櫻木大悟(vo、g、syn/写真中央)、市川仁也(b/同右)、川上輝(ds/同左)の3人組=D.A.N.。『Sonatine』以来、約3年ぶりのフル・アルバム『NO MOON』は、バンド・サウンドにエレクトロニックな意匠を取り入れた従来の作風をアップデートし、一本の長編映画を見ているような感覚に引き込む大作だ。録音は早乙女正雄氏、ミックスは髙山徹氏という国内屈指のエンジニアが手掛けており、音響面もまさに盤石。特集の題材曲「Overthinker」を中心に、アルバムの制作についてバンドのプライベート・スタジオで話を聞く。
Text:辻太一 Photo:小原啓樹
曲作りに“ミキシング的な観点”を導入
ーコマーシャルな方向の逆を行く、D.A.N.の音楽表現の極致と言えそうなアルバムが完成しましたね。
川上 自分たちが良いと思うことを妥協無く突き詰めれば、聴いてくれる人は居る……それを信じてやっているんです。自分たちが良いと思える作品って表現が突き抜けているというか、突き詰められたものに受け手は感動してくれると思うし、そういう音楽がちゃんと聴かれる世の中になってほしいとも思います。だから“表現し切れば届くだろう”ではなく“届けるぞ”という気持ちで作りました。
ーシネマティックで複雑な構成の曲が多い印象ですが、ふと耳に飛び込んでくるリフやメロディなど、キャッチーな要素が必ず盛り込まれていますね。
櫻木 奇をてらったり難しいものを作ったりしようとしているのではなく、内から出る純粋なエネルギーをきちんと表現して、これが届かなかったらマズいだろうというところまで持っていきたいんです。イントロを短くして分かりやすくするとか、そういうある種の商業的な手法も大事なんでしょうけど、最も大切にしているのは自分たちの純粋なイマジネーションです。アニメやゲームは、プログレッシブなものが日本からもたくさん出ていて人気を博していますが、比較すると音楽はちょっとおとなしい気がします。その一方で優れたミュージシャンは大勢居るので、『NO MOON』が風穴を開けるようなアルバムになればいいなと。
ー『Sonatine』の「Chance」や「Orange」にも増して、彫りの深いサウンドの楽曲が目立ちます。
櫻木 いろんな録音方法やミックスへのアプローチを試す中で、もっとレンジを広げたいとか奥行き感を出したいとか、音のスケールを壮大にしたいとかっていうミキシング的な観点が芽生えてきたんです。それで今回、髙山さんに音像をグレード・アップさせてもらいたいなと。
ーなぜ髙山さんを指名したのですか?
櫻木 以前からバンド内で、これまでの作品について“もっと良くできるんじゃないか”という話をしていて。その時々で一生懸命やってきたし、ミキシングしてくださった方々も全力を尽くしてくれたんですが、漠然と“何かが足りない”という思いがあったんです。でも、具体的に何が足りないのか分からなかったので、髙山さんという日本のトップ・エンジニアにミキシングしてもらうのはどうだろう?と。コーネリアスやMETAFIVEなどのカッティング・エッジなアーティストから、スピッツのように広く聴かれるJポップまで手掛けていらっしゃるので、そういう人に頼みたいと思ったんです。発案したのは僕だった気がするけど、2人共すぐに賛成してくれて、気付いたらアルバムの大半の曲をミキシングしてもらうことになっていました。
本来のソング・ライティングとは違う方法
ー曲作りそのものには、何か定番的な方法や手順はあるのでしょうか?
櫻木 曲によってバラバラなんです。輝がリズム・マシンで組んだパターンから作り始めることもあるし、仁也がベースで弾いたコードからという場合もある。詞とメロディがあってオケを付ける……みたいな、本来のソング・ライティングとは全く違うやり方だと思います。
ー今回の特集の題材曲「Overthinker」は、どのようなプロセスで作りましたか?
川上 あれはドラムから作ったんだっけ?
櫻木 そうそう。リハーサル・スタジオでドラムにマイクを立てて、セッションしていたんです。輝があのビートをたたいていたので、シンセを弾いてシーケンスっぽいフレーズを合わせてみたところ“形になりそうだな”と。で、ドラムを録って持ち帰り、ここのAPPLE Logic Pro Xでループに加工して並べたりして、曲の構成を考えていった感じです。
川上 「No Moon」もドラムきっかけというか、ハイハットの刻みを軸にしてから一気に曲作りが加速したように思います。曲の終盤でピアノが出てくるじゃないですか? 当初は全体的にああいう雰囲気で、ドラムも優しくジャジーな感じだったんですけど、大悟が入れていた何かの音から新しいパターンが浮かんで。それでアプローチをヒップホップ的にアグレッシブな方向へ変えてみたんです。
市川 ビートと歌が最初に決まって、そこから構成を練ったり、ベースやエレキチェロを加えたりしましたね。
ーリハーサル・スタジオへ入る前に打ち込みなどでフレーズを作っておき、現場で演奏に置き換えるようなこともあるのでしょうか?
川上 それは一切、無いですね。
櫻木 何回もセッションして、録って聴いてを繰り返す。そこは、とても基本的なやり方です。
ーあくまで3人でできることから始めて、その録り音を元にDAW上で内容を詰めたり、エレクトロニックなパートを追加していくという流れ?
櫻木 そうですね。で、Logic Pro Xで作業するときも、みんなでここに集まるんです。リハスタで録った音にシンセやリズム・マシン、ボイス・サンプルなどを重ねてみて、ハマれば使うって感じで。ただ、そうやって仕込んでいても、本チャンのレコーディングに入ったら現場で変わる部分が出てきます。例えば「No Moon」では“ダブ・ベース”がそうでした。冒頭1分を過ぎた辺りで、もろマッシヴ・アタックみたいになる個所があるんですけど、あれは録りの現場で仁也が出してくれたアイディアで。
川上 曲の8~9割はレコーディングの前に決めていくんですが、余白を残している感じです。同じフレーズでも新しく録ると印象が変わるので。
ーベースと言えば、「Overthinker」のマルチを見てみると、ギターのように聴こえる音もベースで演奏されていることが分かりました。
市川 今回のアルバムには、ギターが一本も入っていないんです。僕はハイCを足したADAMOVICの5弦ベースを使っているので、音作りの仕方によってはギターっぽい奇麗な倍音の出るコードを弾けたりもします。ハイトーンのリードやエフェクティブなドローンも作れるし、一本でいろんなバリエーションが得られるんです。
ー「Floating in Space」の終盤や「Aechmea」中盤に登場するアルペジオもADAMOVICのベースで? コーラス・エフェクトのかかったようなサウンドがコクトー・ツインズやニュー・オーダーをほうふつさせました。
市川 はい、ベースで弾いています。ああいう音を作るときは、BigSkyのリバーブとMobiusのモジュレーション、あとはたまにRiversideのひずみを使ったり。STRYMONのエフェクトが大好きなんです。いかにも“かかってますよ”って感じの音じゃなくて、どちらかと言えば自然な雰囲気に聴こえるというか。そういう質感が気に入っていますね。
インタビュー後編(会員限定)では、 特集ミックス・ダウン・ツアーの題材曲「Overthinker」の制作裏側、ベストを尽くせたと語るアルバムのミックスについて話を聞きます。
Release
3曲のインタールードを含む全12曲。従来作からサウンドのステレオ・イメージや奥行きを大幅に拡張し、幾重ものレイヤーを聴かせる。もはや“エレクトロニクスを導入したバンド”とは一口に言えない音像で、描き込まれた絵画のようでもあり、精緻な長編映画、もしくはアルバム全体が動乱の現世を表現した詩のようにも迫る作品だ。
『NO MOON』
D.A.N.
SSWB/BAYON PRODUCTION:XQNM-1001(SSWB-013)/通常版CD、XQNM-91001(SSWB-014)/プレミアム・ボックス
Musician:櫻木大悟(vo、g、syn、prog)、市川仁也(b)、川上輝(ds)、Utena Kobayashi(steelpan、vo)、Takumi(rap)、tamanaramen(vo)
Producer:D.A.N.
Engineer:早乙女正雄、髙山徹、山本創、D.A.N.
Studio:aLIVE、Red Bull Tokyo、Switchback、HAJIME STUDIO、プライベート