日本だけでなく世界に数多くのファンを持つゲーム・クリエイター、小島秀夫氏。彼が2015年12月に立ち上げたコジマプロダクションの初作品『DEATH STRANDING』(デス・ストランディング)をPlayStation 5用にリマスターした『DEATH STRANDING DIRECTOR’S CUT』が発売された。映像の強化やコンテンツの拡張のほか、PlayStation 5の立体音響技術であるTempest 3Dオーディオにも対応。より深いゲーム体験を得られる内容となっている。サウンド制作について、小島氏とテクニカル・サウンド・デザイナーの中山啓之氏に話を聞いた。
Text:Yusuke Imai Photo:Takashi Yashima
Interview|小島秀夫
プレイヤーの感情に合わせて音を変えたい
ーゲームにおけるサウンドの役割について、どのように考えていますか?
小島 ゲームは映画と違い、目と耳で感じるものに加えてコントローラーを握っている触感があります。とはいえ、2次元の画面とスピーカーから再生される音で世界を作らないといけません。そういう意味では音の存在がかなり重要と言えます。メロディやリズムを加え、ムービー・シーンでプレイヤーの意識を向けさせるとか、スリルや恐怖をあおるということももちろんですが、ゲームの場合だとプレイヤーがインタラクションしたときの音も重要なんです。キャラクターが何か物を取るとき、衣ずれの音や物が持ち上がる際の音など、すべての小さい音を含めて出すことで、2次元の画面なのにより広がりを感じさせることができます。本当は映像のエフェクトでも表現するのがいいのですが、例えば風で窓が揺れている状況を表すために、実際に窓を揺らす描画をリアルタイムでするのは処理的に難しい。そういうとき、ガタガタというサウンドを加えることで揺れているように見えてくる。人間の錯覚を利用するんです。
ー描画で難しい部分をサウンドで補ったり、さらに優れた表現にすることができるんですね。小島さんはこれまで多くの作品に携わってきていますが、ゲームにおけるサウンド表現の進化は感じられていますか?
小島 昔のゲームはBGMがベタで鳴っていたんです。野原をどれだけ歩こうが同じ曲が永遠に鳴っている。戦いになったら戦闘のBGM、主人公が倒れたらゲーム・オーバーのBGMが鳴るくらいで。それに日本のゲームは無音の状態が無かったですね。鳴っているサウンドだけでなく、音が無いというのも音響の表現です。30年くらいも前の話ですが、海外のゲームではジェリー・ゴールドスミスやバーナード・ハーマンといった作曲家のような音の付け方をしているゲームがあって、それには驚きました。一方で日本のゲームはループが基本で、僕としては我慢できませんでしたね(笑)。
ー発音数などハードウェアの制約もありましたよね。
小島 リニアなサウンドは出せないのでデジタルでピコピコと鳴らしていたわけですが、僕としてはプレイヤーの感情に合わせて音を変えるということがしたかったんです。“敵に見つからないようにする”ということを目的とした『METAL GEAR』(1987年)で僕がやったのは、敵に見つかるまでは潜入中を表すアンビエント曲が流れ、敵に見つかるとアラート音が鳴ってから危険を表す曲に変わるということでした。これによってゲーム性と音の使い方がガラッと変わるわけです。それから『METAL GEAR SOLID』(1998年)へとつながっていきますが、そのころにはサウンドで表現できる幅も広がっていました。『METAL GEAR SOLID』では曲がレイヤー構造になっていて、敵に追われているとすべてのレイヤーが鳴っていますが、どこかに隠れたりすると上のレイヤーがフェードアウトしていきます。また敵が近づいてくると上のレイヤーがフェードインしてきて、再度見つかったらすべてのレイヤーが混ざって……ということをしていました。『DEATH STRANDING』でも同じような設計思想を採用しています。
Overview|DEATH STRANDING DIRECTOR'S CUT
人々が分断され、崩壊したアメリカが舞台。“伝説の配達人”と呼ばれる主人公サム・ポーター・ブリッジズがアメリカ再建のため、通信網を復旧して人々をつなげていく……。サムを演じるのはノーマン・リーダス。そのほか、マッツ・ミケルセン、レア・セドゥ、リンゼイ・ワグナーら世界的名優たちがキャラクターとして参加している。また、世界中のアーティストが楽曲提供を行っており、日本からは星野源やSilent Poetsが参加した。新たに発売されたPS5版『DEATH STRANDING DIRECTOR'S CUT』ではリマスターされた映像や新要素を加え、さらにヘッドフォンまたはイアフォンで立体音響を聴ける3Dオーディオ機能にも対応している。
メロディの断片をゲーム内にまき散らす
ーSEや環境音だけでなく、歌のある楽曲の使われ方も印象的でした。フィールドを歩いている途中から曲がスタートし、クレジットが流れたりカメラ・アングルが変わったりと、映画的な演出になっていますね。
小島 孤独感のある中、歩いているうちにふと曲が流れ出す……自分で曲をかけるのとはまた違う感覚になりますよね。ムービー中に曲を付けるのは簡単ですが、キャラクターを自由に動かせる場面で曲を流すのは難しいんです。曲がかかる状況へ移るためのフラグを立てないといけなくて、例えば敵が近くに居たりすると鳴らすことはできない。そういった調整が必要なんですが、実験的に取り入れてみるとすごく良かったんです。画面上に曲名などのクレジットが出るようにもして。
ー『METAL GEAR SOLID 3 SNAKE EATER』(2004年)でも似たような演出がありましたね。地下の空間から地上へ出る長いはしごを登っているとテーマ曲が流れだし、登り切るくらいで曲が終わるという……。
小島 あのシーン、最初は特に何も無かったんです。ムービー・シーンにしてしまえばいい部分ではあるんですが、どれだけ地下にいたのかをプレイヤーに感じさせたくてああいった演出をしました。なかなか曲の長さと合わなくて苦労しましたけどね。テーマ曲というと『DEATH STRANDING』では「BB's Theme」が挙げられますが、その曲のメロディの断片をゲーム中のいろいろな場面にまき散らすことをしています。そうすることでプレイヤーの頭にメロディが残るんです。すごく良い曲でも、一度聴いただけではその良さが分からなかったりしますよね。エンディングに流れるSilent Poetsさんの「Almost nothing feat. Okay Kaya」も、ゲームの道中でボーカル無しのバージョンがかかります。プレイヤーが意識して聴いていなかったとしてもそれは頭に残っていて、エンディングでそのサウンドを感じられる。そういった演出はこれまでも意識して取り入れてきました。
ーそのSilent Poetsをはじめ、さまざまなアーティストが本作へ楽曲提供をしています。
小島 ゲーム中に流れるもののほか、ゲーム内の“ミュージックプレイヤー機能”で聴ける楽曲が多くあります。これらのアーティストに参加してもらえたのは人とのつながりが大きいんです。例えば、現場にきてもらっていたケータリングのオーナーがSilent Poetsさんで、そのときいただいた音源がすごく良くてエンディング曲をお願いしました。「デス・ストランディング」という曲を作ってくれたチャーチズは前からよく聴いていたバンドなんですが、メンバーが僕のファンで、知り合いを通じて連絡を取れるようになり、楽曲提供をしてもらえました。ほかにもアポカリプティカやミッジ・ユーロ、ウッドキッド、バイティング・エルボーズなど、『DEATH STRANDING DIRECTOR'S CUT』で追加されたアーティストも多いのですが、彼らももともと僕のファンだったり、その逆で僕がファンだったりした方々で、知り合いを通じてコンタクトが取ることができ、楽曲提供をしてもらえました。『DEATH STRANDING』は人と人をつなぐゲームですが、実際の制作も人とのつながりで進んでいったんです。
プレイに合わせた自動演奏を取り入れてみたい
ー『DEATH STRANDING DIRECTOR'S CUT』ではPlayStation 5の3Dオーディオに対応していますが、どのような表現がされているのでしょうか?
小島 BTという敵がいますが、プレイヤーが立ち止まっているときしか視認できず、あとはBB(編注:BTを認識するためのツール。中に臍帯付きの胎児が入っている)とオドラデクというセンサーの反応、そしてBTの発する音で位置を把握する必要があります。プレイヤーが目をつぶれば、BTの居る方向を感じ取ってもらえるようなサウンドを意識しました。あとはやはり上下感のある表現がしやすいので、戦場のシーンでは3Dオーディオを一番感じてもらえると思います。とはいえ、ヘッドフォンでプレイする人は実はそこまで多くないですし、耳の良い人は気付いても一般的な人には分かりづらい部分もあるでしょう。僕自身の興味も今は別のところにあるんです。
ーやってみたいサウンドの表現が何かあるのですか?
小島 やはりプレイヤーに合わせて変化するもの……例えばプレイヤーの横に楽団がいて、プレイ画面に合わせて演奏をしてくれるようなイメージです。アニメの『トムとジェリー』って、効果音も含めて楽器演奏で表現していますよね。ああいったことをやりたいとずっと言い続けてきました。将来的な目標としては、そういった自動演奏みたいなものをゲームに取り入れてみたいですね。
Interview|中山啓之
雨粒が着水する場所にも合わせた音作り
ー今回の作品では、リアルな体験を生むために細かなサウンドの組み込みがされているようですが、どのようなものが挙げられますか?
中山 例えば雨のシーンですね。レコーディングした雨音をループ再生する方法がゲームにおいて一般的なんですが、全体的な雨の音だけでなく、雨粒一つずつのパシャパシャという音を実際の映像に合わせて加えています。さらに、着水する地面のマテリアル……コンクリートだったり鉄だったりに合わせて音を再生して、キャラクターの横にある建物に当たる音を強調してその方向から聴こえるようにしたりと、あらゆる要素を組み合わせてサウンド・デザインを行いました。ほかにも、カメラを操作したときに風切り音が聴こえるようにしたりもしています。ただ視聴する映像作品ではなく、インタラクティブなゲームというコンテンツでの臨場感を高めるためにそういったことをしているんです。
ーサウンド・デザインではDAWを使って編集をするのでしょうか?
中山 使用するDAWはスタッフによって違いますが、AVID Pro ToolsやSTEINBERG Nuendoが多いです。ゲームでの再生にはミドルウェアのAUDIOKINETIC Wwiseを使います。『DEATH STRANDING』ではソニー・インタラクティブエンタテインメントのサウンド・チームとも協力して制作をしており、コジマプロダクションでは主にゲームでの再生設定やそれに伴う調整も行いました。ゲームのシーンに合わせた音の減衰やフィルターの調整はWwiseで、リバーブに関してもWwise Convolution Reverbというプラグインがあるので、IRデータを用意して使用しています。
すべての音を立体音響にすると逆に伝わりにくい
ー『DEATH STRANDING DIRECTOR'S CUT』ではPlayStation 5の立体音響機能、Tempest 3Dオーディオに対応しているのがポイントですね。
中山 これまでのゲーム・サウンドは平面で広がってきましたが、この3Dオーディオで上下の表現が探求できるようになりました。プレイヤーはコントローラーにイアフォンやヘッドフォンを挿すだけで立体音響を体験でき、誰もが同じ条件下で聴けるというのが魅力です。今までだとハイト・スピーカーや立体音響に対応したスピーカー・システムが無いと聴くのが難しかったわけですが、その敷居が下がって、さらに制作側としても“誰もが立体音響を体験できる”という前提で音作りを行えるようになりました。とはいえ、すべての音を3Dオーディオで再生してしまうと、不思議なもので逆に広がりを感じづらくなってしまうんです。『DEATH STRANDING DIRECTOR'S CUT』では、効果的な音だけに絞ってAmbisonics方式の3Dオーディオで再生しています。
ーゲームでは映像美やゲーム性が注目されがちですが、3Dオーディオによってその状況も変わってくるかもしれませんね。
中山 ハードウェアがどんどん進化してきているので、音の重要性や立場も上がっていくのかなと思っています。ゲームの制作現場ではどうしても映像の方へリソースが優先されて、サウンドは後回しになってしまいがちです。しかし、コジマプロダクションはサウンドへの理解がとてもあり、小島監督からも細かな指示や提案をもらっていますし、制作チームにも音の重要性を分かってもらえていて、サウンド・チームにとってすごくありがたい制作環境です。幅広くサウンド・スタッフを募集しているので、興味のある方はぜひご連絡ください。
Release
『DEATH STRANDING DIRECTOR’S CUT』
対応プラットフォーム:PlayStation 5
Ⓒ2021 Sony Interactive Entertainment Inc. DEATH STRANDING is a trademark of Sony Interactive Entertainment. Created and developed by KOJIMA PRODUCTIONS.