ビート・メイキングを一日のルーティンにして楽しむのが大事なんだと思う
世界の各都市で活躍するビート・メイカーのスタジオを訪れ、トラック制作にまつわる話を聞いていく本コーナー。今回登場するブルックリン在住のエイ・サーは、ギターやピアノ、ドラムなどのプレイヤー経験を背景に持つビート・メイカーだ。4つ打ちからヒップホップまで、サンプルを軸としたビート・ミュージックを幅広く展開し、カセット・テープのようなローファイな音質が特徴的である。
Interview:Keiko Tsukada Photo:Omi Tanaka
キャリアのスタート
僕は、人生の大半をいろいろな楽器と共に過ごしてきた。初めてギターやピアノの演奏をレコーディングしたのは、ティーンエイジャーのころ。実家のコンピューターにはオーディオ編集ソフトのTHE AUDACITY TEAM Audacityが入っていたから、AKGの手ごろなマイクを購入して宅録を始めたんだ。当時はバンドでドラムを担当していたんだけれど、あるときビートを作りたくなった。それでビート・メイキングの世界に飛び込んだんだ。高校は音楽専攻だったこともあり、卒業時には学校からABLETON Liveをもらった。それ以来、ずっとLiveばかり使い続けているよ。
ビート・メイキングの手順
まずはメイン・ギアであるKORG MicroKorg XLやSV-2の演奏をLiveに取り込んでチョップしたり、サンプラーのROLAND SP-404で作り上げたフレーズをLiveに流し込んだりするんだ。SP-404はエフェクト・プロセッサーとしても頻繁に使用している。僕はサンプルをLiveで切り張りするのが好きだから、自作のサンプル・ストックも大量にあるんだ。
お気に入りのソフト音源やプラグイン
ソフト・シンセを使うとしたらNATIVE INSTRUMENTS MassiveやXFER RECORDS Serum、そのほかLiveに付属するもの。エフェクトではSOUNDTOYSやWAVESが必需品だ。テープのようなサウンドが欲しいときは、ほぼすべてのパートにWAVES J37でサチュレーションを足している(笑)。SOUNDSPOTのフィルター、Fat Filterも好きだ。僕はコンピューターの負荷を減らすためによくプリントする(オーディオ・ファイルへ書き出す)んだけれど、それが大好きなんだ。エフェクトをかけたりしながら何度もプリントしまくっていると、どんどん面白いサウンドに仕上がっていくんだよ。
スタジオ構築のポイント
僕はすごく速くビート・メイキングできるようにしたいから、“効率性”がキーワードだ。これまでに機材の配置を何百回ととっかえひっかえし、ベストなセッティングを探してきた。現在はひらめいたアイディアをすぐに形にできるように、機材同士を常に接続したままにして“いつでもスタンバイ”状態にしている。どうつなげるべきかを考えている間に、クリエイティブ・ジュース(創造力)を逃したくはないからね。
今後の展望
同時進行している複数のプロジェクトの一つに自分のアルバム制作があり、今年の秋ごろにはそれをリリースできる予定だ。スタジオでジャムったジャジーなキーボード・サウンドを収録した作品だよ。コロナ禍で外出制限中だったときは、友人とオーディオ・ファイルをメールでやり取りしながら制作した。最近は外出制限が少し解放されてきたから、彼らとは外でセッションしたりレコーディングしたりして、ライブっぽい雰囲気も取り入れている。既にジャケットやミュージック・ビデオも準備できているんだ。願わくば、このアルバムのツアーができるといいんだけれどね。いつか日本でもショウをするのが夢なんだ。
読者へのメッセージ
気負わずにビート・メイキングしよう。昔、僕は何か重大なメッセージがなければ曲は作れないと考えていた。でもそんなことはなくて、ビート・メイキングを一日のルーティンにして楽しむのが大事なんだよ。ビデオ・ゲームをやったり、友だちと遊ぶのと同じことさ。1曲を完成させなくてもいい。ビート・メイキングの過程を楽しむんだ。そのマインドと習慣を身に着けて以来、僕のビート・メイキング・スキルはどんどん上達していったよ。
SELECTED WORK
『Songs for Self Care』
エイ・サー
(Salad Bowl Records)
僕は2016年から白血病を患っていて、そのときから音楽を作り貯めている。この2019年発売のアルバムは、それらの一部。今でも“僕と言えばこれ”という印象を持たれているよ。