オリヴィア・ロドリゴ【前編】〜世界的ヒット曲「ドライバーズ・ライセンス」を生み出したエンジニアのミッチ・マッカーシーがアナログ愛を語る

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全米・全英1位を記録したデビュー曲
「ドライバーズ・ライセンス」のウォームなサウンドに迫る【前編】

2021年1月、デビュー曲「ドライバーズ・ライセンス」が全米・全英チャートで初登場1位、史上最速で5億回再生を突破するなど数々の記録を打ち立てたオリヴィア・ロドリゴ。6月2日にはデビュー・アルバム『サワー』の国内盤がリリースされ、その動向が今最も注目されている18歳と言えるだろう。ミックスを手掛けたのはミッチ・マッカーシー氏。世界中で話題となるヒットを生み出したのは、アナログ・サウンドへの愛情と、直感を元にしたシンプルなミキシングによるものだった。「ドライバーズ・ライセンス」のセッション・ファイルやプラグイン画面などと併せてご覧いただこう。

Text:Paul Tingen Translation:Takuto Kaneko

 

アナログ機器は温かみのあるサウンドで
純粋に音楽へ集中できる

 ミックス・エンジニアのミッチ・マッカーシー氏は2018年から2020年にかけて、ビービー・レクサ「アイム・ア・メス」、コナン・グレイ「ヘザー」など、ミックスを担当した楽曲でヒット作が続いた。それは10年近いスタジオでのハード・ワークがもたらした結果と言えるだろう。マッカーシー氏がミックスした曲の中でも特に大きなヒットになったのがオリヴィア·ロドリゴの曲「ドライバーズ・ライセンス」。SpotifyとAmazon Musicの初週再生回数歴代1位を記録、史上最速で5億回再生を突破するなど大きな成功を収めている。アメリカ、イギリスを含む25カ国で1位を記録し、この記事の執筆時点でも各国のチャートでその曲名を見ることが出来る。

 

 

 ここ数年、マッカーシー氏はビービー・レクサ、メラニー・マルティネス、カーリー・レイ・ジェプセン、メーガン·トレイナー、それにジョルジオ・モロダーといったアーティストの作品で名前を残してきたが、「ドライバーズ・ライセンス」での成功はこれまでとは比較にならないレベルと言える。「まさにクレイジーと言うしかありませんでした」とSkypeを通じたインタビューでマッカーシー氏は熱く語ってくれた。

 

 「僕たちの誰もここまでの結果は想像してなかったと思います。皆とても興奮して盛り上がっていますよ」

 

 “僕たち”がこの曲にかかわった全員を表しているのは間違いないだろうが、その中でも特に重要な意味を持っているのが共同作曲者兼プロデューサーのダニエル・ニグロ氏と、LAの音楽シーンの最先端を走っているレーベルのSTATE OF THE ART DTLA(SOTADTLA)にて彼らのマネジメントを行っているイアン・マッケビリー氏だろう。SOTADTLAが入居しているビルにマッカーシー氏が自身のスタジオを構えたのは3年前のことになる。今作「ドライバーズ・ライセンス」のミックスが行われたのもそこだ。

 

 31歳という若さながらマッカーシー氏はこう語る。

 

 「アナログを気にする最後の世代が僕たちだと思いますよ。もちろん僕はデジタル世代真っただ中と言っていいですからそういうテクノロジーとともに育ってきましたし、音楽制作と言えばAVID Pro Toolsが必須です。けれど一度アナログ機材を使ってそのサウンドに触れると、特別な何かがそこにはあることに気付きます」

 

 ではアナログとデジタルの違いとは何なのだろうか。

 

 「サウンドの違いはもちろん聴き分けられますし、その違いがたったの5%だったとしてもできるだけ良いサウンドは追求しないといけません。例えばプラグイン版のDANGEROUS MUSIC Bax EQを実機と比べてみると、ハードウェアの方がウォームでオープンなサウンドがするんです。それにアナログ機材を使うことで、耳で聴いて判断することをしいられます。DAWの画面を凝視しながら特定のプラグインに固執して作業していると、まるで目で聴いて判断しているかのような状況に陥ってしまいます。その点、アナログ機材なら純粋に集中して音楽を聴くことができるんです」

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エンジニアのミッチ・マッカーシー氏。高校時代から自分でレコーディングをするようになり、大学ではエンジニアリングを専攻。そこで大量のアナログ機器に触れた経験が、機材の選択に影響を与えているという

パラレル処理を使って
オリジナルを損なわずにファットなサウンドを作る

 アナログへの愛を語るマッカーシー氏だが、ほかの多くのエンジニアたちと同じく純粋にアナログ機器のみで作業するのは全く実用的ではないという結論に至っている。 

 

 「コンソールの前に鎮座してリコールだけに何時間も費やすのは嫌ですからね。ですから、アナログ機材は僕のワークフローに合う形で使っています。僕のスタジオはハイブリッドなセットアップで、Pro Toolsのテンプレートにあるグループ・トラックはすべてDANGEROUS MUSIC 2-Bus+というサミング・ボックスにつながるようになっています。それからDANGEROUS MUSIC Liaisonというデジタルのパッチ・ベイを2-Bus+のEXT Insertにつないでいます。このセットアップだとボタンを押すだけで簡単にアウトボードを切り替えて使うことができるんです。最終的にはDANGEROUS MUSIC Convert-AD+でAD変換し、それをAES/EBU経由でPro Toolsに戻します。DANGEROUS MUSICの製品はどれもシンプルかつしっかりと作られていて、しかもクリーンで透明感があるサウンドでとても気に入っています。ポップ・ミュージックに最適ですよ」

 

 続いて所有するアウトボードについて語ってもらった。

 

 「アウトボードとしてそろえているのはDANGEROUS MUSIC Dangerous Compressor、Bax EQ、SSL Fusion、WARM AUDIO Bus-Comp、MANLEY Nu Mu、HENDY AMPS Michelangelo。Michelangeloは特に気に入っている真空管EQですよ。DANGEROUS MUSICの機材がどれもクリーンなのでより色付けの強い機材が欲しかったんです。マスタリング・エンジニアのマット・グレイのアドバイスでもともと入っていた真空管をBLACK SABLEのものと交換して使っています。この変更は大当たりで、サウンドをとてもダーティでサチュレーションたっぷりにドライブさせることができるようになりました。パラメーターは非常にシンプルで、Low/Mid/Highに加えてAirスイッチとAggressionというドライブ用のつまみがあるだけです。Michelangeloは、Liaisonの機能を使ってパラレル処理で使用することが多いです。極端な設定にしてオリジナルのマスターに混ぜて使います」

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マッカーシー氏所有のアウトボード。上からMANLEY Nu Mu、HENDY AMPS Michelangelo、DANGEROUS MUSIC Bax EQ、WARM AUDIO Bus-Comp。中でもMichelangeloが氏のお気に入りで、クライオ処理済みのBLACK SABLE真空管を交換しているという

 マッカーシー氏によれば、デジタルの世界でアナログ機器を使うときに重要な要素がゲイン・ステージだという。

 

 「重要なのは、セッションを整理するときにまずすべてのフェーダーを0dBにすることです。受け取った全トラックのエフェクトをオンにして、ボリュームも変えずにステムとして別トラックを作ります。つまり、オリジナルのトラックをそのまま別のオーディオ・ファイルとして書き出しておくということですね。そうして作ったステムは“P”の文字、“Print”の意味ですが、これを付けておくことで区別できるようにしておきます。オリジナルのトラックをオフにして、“P”のトラックをすべて0dBにすれば受け取ったときの状態にすぐ戻せるんです」

 

 こうすることで、ミックスをする際にフェーダーの元の位置を気にしなくて済むとのことだ。マッカーシー氏は続ける。

 

 「僕が受け取るPro Toolsのセッションは大体各トラックのレベルがすごいことになっていて、そのままだとクリップしていることが多いです。セッションの整理が終わってすべてのトラックのフェーダーを0dBにしたらテンプレートを読み込みます。これがゲイン・ステージを整える上でとても重要です。僕のテンプレートは一連のグループAUXトラック……例えばAll Lead、All BGV、All Drums、All Bass、All Synthなどのトラックから成っていて、それぞれがAPOGEE Symphony I/Oの個別のアウトにルーティングされています。そこから2-Bus+にそれぞれつながっているので、まずそれぞれのトラックのレベルをあらかじめ下げておき、グループ・トラックの段階でしかるべきレベルに収まるようにしておくんです」

 

 これ以外にパラレル処理用のエフェクトも用意している。

 

 「パラレル・コンプ、パラレルEQなどパラレル処理が大好きで。いろいろマジカルなことができる素晴らしい手法ですよ。例えばドラムのパラレル・コンプには3種類を用意してあって、軽いもの、ヘビーなもの、そしてサチュレートしたものとそれぞれ分けて作ってあります。トラックを直接処理するのではなく、これらのパラレル処理用エフェクトをブレンドしながら使っていくんです。オリジナルのサウンドを損なうことなくよりビッグでファットなサウンドを得ることができます」

 

後編に続く(会員限定)

 

インタビュー後編(会員限定)では、「ドライバーズ・ライセンス」のPro Toolsセッション画面を公開! 使用したプラグインとともにマッカーシー氏のミックス・テクニックをさらに掘り下げます。

 

Release

『サワー』
オリヴィア・ロドリゴ
ユニバーサル:UICF-9070

  1. ブルータル
  2. トレイター
  3. ドライバーズ・ライセンス
  4. 1ステップ・フォワード、3ステップス・バック
  5. デジャヴ
  6. グッド・フォー・ユー
  7. イナフ・フォー・ユー
  8. ハピアー
  9. ジェラシー、ジェラシー
  10. フェイヴァリット・クライム
  11. ホープ・ユーアー・オーケー

Musician:オリヴィア・ロドリゴ(vo、p)、ダニエル・ニグロ(prog、p、k、g、b、ds、vo)、ライアン・リンヴィル(prog、g、b、k、sax、fl)、アレクサンダー23(prog、g、b、vo)、ジャム・シティ(prog、syn)、他
Producer:ダニエル・ニグロ、オリヴィア・ロドリゴ、アレクサンダー23
Engineer:ミッチ・マッカーシー、ダニエル・ニグロ、他