あらためて、マスタリングの必要性 by yasu2000|配信に効果的、DAW完結〜マスタリングの現在

あらためて、マスタリングの必要性|配信に効果的、DAW完結〜マスタリングの現在

ストリーミング・サービスでの音楽配信が台頭し、スマートフォンにイアフォンやスピーカーをBluetooth接続して聴かれることが多くなった昨今、マスタリングに求められるものも変わってきています。この特集では、配信向けのマスタリングを数多く手掛けるエンジニア諸氏が現代的な音作りの手法、そして今や必須の知識と言えるラウドネスについて解説。音作りに関しては、幅広い方々に参考にしてもらえるよう、DAWで完結させる方法を音源とともに提示していただきます。ストリーミングを主戦場とする人はもちろん、マスタリングを行うすべての方の学びとなれば幸いです。

 

マスタリングの必要性をyasu2000が解説

 プロ・グレードのプラグイン・エフェクトが購入しやすくなり、ミュージシャンやトラック・メイカーが自らマスタリングを行うことは、もはや一般的。一方で、マスタリング・エンジニアと呼ばれる匠は今もなお健在で、曲を作る側から信頼を得つづけています。ここでは、特集の本題へ入る前にマスタリングの必要性や意味をおさらい。解説してくれるのは、録音からミックス、マスタリングまで手掛けるエンジニアのyasu2000氏です。

yasu2000

【Profile】big turtle STUDIOSのレコーディング/ミックス/マスタリング・エンジニア。ニューヨークのInstitute of Audio Research卒業後、ブルックリンのBushwick Studioを経て、2005年に帰国。origami PRODUCTIONS所属のアーティストのほか、あいみょんやぷにぷに電機などを手掛けてきた。

Q. なぜ、他者にマスタリングしてもらうのか?

A. 違うモニター機器と視点を持っているから

 どんな機器や環境で再生しても良く聴こえる音源にする。これがマスタリングの至上命題だと思います。達成するためには、いろいろな機器や環境で音源を聴いてみる必要があるのは容易に想像できるでしょう。

 ミックス・エンジニアは、基本的に手持ちのモニター機器で“良い音”を作ります。ニアフィールド・モニター、スモール・スピーカー、ヘッドフォンなど数種類を併用することが多いと思いますが、2ミックスがマスタリング・エンジニアに渡れば、ミックス・エンジニアが持っていない機器でも良く聴こえるように調整されます。2人の機器を合わせると、“これで良い音に聴こえた”という事例がある程度の数になるため、全く異なる機器で鳴らしたときにも良く聴こえる可能性が高まります。そして“視点”。どれだけ優れたミックス・エンジニアでも1人の人間ですから、マスタリング・エンジニアが“自分は、もう少しこういう聴こえ方が良いと思う”といった別の視点を入れることで、より幅広い人の耳に良く聴こえるようになる可能性があります

 現在はストリーミングがスマートフォンやパソコンの内蔵スピーカー、Bluetooth接続のイアフォンやヘッドフォン、スピーカーなどで聴かれる機会が多いです。リスナーがラジカセやミニコンポくらいしか使わなかった時代から、マスタリングの概念も大きく変わってきていると思います。

Q. 今、“音圧”とはどう向き合う?

A. 突っ込んでもよい場合はある

 ストリーミング・サービスは、一曲が人の耳にどのくらいの音量に感じられるかという“ラウドネス値”を基準として、あらゆる曲の音量感を自動調整します。これはラウドネス・ノーマライゼーション*と呼ばれ、音圧の高い曲を小さくしてしまうものだとも言われてきました。僕も曲が大きく聴こえるようにダイナミック・レンジ(一曲における音量の大小差)を広く取って、サービス側に納品していた時期があるのですが、最近はノーマライズを外して聴く人が増えたり、ストリーミングでDJする人が出てきたりしているので、再びCD並みの音圧でマスターを作る機会があります

 僕が言う“音圧”は、一定時間の平均的な音量を示すRMS値に近い意味合いです。先述の通り、ストリーミング・サービスが言及するラウドネス値は、一曲を通してのもの。しかしRMS値なら、マスタリング中に“平歌はこのくらい”“サビはもう少し上げたい”というように場面単位で見て、音作りに反映できます。近年のUSメインストリーム系には、各場面でRMS値を調整しているような曲が見受けられるので、僕はラウドネス値よりRMS値を参照することが多いです。

Q. モニター機器の使い分け方とは?

A. 再生帯域に応じて“見るところ”を変える

 僕はマスタリングをするときにFOCAL SM9(モニター・スピーカー)、AURATONE 5C(スモール・スピーカー)、SONY MDR-CD900ST(モニター・ヘッドフォン)、APPLE AirPods Pro(Bluetoothイアフォン)を使用していて、仕上がりをカーステレオで確認することもあります。各機器の用途は、次の通りです。

SM9:ライブ・ハウスやクラブなどでの鳴りを想定するために、主に低域を聴く用途です。特に30Hz帯は、自身の環境だと、このスピーカーでしか見えません。

5C:小型のBluetoothスピーカーをはじめとする“小さい機器”で再生されたときに、どう聴こえるかを確かめるためです。こういうスモール・スピーカーでは低域が削られるので、そのぶん高域が目立ちます。うるさく聴こえたら過剰ということだから、調整の必要性に気づけますよね。

MDR-CD900ST:耳に痛い帯域を探るために使います。このヘッドフォンは、ほかの多くのモデルに比べて高域の方が奇麗というか、硬めに聴こえるんです。その特性を利用し、“MDR-CD900STで聴いてギリギリ痛くならないくらい”を目指して音作りします。

AirPods Pro:ユーザーが多い印象なので、“世間的な基準”として使用しています。使わないまま音作りしたものをこれでチェックすると、おかしく聴こえる場合があるので思いのほか大事。MDR-CD900STの対極とまでは言いませんが、耳に痛い帯域がまろやかに処理されている気がします。

yasu2000氏の仕事場であるbig turtle STUDIOS

yasu2000氏の仕事場であるbig turtle STUDIOS。マスタリングの際、低域のモニターに欠かせないというスピーカーFOCAL SM9は、デスクの後ろ側にスタンド設置されたもの。デスク中央上に置かれているのがAURATONE 5Cで、小型スピーカーでの聴こえ方を確かめるために使っている。5Cの左下に見えるのは、耳に痛い帯域を探るのにも便利というSONY MDR-CD900ST

Q. セルフ・マスタリングにもメリットが?

A. ずばり、ミックスが上達する!

 作品リリースのためにやるのか、試しにやってみるだけなのか人それぞれだと思いますが、セルフ・マスタリングに取り組めばミックスが上達するでしょう。それは、どれだけマスタリングを頑張っても、理想形にたどり着けないことがあるから。例えば、音圧を上げたときにキックが前に出てこない、といったことが起こり得ます。するとミックスに戻るしかなく、キックにしっかりとコンプをかけるような処理を覚えるわけです。このようにセルフ・マスタリングすると、どういう状態が良いミックスなのかが分かってきます。

 故に、マスタリング・エンジニアへ依頼する際も、納品する2ミックスの質を高められるようになるので、エンジニアによる結果の違いが出にくくなると思います。僕は自身の2ミックスを誰かにマスタリングしてもらうとき、“リミッターをかけるだけで完成”という状態まで作り込んでから渡します。“マスタリングで、こんなふうになるんじゃないか”みたいな憶測だけで渡してしまうと、結局、思ったものにならなかったという悔しい思いをするでしょうから、自らマスタリングをやって勉強するのは良いことだと思います。


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