変態紳士クラブ インタビュー 〜1stアルバム『ZURUMUKE』の音作りをGeGとミックス・エンジニア渡辺紀明氏とともに掘り下げる

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近年は一人で何でもやれる時代になって素晴らしいけれど
僕はミュージシャンの価値を忘れずにやっていきたいです

大阪を拠点に活動するラッパーのWILYWNKA(写真右)とシンガー/レゲエ・ディージェイのVIGORMAN(同左)、そしてプロデューサー/トラック・メイカーのGeG(同中央)の3人からなるユニット、変態紳士クラブ。昨年4月にEP『HERO』を発売し、現在も収録曲「YOKAZE」が話題を呼んでいる中、1stアルバム『ZURUMUKE』を5月14日にデジタル版でのみ先行発売、6月16日にはCD盤をリリースする。同作はポップスのほか、ヒップホップやR&Bなどのビート・ミュージックを主に収録しているが、特徴的なのは楽器一つ一つのサウンド・クオリティの高さだ。今回はサウンド面のキー・マンであるGeGと、全曲のミックスを手掛けるエンジニア渡辺紀明氏に登場いただき、音作りについて掘り下げていこう。

Text:Susumu Nakagawa

 

 

最近はラップトップ一台を持ち歩き
いろいろなスタジオで制作しています

ー前作『HERO』から今回の『ZURUMUKE』リリースまで約1年の期間が空いていますが、制作はいつごろから始めたのですか?

GeG 去年の緊急事態宣言が出たときだったので、1年くらい前からです。“今度はアルバムを作ろう”と思って始めましたね。

 

ー収録曲はヒップホップやR&B、ポップス、4つ打ち、ファンク、ラテン調など非常にバラエティに富んだ内容となっていますね。

GeG よく“ジャンルレス・ユニット、変態紳士クラブ”と名乗っているので、なるべく曲調が偏らないようにアレンジを考えました。10人がアルバムを聴いたら、皆好きな曲がばらばらになっていいんじゃないかなって思います。

 

ー今作では、GeGさんはどのような環境で楽曲制作をされたのですか?

GeG 最近は、本当にAPPLE MacBook ProにIMAGE-LINE FL Studioを立ち上げているだけです。今回の制作に使用したオーディオI/Oは、初期がROLAND Octa-Capture UA-1010で、後期がRME Fireface UFX+。鍵盤類は、レンタルですがHAMMOND B-3とLESLIE 147、私物ではMOOG Minimoog Voyager Electric Blue EditionやWALDORF Quantum、KORG Minilogue XD Moduleなどを使用しました。あとはMIDIキーボードでソフト音源のSPECTRASONICS Omnisphere 2やKeyscapeを鳴らしていましたね。

 

ーモニター・スピーカーは何を使っていますか?

GeG GENELECの8030CやM030などを使っています。最近はラップトップ一台を持ち歩いて、いろいろなスタジオで制作しているので、モニターは行く先々のスタジオによって変わりますし、最近はMacBook Proのスピーカーから音を鳴らして作業することも多いです。

 

ーMacBook Proで作業しているとき、低域のモニタリングはどうしているのでしょうか?

GeG 低域はモニター環境に影響されやすいので、その処理はすべてエンジニアの渡辺さんにお任せしています。早くATCのモニターを導入して、自分でも行いたいです。

 

ーATCを検討している理由は?

GeG 僕はLAのサウンドが好きなんですが、現地のスタジオ写真を見ると、どこにでもATCが置いてあるんです。LAでヒップホップをやっている人は、皆“ATC推し”と言ってもいいくらい主流なんですよ。日本のスタジオでATCを導入しているところはまだ少ないと思うので、今後自分が入手したら積極的に使っていきたいと思います。

 

 GeG's Private Studio 

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モニター・スピーカーはGENELEC M030で、メイン・マシンはAPPLE MacBook Proだ。デスク中央にあるディスプレイの画面には、IMAGE-LINE FL Studioが立ち上がっている。デスク下には、オーディオI/OのROLAND Octa-Capture UA-1010、モニター・コントローラーのPRESONUS Central Station、オーディオI/OのUNIVERSAL AUDIO Apollo X6、コンプレッサーのWARM AUDIO WA76などが見える

 

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GeGが所有するシンセ群の一部。デスク右手には、MOOG Minimoog Voyager Electric Blue Edition(写真左)とWALDORF Quantum(同右)がスタンバイしている

 

曲に合わせたサンプル・パックを
ミュージシャンに作ってもらっている感じ

ー作品クレジットには、さまざまなミュージシャンのお名前が記載されていますが、曲作りはどのようにして進められたのでしょうか?

GeG 基本的には僕が下書きとなるトラックをFL Studioで作り、それぞれのパートをミュージシャンの方々に演奏し直してもらうようなイメージです。簡単に言えばその曲に合わせたサンプル・パックをミュージシャンに作ってもらっている感じですね。そんな録音素材をFL Studio内に取り込み、僕が“細かい調整”をすればアレンジが完成します。

渡辺 ある程度トラックができた段階でGeGさんからパラデータが届きます。GeGさんはボーカル録りの段階で“良い音”で作業することにこだわっているので、ブラッシュアップして2ミックスに書き出してOKだったら、そこにからすぐにボーカルのプリプロに移ることも多いです。

 

ーGeGさんの言う“細かい調整”とは、具体的にどのようなことですか?

GeG 僕はミュージシャンから送られてきた素材を、そのまま曲に使用することをあまりしないんです。大半はスライスして新しいフレーズに組み替えています。なので完成した曲を聴いたミュージシャンからは、“こんなフレーズ弾いたっけ?”とも言われますね(笑)。そのほかのこだわりと言ったらグルーブです。どんな楽曲においても“頭を振れるかどうか”ということは意識しています。皆が弾いてくれた音を1曲にまとめられたときに、最高のグルーブが生まれるんです。

渡辺 そうですね。どの曲もグリッドにぴったりなトラックは恐らく無いでしょう。

 

ーご自身もキーボードなどの楽器を演奏されていると思うのですが、あえて自分以外のミュージシャンに演奏をお願いしている理由は何ですか?

GeG 各パートは“その道のプロが弾いた方がいい”と思うからです。僕の中では“プロデューサー=まとめ役”というとらえ方で、GeG自体が一つのプロダクション・チームみたいになっているんですよ。GeGは1人では成立させることができないんです。だからこそ、人生で出会ってきたミュージシャンを大切にしています。これを漫画『ONE PIECE』にちなんで“ONE PIECEスタイル”と勝手に呼んでいますが(笑)。今作では15歳のときから一緒にやっているミュージシャンも居れば、新しく参加してもらった方も居て、その方々ともこれからずっと一緒にやっていくんだろうなと思っています。そんな絆のあるミュージシャンたちからいただいた素材を自分が調理して、楽曲にまとめているんです。近年はトラック・メイカーが何でも一人でやれる時代になって素晴らしいとは思いますが、僕はミュージシャンの価値を忘れずにやっていきたいですね。

渡辺 各パートに特化したミュージシャンたちから送られてくるデータは既に音作りが完成しているため、ミックス時は何もしなくてよいという利点もあります(笑)。これは、ミュージシャンが作った音を尊重するという意味でもあるんです。10年前は“エンジニアが音をいじってなんぼ”の時代でしたが、近年は録音環境やソフト音源/プラグイン・エフェクトの音が良くなっているためか、エンジニア側で音をいじることを好まない人たちが増えている印象です。

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GeG

30Hz辺りの帯域が出ていないと
スカスカのJポップになってしまう

ーWILYWNKAさんのラップは、低い声でささやくような歌い方が特徴的ですが、どのように録音やプロセッシングをしているのですか?

GeG リファレンスとしては、ビリー・アイリッシュのようなイメージだと渡辺さんに伝えています。

渡辺 WILYWNKAさんの歌い方は意外に声量が小さく、低域が多めなので、コンデンサー・マイクのSONY C-800Gが最適です。SN比が悪くなるのが嫌なので、NEVE 1073からAVID Pro Tools|HDXシステムへ送っています。

GeG これまでマイクはNEUMANN U87AIを使っていましたが、C-800Gに変えて以来、WILYWNKAはレコーディングが楽しいと言うようになったんです。

渡辺 WILYWNKAさんの場合は基音が100Hzくらいにあるので、その帯域をカットしちゃうようなマイクはNG。ローカット・フィルターもほとんど入れません。かといって上の帯域をEQでブーストしたり、倍音を足したりすることも無く、ひたすらトラックの方ですき間を作ってあげる感じです。一方のVIGORMANさんは、普通にローカット・フィルターやコンプレッサーを通しています。マイクはNEUMANN M149 Tubeがお気に入りですね。

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渡辺氏の所有するラックには、上からEQのDANGEROUS MUSIC Bax EQ、オーディオI/OのPRISM SOUND Orpheus、マイクプリのNEVE 1073×2が格納されている

ー今作にはさまざまなスタイルの楽曲が収録されているためか、ベースの音色もエレキベース、シンセ・ベース、サブベースなどバラエティに富んでいますね。

GeG 「YOKAZE」や「ボロボロ」「P-BOYZ」に登場するサブベースやトラップ・スタイルのベースには、ソフト・シンセのFUTURE AUDIO WORKSHOP SubLabを使っています。リリースの長さが肝なので、どれも細かく調整していますね。「Hey Daisy」のシンセ・ベースはMinimoog Voyager Electric Blue Edition。とても良い音ですよね!

渡辺 2年くらい前からよくGeGさんと音像について話し合っていて、各パートの分離が良く、レンジ感の広い音像にしたいと聞いていたんです。そのためローエンドの処理はしっかりしています。特に「Sorry」などでは、キックとベースをまとめたバスにIZOTOPE Ozone 9のLow End Focus機能をよく用いていますね。EQ/コンプでは作れない迫力を演出することが可能です。ほかの曲では、BOZ DIGITAL LABS Sasquatch Kick Machine 2をキックに使用し、20Hz辺りのローエンド成分を付加することもしています。

GeG あとエレキベースはなかなかローエンドが盛れないので、WAVES Renaissance Bassを使ったりすることも。僕は30Hz辺りの帯域が好きだし、そこが出ていないとスカスカのJポップになってしまうんです。変態紳士クラブも一応Jポップなのですが、ローエンドの部分だけは一生こだわっていきたいと思います。

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渡辺氏が気に入っているリバーブ・プラグイン、AUDIO EASE Altiverb。渡辺氏いわく「奥行きを出したいパートにモノラルで使います。ほとんどの曲で登場していますね」とのこと

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ローエンド処理に特化したIZOTOPE Ozone 9付属のプラグインLow End Focus。キックやベースのバスに使われている

ーちなみにキックへのこだわりは何かありますか?

GeG よく生ドラムのキックに、サンプル素材のキックをレイヤーしているんです。トリガーするのも大好きなんですが、サンプルにはROLAND TR-909の抜けの良いキックや、TR-808のキックを使っています。

 

ー現在コロナ禍でライブしにくい状況ですが、既に次の制作などに取りかかっているのでしょうか?

GeG まずは最高の音源制作のための環境整備として、そろそろ本格的なスタジオを作ろうと思っています。シンセなどの楽器を10台以上持っているので、それらをちゃんと並べられて、かつ“あこがれの楽器”がそろっているミュージシャンにとっての“オアシス/遊び場”のようなスタジオです。そこが完成したら、今度はGeG名義の本気のソロ・アルバムを作ろうと思っています。変態紳士クラブとしても、まだまだたくさん曲を作っていきたいですね。

 

Release

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『ZURUMUKE』
変態紳士クラブ
(トイズファクトリー)

  1. On My Way
  2. GOOD and BAD
  3. Eureka (feat. kojikoji)
  4. Hey Daisy
  5. Get Back
  6. P-BOYZ
  7. ボロボロ
  8. Romantic Blue
  9. Sorry
  10. Good Memories
  11. 5 O’clock
  12. YOKAZE

Musician:WILLYWNKA(vo)、VIGORMAN(vo)、平畑徹也(k)、FUJI(k)、井上惇志(k)、Koichi Mizukami(k)、山岸竜之介(g)、Tatzma the Joyful(g)、Funky(b)、林拓也(b)、銘苅麻野(vln)、須原杏(vln)、MIZ(vln)、三國茉莉(viola)、角谷奈緒子(viola)、伊藤修平(vc)、萩谷金太郎(vc)、他
Producer:GeG
Engineer:渡辺紀明、Yuto Murai、木村義忠、染野拓、熊手徹、他
Studio:ARNEST、aLIVE、LubLab、KISS、Galactico、他