今回登場するのは、京都を拠点としながらもワールドワイドに活動する気鋭アーティスト/ビート・メイカーのNTsKiだ。イギリス在住時に音楽制作を始め、2017年から活動を本格的に開始。これまでに食品まつり a.k.a foodmanや田我流、KMらの作品に参加している。8月6日には1stアルバム『Orca』を発表し、Spotifyの公式プレイリスト“.ORG”のカバーを飾るなど、エクスペリメンタルなサウンドが話題を呼んでいる。
Text:Susumu Nakagawa Photo:Yuki Yamazaki
コーラスにはあえて不協和音を入れて独特の雰囲気を演出しています
ビート・メイキングを始めたきっかけ
中学生のときにバンドをしてみたものの、一人でギターを弾く方が楽しくなり、ZOOM H2とラジカセを用いた多重録音を始めたことが、宅録に興味を持ったきっかけです。DAWを始めたのはイギリス在住時。ルーム・メイトからAPPLE Logic Proを薦めてもらったのが発端でした。
現在のモニター環境
普段ビート・メイキングする際はヘッドフォンのAKG K141 MKIIで作業をしています。長年愛用しているヘッドフォンなので耳が慣れているんです。スピーカーは、主にオーディオ・リスニング用のTIMEDOMAIN Yoshii9 MK2という京都に拠点を置くブランドのものを使用しています。京都にあるMeditationsというレコード・ショップで音を聴いたことがきっかけで購入しました。とても立体感のあるサウンドで、ボーカルやギターがそのままクリアに再生されるような感じがします。このほか、モニターとしてNEUMANN KH 80 DSPをヘッドフォンと交互に使っているのですが、低域の解像度が高いため、音作りの判断がとてもしやすいです。ミックス・チェックの仕上げでは、必ずカー・ステレオで確認するようにもしていますね。
ビート・メイキングのこだわり
もともと中学生のころギターを弾くことに夢中だったこともあり、現在はどの曲においても必ず1つは生音を入れるようにしています。Logic Proを使ってはいるものの、やはり私は人間味のある温かいサウンドが好きなんでしょうね。もう一つは、家にあるいろいろな楽器のフィードバックをサンプリングして楽曲に入れること。以前、スウェーデン出身の音楽プロデューサーであるクリストファー・ベルグが、シンバルとマイクとアンプを使ったフィードバックを楽曲に使用しているのを知り、自分もまねしようと思ったんです。
インスピレーションと手順
運転中にメロディが浮かぶことが多く、すぐにAPPLE iPhoneのボイスメモで鼻歌を録音しているんです。その後、スタジオでテンポやコードを決めて上モノを作ります。ドラムやベースなどは一番最後に入れることが多いです。また、街中で気になる音を見つけたときもボイスメモで録音し、その音を素材としてトラックに使用することも多いですね。
ボーカルやコーラスのこだわり
コーラスにはあえて不協和音を入れています。テンション・ノートを使うことによって、独特の雰囲気を演出しているんです。小学校時代は合唱団に所属していたためか、和音になっていないところは感覚的に気付くのですが、それでも心地良く聴こえるギリギリのラインで調整しています。音楽理論的に正しくないけれど、“合うんじゃないかな”という直感を大切にしているんです。あと、ボーカルは毎回10テイクくらい録り、良い部分を切り張りして一つのテイクにしています。わずかなピッチのズレが気になってしまうので、納得行くまでエディットしていますね。
つまみやボタンを直接触って操作できるハードウェアの感覚が好き
最新アルバム『Orca』について
収録曲の約半分は、イギリス人プロデューサーのYem GelやDan Shuttとの共作です。実は、イギリス在住時に制作した楽曲も多く入っているんですよ。私が最初にメロディを作り、そこに彼らがパーカッションやビートを入れ、さらに私がシンセやボーカルを入れるという感じです。
ドラムとベースの音源
ドラムはROLAND TR-808のサウンドが好きで、よくWebサービスのSpliceでダウンロードしたTR-808系のドラム・サンプルを、Logic Pro付属のソフト・サンプラーUltrabeatに入れて使用しています。それとは別に、ハードウェアのROLAND TR-08を録音してトラックに使うこともあります。UltrabeatでMIDIを打ち込んだ方が楽なのですが、TR-08の方がつまみやボタンを直接触って操作できるので好きなんです。ベースの音源はそのときどきによって変わりますが、TR-08のキック・ベースを用いることが多いですね。
上モノの音源
Logic Pro付属のシンセ/ボコーダー・プラグイン、EVOC 20 PolySynthにボーカルを入れ、エレクトロニックなサウンドに加工するのが好みです。ニューエイジ・ミュージックの始祖と言われる、ヤソスの影響で購入したYAMAHA DX7を使用することもあります。カリンバやスティール・パン、ハープなどはサンプリングしていますね。クリスタル・ボウルには、小音量の打楽器専用マイクのHIGHLEADS NewCubeMic-CBを用いることで、しっかり収音することが可能です。ちなみにギターは、DYGLの下中洋介君に弾いてもらっています。
プラグイン・エフェクト
基本的には、Logic Pro付属のプラグインで完結しています。リバーブはSpace Designer、ディレイはAUDelay、EQはChannel EQといった感じです。動作も軽いため、どれも使いやすいですね。コンプは、UNIVERSAL AUDIOのUA 1176 Classic Limiter Collectionを使用しています。
ミックスについて
『Orca』では、収録曲の2/3をThe Anticipation Illicit Tsuboiさんにミックスしてもらいました。彼はこちらがオーダーしたミックスと、彼なりのミックスの2パターンをいつも提示してくれるのでとても面白いんです。8曲目の「Lán sè」ではいきなり彼がベースを入れてきてびっくりしましたが、結果としてすごく良くなりました。自分の予想を超えるアレンジが返ってくるときもあるので、毎回楽しんでいます(笑)。正直『Orca』の中では浮いた曲になるかなと心配していましたが、そんなことは全く気にならない仕上がりとなり満足していますね。
今後の展望
9月の中旬にオハイオ州を拠点とするレーベルのOrange Milkから、『Orca』のレコードとカセット・テープが発売されます。私自身、レコードの音が大好きなので楽しみです。ライブ活動はしばらく休止していたのですが、これから徐々に増やせていけたらなと思いますね。
読者へのメッセージ
人前で音楽を発表することが大事。私が初めてNTsKi名義でライブしたのは2017年なのですが、実際にやってみると“こんな曲が欲しい”“もっと音質を良くしたい”“もっと歌いやすいキーを見付けたい”など、たくさんの課題点が分かり、それらが活動の原動力となったからです。もちろん楽曲をパッケージ化してリリースするのも大切ですが、まずはライブをしてみたらいいんじゃないかと思います。きっとその経験は、音楽制作に生かせることでしょう。
NTsKiを形成する3枚
『メダラ』
ビョーク
(ユニバーサル)
「ヒューマン・ビート・ボックスやアカペラを軸に作られたアルバム。前衛的なコーラス・アレンジやボーカル・ミキシングの奥深さを感じられます」
『フィーヴァー・レイ』
フィーヴァー・レイ
(Rabid Records)
「当時ロックばかり聴いていた私が、エレクトロニック・ミュージックを聴くきっかけになった作品。“こんな音楽を作ってみたいなあ”と漠然と思ったのを覚えています」
『World Vision』
トミー・ジェネシス
(Awful Records)
「中でも本人がプロデュースしている5曲目の「Eden」が好きです。当時はまだAPPLE Logic Proを使い始めたばかりのころで、ワクワクしながら聴いていました」
NTsKiのNo.1プロデューサー:The Anticipation Illicit Tsuboi
The Anticipation Illicit Tsuboiさんは、PUNPEEや長谷川白紙などを手掛けるエンジニアです。Tsuboiさんとスタジオに入って思ったのは、彼はアーティストでもあるんだなということ。本人が考えた音像やアレンジも提案してくれるところが、素晴らしいと思います。彼が手掛ける作品で最も好きなのは、ECD『The Bridge - 明日に架ける橋』。本来なら共存できないような音も、彼のミックス次第で心地良く聴こえるのがすごいですね。
NTsKi
【Profile】京都を拠点とするアーティスト/ビート・メイカー。写真専門学校に通うために上京した後、イギリスと日本を行き来する生活を繰り返す。2017年から音楽活動を本格的に開始し、2021年8月にはイギリス在住時の楽曲をまとめた1stアルバム『Orca』を発表した。
【Release】
『Orca』
NTsKi
(Orange Milk/EM Records)