオにはSSLのコンソールが備えられているというがベインズ氏いわく、コンソールはほとんど使わなかったと言う。

 

 「コンソールは半年に1回、ホーン・セクションを録るときだけ使っていたかな。ボーカル録りのマイクプリにSSLを使うことはないね。SSLで録ったボーカルのサウンドは嫌いなんだ。だからマイクはSONY C-800Gで、マイクプリはNEVE 1073、ディエッサーのDBX 902、それからコンプのSUMMIT AUDIO TLA-100Aを使って録った。ロサンゼルスではC-800Gと1073にTUBE-TECH CL 1Bを使ったよ」

 

 ビートは大体仕上がった状態で彼のもとに来るとのことで、YSLでのベインズ氏の主な仕事はボーカル録りだ。そのボーカルのタイミングの確認にはサグもガンナもかなりの時間を費やし、ほぼすべての部分でタイミングを調整しているとベインズ氏は語る。

 

 「パンチ・インで少し遅れた場合にはちょっと前に出すこともあるが、基本的には後ろにずらすことの方が多い。これが彼らのフィーリングなんだ。ただしほかのラッパー、例えばダベイビーなんかが参加しているときは、彼らのタイミングは少し前ノリの方が良いことが多い。そのときに応じてベストなタイミングを選ぶんだ」

 

 ボーカルのレコーディングとテイク編集が終わるとラフ・ミックスに取り掛かる。まずはボーカル・トラックを整理してノイズをクリーニングすることから始まった。

 

 「大体どのトラックにもバックグラウンド・ノイズが入っていたから、ノイズ部分をカットしてフェードを描いたり、IZOTOPE RXを使ってノイズを消したり、Pro Toolsのクリップ・エフェクトを使ってEQでノイズ成分を削ったりしたんだ。Pro Toolsのクリップ・エフェクトはノイズ除去作業をかなりスピード・アップしてくれた。ボタン一つでノッチ・フィルターをさっとかけることができる。超速くて超簡単だね。俺のワーク・フローでも大きな割合を占めているよ」

 

 ボーカル・トラックのクリーニングを終え、ようやく実際のミキシングがスタートする。レコーディングしたセッションをミックスのテンプレートに読み込み、ビートをパラ・データで手に入れる作業に入ったそうだ。この作業は、ヒップホップの世界で近年問題となっていることの一つ。多くのラッパーがデモそのままのサウンドに固執した結果、パラ・データが入手できずステレオのビートにボーカルを乗せるだけしかできないこともある。ミックス・エンジニアが実質ボーカル・プロデューサーと作品の品質チェックを担当することしかできない状況も起こり得るのだ。

 

 「全くその通りさ! これに頭を悩まされるのはしょっちゅうだよ。ラッパーの中にはデモを気に入り過ぎた結果、デモの中のあらゆるサウンドを知り尽くしてしまっている奴もいて、結果ミックス・エンジニアがほとんど何もできないことがある。サグの場合もラフ・ミックスの作成に相当時間を割いていて、すべてのサウンドが彼の望む仕上がりになるようにしているからね。俺の仕事は全体を整えてビートのサウンドがより良くなるようにすることなんだ。時にはサウンドを変え過ぎてしまったり整え過ぎてしまって、ラッパーに気に入ってもらえないこともあるよ」

 

 ビート・プロデューサーにとってステムの準備は気の進まない作業であるらしく、手に入れるにはかなりの時間がかかるそうだ。苦心して集めたステムをセッションに取り込んで整理。サグがエディットしたビートのステレオ・ミックスと同じ形にするため、ステムをエディットする作業に入る。ここでまた難関が立ちはだかるのだ。

 

 「サグのエディットしたラフ・ミックスのビートが、ヤバいレベルで切り刻まれていることもあるんだ。その上、ステムにはクリック・ノイズやポップ・ノイズが入っていることもある。意図的なものもあるがそうじゃないことの方が多いから、ボーカルと同じようにRXを使ってクリーニングをする作業が必要になるよ」

 

 アトランタでのミックスはノート・パソコンとアナログ・プロセッサーのMCDSP APB-16で行い、モニター・スピーカーとしてYAMAHA HS8とAMPHION Two15を使って作業していたという。最終的にはロサンゼルスにあるベインズ氏のスタジオに戻り完成させた。ロサンゼルスのスタジオは、一般的にはDAW主体で制作されるトラップのようなジャンルからすると、意外なほどのアナログ機材が備えられているのが特徴だ。

 

 

インタビュー後編(会員限定)では、 称賛されたTR-808のミックスなど、収録曲「Ski」のPro Toolsセッションをもとにアンガド・ベインズ氏のテクニックに迫ります。

Release

『Slime Language 2』
ヤング・ストーナー・ライフ、ヤング・サグ & ガンナ(輸入盤)

Musician:ヤング・サグ(rap)、ガンナ(rap)、ヤク・ゴッティ(rap)、リル・デューク(rap)、トラヴィス・スコット(rap)、ドレイク(rap)、リル・ベイビー(rap)、リル・ウージー・ヴァート(rap)、フューチャー(rap)、他
Producerウィージー、アウタタウン、ベイビーウェーブ、ターボ、サウスサイド、オズ、他
Engineer:アンガド・ベインズ、アレシュ・バナジ、他
Studio:YSLレコーズ、他

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