“何か宇宙っぽい、でっかい音楽”を志向する6人組ダンス・ミュージック・バンドROVOが、結成24周年/12作目にしてセルフ・タイトル・アルバムをリリース。勝井祐二(e.vln/写真右)、山本精一(g/左から2人目)、芳垣安洋(ds/右奥)、岡部洋一(ds/左から3人目)、原田仁(b/中央)、益子樹(syn/左)の演奏が有機的に絡み合い、人力ならではの豊かなダイナミズムによって変化していく長尺の6曲を収録。ベーシック一発録りによる彼らの表現力/集中力は大前提として、そのグルーブを余すところなく記録したオーディオ面も出色で、その大役を果たしたのがメンバーの益子。録音/ミックス/マスタリング・エンジニアの役割も担う彼に本作を振り返ってもらう。後半部では、今回のミックスで使用したという“オールパス・フィルター”についても聞いた。
Text:Kentaro Shinozaki
自然が持つ怖さも含めて
目指したのは“ナチュラル”な音
ー約4年ぶりのオリジナル・アルバムですね。
益子 うん。今回目標が俺の中にあって、生き物が音を出している状況をそのままスピーカーから再生したいなと。すごくナチュラルに仕上げたいというか……ナチュラルって言うと割とあっさりして上品みたいなイメージがあるかもしれないけど、そういう意味でのナチュラルじゃないよ。例えばジャングルだったら自然がいっぱいあって、いろんな生き物がいて、ヤバい生物とかもいたりするっていう状況をできるだけそのまま再現したい。自然は必ずしも優しいわけじゃなくて、恐ろしいものでもあるから。そういう意味でのナチュラル。演奏しているときに感じる音を文字通りそのまま記録して、再生したい。でもリアルなレコーディングや再生ってすごく難しくて、レコーディングの歴史って紐解いてみると150年ぐらいあるけど、デジタル化以降その部分はあんまり進化してないんじゃないかなと思うのね。そこにトライしてもいいのでは? という気持ちになっちゃったんだよね。
ー原音忠実主義ですね。
益子 例えば、その場でたたいたドラムを録音して、再生してみて同じ音がするかと言ったら絶対違う。違う形で録れたものを元の形に近付ける方法を考えるのが面白い。人間がプレイしているときのニュアンスや音の現象を再生することが俺にとって魅力的なんだよね。それが今回できるようになったという話じゃなくて、ギャップを少しずつ減らせるようになってきたと感じているところ。
ーレコーディングはいつから始まったのですか?
益子 今年の1月中旬にグリーンバードでベーシックのレコーディングをして、2~3月辺りに勝井さんのバイオリン・ダビングと山本さんのギター・ダビング。でも世の中がどんどん自粛に入っていって。
ースケジュールに新型コロナの影響はやはりあったのでしょうか?
益子 “FUJI ROCK FESTIVAL”の出演が決まっていたからその辺りにアルバムを出すはずだったと思うんだけど、ライブがやれない状況になって9月発売になったのかな。
ーベーシックは一発録りですよね?
益子 そう、ブースの中に俺以外みんな入って。芳垣さんと岡部さんのドラム・セットを入れて、勝井さんと山本さんのギター・アンプはピアノ・ブースとサウンド・ロック、(原田)仁さんのベースはDIで。俺だけコントロール・ルームにいるという(笑)。
ー一緒にブースに入らないのはなぜ?
益子 マイクを立てて、モニター作って、演奏して、録音もするから仕方ないよね。演奏中にスピーカーから聴こえてくる音に何か違和感があったらすぐマイクを直しに行かなきゃいけないし。2000年代に入ってからは毎回このやり方だね。
ーエンジニアとして、ほかのメンバーよりも早く来てマイクを立てるのですか?
益子 それが望ましいんだろうけど、あまり早く行けた試しがない(笑)。でも、ROVOに限らずドラムはその人のセッティングがあるでしょ。芳垣さんは基本的に金物が低い位置だったりするし、セッティングが決まらないとマイクを立てられないよね。ちなみに芳垣さんと岡部さんのドラムはほぼ同じマイクを使っていて、ほとんどグリーンバードで借りたNEUMANN系ばかり。さっき言ったナチュラルという考え方の一環なんだけど、要するにマイクって同じラージ・ダイアフラムでも設計によって音の切り取り方が全然違う。でもメーカーによって傾向があって、同じメーカーでそろえると音の切り取り方が似てくる。その方が俺はやりやすくて、一番感触が良いのがNEUMANN系。もちろんマイクが足りない場合はほかのメーカーのものも使うよ。今回はRODEも使っていて、例えばK2はでかい音が入れられるのが魅力。ただし出力が大きいから、プリアンプでひずまないように俺はアッテネーターを持ち歩いている。
ースネアやタムにもコンデンサーを立てている?
益子 今回の録音にダイナミックは一切使っていないよ。ドラム・キットってドン、パン、チー、シャリとかいろんな倍音があって、ポピュラー音楽で使われる楽器の中で一番ダイナミック・レンジが広いとするのね。表情豊かな演奏を余すところなく録ろうと思うとおのずとコンデンサーになるという。
ー録音時のプリアンプは?
益子 グリーンバードにあったNEVE卓のヘッド・アンプ。
ー音楽配信サイトのOTOTOYではこのアルバムの96kHzバージョンがリリースされていますよね。ということは録音も96kHz?
益子 そう、AVID Pro Toolsで24ビット/96kHzで録った。ダビングが全部終わってデジタルの中だけの作業になったら32ビット・フロートのセッションに切り替えて。録音はできるだけハイレートでやりたいから192kHzで普通に作業できるようになればそうしたいし、そこすら飛び越えていつか“サンプリング・レートなんてもはや関係ありません”っていう時代が来たらいいよね。録音したデータを好みのフォーマットにダウン・コンバートしていくようになったら、ストレスが減るだろうな。
ー収録曲は10分前後の長尺ですが、1曲あたりのテイク数はどのくらい?
益子 3~4テイクかな。テイクを重ねた結果、ファースト・テイクが良かったねっていう場合も結構あった。
DRUM RECORDING
2人のドラムに対するマイキング。マイクにPADが付いているものはすべてオンにしている(マイク・リスト協力:島田智朗)
芳垣安洋
キック | RODE K2 |
---|---|
スネア・トップ | NEUMANN TLM170 |
スネア・ボトム | AKG C451 |
ハイハット | NEUMANN KM84I |
ハイタム | NEUMANN U87I |
フロア・タム | SONY C-38B |
オーバーヘッド | NEUMANN U67S |
岡部洋一
フロア・タム | RODE K2 |
---|---|
スネア・トップ | NEUMANN TLM170 |
スネア・ボトム | AKG C451 |
ハイハット | NEUMANN KM84I |
タム | SONY C-38B |
オーバーヘッド | NEUMANN U67S |
パーカッション | NEUMANN U67S |
カホン | AKG C414EB |
レコーディングは
冷凍作業に似ている
ー今回、“ナチュラル”に仕上げるために留意した点はどのようなものだったのでしょうか?
益子 レコーディングでもミックスでもマスタリングでも、全工程で気を配らないといけないよね。割と簡単に失われがちというか、例えば録ったドラムの音が何だかものすごい音で聴こえてきたとして、それを“ハイがキツい”と言う人もいるかもしれないけど、EQでハイを落としちゃうと失敗することが多い。ハイをいじるのはいいんだけど、その音質じゃなくて、その音楽がどういうふうに聴こえてきたらいいかをちゃんと意識しないと。いじると何かいい感じになったとそのときは思うんだけど、あらためて聴くと音質だけじゃなくて熱量や勢いも変わってしまったりする。すごく微妙な話かもしれないけど、特にROVOだと芳垣さんのドラム・プレイは録音するとニュアンスが失われやすいのね。何かの拍子にミックスの中で芳垣さんが見えなくなっちゃうことがある。ドラムの音は聴こえるんだけど、芳垣さんの顔が見えない。それが俺の中で調整のジャッジになっていて、芳垣さんに限らず全員そうなんだけど、その人の表情や仕草が見えるかどうかが一つの指針。このことは誰にも伝えてなかったんだけど、この前OTOTOYのインタビューを受けたときに勝井さんがこのアルバムの音に対して“芳垣さんの顔が見える”って言っていて、俺としては結構うまく行ったのかもと思えてうれしかった。
ーナチュラルな音を目指す上で、DSDで録るという選択肢はなかった?
益子 DSDは最初のころは興味があったけど、いろいろと難しいかなと思うようになって。ただ録ったまんまの状態っていうのは俺にとって自然に聴こえない。レコーディングって例えば料理で言うと冷凍作業にすごく似ていて、おいしく食べるには獲ったものを上手にさばいてうまく冷凍して、うまく解凍しないといけない。絶対にイコールにはならないことは確かなんだけど、限りなく元の鮮度に近付けたいんだよね。もちろん冷凍せずにその場で食べるのが一番おいしいよ。それがライブなんだろうね。
ーミックスに着手したのはいつごろだったのですか?
益子 3月末か4月頭ぐらい。期間で言うと4カ月間くらいだけど、毎日やっているわけじゃなくて、しばらくミックスを聴かない時期もあって。毎日聴くと音を覚えちゃうから。何曲かミックスで調整したら当分聴かないで、何日後かにセッションを立ち上げて違和感が無かったらいいんだけど、物足りないと思ったらまた調整に入るわけ。数日前に頑張って調整したこととか、何がしたかったかを忘れかけた状態で聴いた方が判断がしやすくなる。俺は比較しないと分からないことが多くて、要するに元の状態があってそれに対して何か手を加えたら必ず聴き比べるのね。どちらが本当に勢いがあるか、その生き物らしさがあるか。何かやったことによって失われたものが多いと思ったら、もう1回リスタート。手を加えたからには良くなったと信じたいかもしれないけど、現実的にそうなっていなかったら、もう1回トライすべきだと思う。そうやってちょっとずつ温度感や音質感の調整を積み重ねていった。
ーストイックですね。
益子 う~ん、普通に音響技師の皆さんが日々やってることで、それを時間をすご~く空けてやっているだけだよ。実は、このコロナの間で思うところがあって、スタジオのWi-Fiを止めてみたのね。そうやって外からの連絡を絶つことでさらに集中できるようになって、研究する時間がたくさん持てるようになった。今回、音楽を奏でた記録をちゃんと残したいという気持ちが強くなったのは、コロナが来てなんだか分からなくて、“もしかしたら死ぬかも”って思ったからかもしれない。これはROVOじゃないんだけど、グリーンバードが閉まる前の3月末におおはた雄一君と坂本美雨ちゃんのレコーディングをしたのね。みんなマスクをして、何だかものものしい雰囲気になっていた。そのころに、生き物が演奏した音楽を美しくなくてもいいから記録して、その生きている感じを聴く人に伝えたいと意識するようになったのかな。音楽を聴くってさ、多分、生きてないとできないでしょ。
ーまさにそうですね。
益子 それと、音楽を聴いている間はほかのことなんかどうでも良くなってくれたらいいなって思っていて。いろんなものから解放されて自由になるような感じを出すには、生命力を伝えられるかどうかが重要なんじゃないかな。ROVOは歌や言葉が無くて音だけだから、自由度も高いし抽象的なんだけど、説明材料が無いだけに音勝負なのね。だからぐっと引き込まれるような音楽……奇麗に作り上げるんじゃなくて、元のいびつな感じに戻すような調整が必要なんだよね。
FEATURE:
オールパス・フィルターを使ったドラム・ミックス by 益子樹
ここでは、ドラムのミックスで益子が用いたオールパス・フィルターにフォーカス。マルチマイクの位相ズレを解消するために、波形の振幅タイミングを合わせる手法は広く知られているが、そのやり方に疑問を持った益子がたどり着いたのがこのツール。音作りのヒントとして紹介する。
ーオールパス・フォルターに着目した経緯は?
益子 各パーツのオンマイクは目の前の音を拾っているから干渉はそれほど無いんだけど、全体を狙うオーバーヘッドとオンマイクの関係性が悪いとびっくりするくらい音の勢いが失われるんだよね。オーバーヘッドに対してオンマイクを波形でそろえてやるといいっていう話はあるけど、俺はなんか違う気がしていて。要は、上にあるオーバーヘッドを基準にして、下のパーツに行くにつれて時間的な距離ができるわ けだけど、それを波形のタイミングでそろえるのがなんだか不自然な感じがしたんだよね。それで、ほかに何か方法はないかなと常に考えていて、数年前にU-HE Presswerkっていうプラグインのコンプレッサーに付いている“DPR”っていうスイッチを見つけた。これを押すと急に音が生き生きしたりするのね。これは何だろうと思って調べたらデュアル・フェイズ・ローテーションっていうもので、説明書によるとコンプの入り口と出口とで200Hz辺りの位相をシフトさせている。どういう原理でそうなっているのかは分からないけど面白いなと思って、いろいろ調べていたらオールパス・フィルターという言葉に行き着いた。それをGoogleで検索して、一番最初に出てきたのがKILOHEARTS Disperserっていうプラグインだった。
【芳垣】オーバーヘッド ⬅Disperser
【岡部】オーバーヘッド ⬅Disperser
ーDisperserの製品説明を見ると、“信号の周波数ごとのディレイを引き起こすことによるオールパスフィルターのスタック”ということで、設定周波数以下を遅延させる効果があるようですね。実際にどのように使ったのですか?
益子 オーバーヘッドがとらえているローの成分のタイミングはオンマイクがとらえているものよりも遅いけど、それぞれのスタート・ポイントが違っても、リリースのどこかからは波が一緒に動くような形になれば、変な音にならないんじゃないかなと思ってね。要は、オーバーヘッドがとらえた音にオールパス・フィルターをかけて、ある周波数から下の帯域をほんの少し遅らせてあげれば干渉によるロスが防げるんじゃないかと。Disperserはその周波数を設定できるから、どの周波数が合うのか延々と聴き比べて大体80Hz以下を遅らせるといいという結果になった。もちろん芳垣さんと岡部さんでドラムのセッティングやチューニングが違うから同じ値にはならないけどね。
ーマルチマイクのカブリを緩和する新しい技ですね。
益子 いやいや新しくはないだろうし、これが答えですっていうことでもない。正解かどうか俺も分からない。とりあえず今の段階の研究結果というだけ。自分は体験したことがない手法だったからとても興奮したけど、実は使っている人もいっぱいいるんじゃないかな。
ー今回の設定周波数はかなりの試行錯誤を経て見つけたわけですよね?
益子 今、俺はちょっと頭おかしいというか(笑)、かなり研究者モードに入っていて、今度はEQで新しい仮説を立てている。音の中心周波数ってものを見直す必要があるかもしれないということと、そこから割り出した周波数との関係性によってはブーストした方がいい帯域と、カットした方がいい帯域があるような気がしていて、それを探しているんだよね。プラシーボもあるかもしれないけど、そうじゃないかもしれないしさ、何かにちょっとでも可能性を感じるんだったらどんどん試してみた方がいいよね。
Release
『ROVO』
ROVO
WONDERGROUND MUSIC:WGMPCI-071
- SINO RHIZOME
- KAMARA
- ARCA
- AXETO
- NOVOS
- SAI
Musicians :勝井祐二(e.vln)、山本精一(e.g、a.g、syn)、芳垣安洋(ds、 perc)、岡部洋一(ds、perc)、原田仁(b)、益子樹(syn)
Producers :ROVO
Engineers :益子樹、他
Studios :グリーンバード、FLOAT
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