寺岡呼人がミックス・チェックに車を使う理由〜自動車(クルマ)で サウンド・プロダクション!

寺岡呼人

ミックス・チェックに車が重宝される理由

一見、結びつくことがなさそうな自動車と音楽制作。しかし世の中には、クルマを音楽制作に活用する事例があるのです。車内をレコーディング・スタジオにしたり、燃料電池自動車の水素燃料電池を楽器の電源として使ったり、カー・ステレオでミックス・チェックを行ったりと“各車各様”。ここではミュージシャン/プロデューサーの寺岡呼人に、車でのミックス・チェックの有用性を尋ねます。

“作品”から“情報”を聴く感覚へ

 音楽制作中のミックス・チェックの場の一つとして“車”が選ばれることは多い。寺岡の体感でも、ミックス・チェックを車で行う人は多いと感じているのだろうか?

 「ミュージシャンでやってる人は相当多いんじゃないかなって思います。車の中の音響特性は決してフラットではないですが、大体の移動に車を使いますし、毎日音楽やラジオなどを聴いていると、車の中で聴くのが自分のリファレンスになっているところはあるんです。ミックス・チェックするときに車の中で普段聴いている音と比べてどう聴こえるかが重要な気がします」

 寺岡の愛車はTOYOTA Alphard。その音響特性について、こう話す。

 「遮音性があって、ほかの車に比べて外音があまり入らないですね。搭載されているオーディオ・システムはJBL製で、すごく低音が出るんです。カー・オーディオ側でのEQ設定は、高音と低音を出して真ん中を少しだけ下げるドンシャリな音で、これが好みの音なんです。なので、ミックス・チェックで聴くときは少し音源の低域を削って聴いたりします」

 車でのミックス・チェックを長年行う寺岡。そのあり方には変化を感じるという。

 「僕ら世代だと昔はカセット・テープが主流だったので、カー・オーディオもカセット・テープだったんです。エンジニアがレコーディングしてくれたラフの音をカセットに落として聴いて帰る。ラフなのでギターが少し大きかったりドラムが大きかったりするんですけど、カセット・テープだと、それがいい感じでコンプレッションされてなじみ、独特の心地良いバランスになるんです。それはそれですごく良い音なんですよ。当時は、実際のミックスが上がるとそのカセットを持って行って、“これがいいんだ”とエンジニアに伝えるのもあるあるだったと思います。仕事以外でもレコードの音をカセットに落として聴くのが当たり前で、一つの“作品”として車の中で聴くことが生活の一部になっていました」

 その後はMDやCD-Rなどのメディアを経て、現在はBluetoothが主流に。

 「最近は、ラフを聴くときにはMP3をBluetoothで飛ばして聴きますね。今はデジタルなので、どちらかというと“情報”を聴いている感覚です。スタジオなどのいつものリスニング状況で冷静にチェックするのと同様に、家で聴く、ヘッドホンで聴く、パソコンで聴く、最後は車でもう一回聴くという感じです」

 それでも変わらず車でミックス・チェックを行うのには、車ならではの独特な聴こえ方に理由があるようだ。

 「レコーディング・スタジオだと反響がコントロールされていて分離が良いのでシビアに聴けますが、車はまず聴く座席による違いがあります。そして車種によって音の特性が全然違うので、その車の所有者以外が聴くと“全然音が良くない”と感じる可能性もあるんです。外音が入ってくるのも独特ですね。タイヤやエンジンの音を拾ったり外の音が入ったりする。ただ、日頃からそれを経験しながら音を聴いているので、その中でいかにいつも聴いている音に近いかという意味では非常に参考になるし、一般の方が日常的に聴く車の中という環境で最終的なモニター・チェックをするのは正しいと思います」

車中で全部の過程を聴いている

 レコーディング段階から、カー・オーディオの果たす役割は大きいという。

 「レコーディング時期は、スタジオに通う車移動の間にラフのデモ・テープを何度も聴いて、ドラムのレコーディング後はそこにドラムが入ったバランスでまた何度も聴いて、ギターが入ったらギターが加わったバランスでさらに何度も聴いて、次はボーカルまで入ったバランスで……と結局車の中で全部の過程を聴いちゃってるわけですよ。そうすると音像感などは自然と車での聴こえ方が基準になるんです」

 その後のミックス・チェックでは、どのような項目を中心に確認するのだろうか?

 「僕は、ボーカルの聴こえ方と低音感を一番気にしますね。ボーカルは、スタジオですごく大きく聴こえたけど車だと引っ込んで聴こえるということが割とありますし、低音も、スタジオだとすごく出ているように聴こえても車で聴くとまだまだあっていいかなと感じることがあるんです。あとは、キラキラさせたくて入れた金物系の出方なども確認します。環境が変わると聴こえていたものが聴こえづらくなったり、聴こえていなかったものが強調されたりすることはよくありますが、車で聴くとそれが冷静に分かるんです。エンジニアとミックスのやりとりをするときはWAVでチェックします。ただ、ミックス段階で完璧に音圧を入れすぎちゃうと、マスタリングで上がってきて思ったのと違うなってこともあるので、ある程度のバランスでOKにするのがいいかもしれないですね」

 最後に寺岡は、総括として自身とカー・オーディオの関係性についてこのように話してくれた。

 「昔は外のスタジオでその日のうちにミックスを完成させる必要があったので、何回も何回も車に行ってチェックしたりもしました。今はパソコンの中でミックスして日をまたいで修正できるのでだいぶ楽になりましたね。10年ほど前は最高級のカー・オーディオを入れようと考えたり、車の中が自分の中のもう一つのリスニング・ルームみたいな感じでしたが、車は自分の情報をチェックする場所へとだいぶ役割が変わりました。でも、どちらも大事なことなんです」

 

Close up!〜17スピーカー搭載の JBLサウンド・システム

寺岡呼人+TOY OTAミニ・バンAlphard Executive Lounge

 寺岡が現在移動に使用しているのは、TOYOTAのミニ・バンAlphard Executive Lounge(2020年製)で、純正部品として、JBLの17スピーカーから成るオーディオ・システムが標準搭載されている。このシステムについて、ハーマンインターナショナルの片山大朗氏、辻多久也氏に尋ねた。

 「車の中は座席の位置の都合でステレオの中心で聴けない、距離が近くて直接音と反射音が同時に到達してしまう、ロード・ノイズが入るという環境です。しかも4ウェイ・スピーカーでも各ドライバーがバラバラな場所に配置されるので、それらが頭の位置でステレオとして聴こえるよう、車種ごとに時間をかけてチューニングを行います」と片山氏。

 それに加えて「純正オーディオは限られた空間で条件を満たすという使命を持つため、音響レンズという技術を使い音の拡散性を高めています」と話す辻氏。スタジオとは異なる方法で研究を重ね、カー・オーディオの進化が続いている。

2020年製のAlphard Executive Loungeのスピーカー模式図

2020年製のAlphard Executive Loungeのスピーカー模式図。車体の左側のスピーカーを透視して示してあり、車体右側も合わせて全17基で構成される。現在、新型車両ではフロント・ピラー2.5cm径ホーン・ツィーターの導入、ハイレゾ対応などを含むフルモデル・チェンジが行われ、15スピーカー/12chオーディオ・アンプを搭載している

スピーカー

左から、JBLインパネ8cm径Unityミッドレンジ/ツィーター、JBLルーフ8cm径ミッドレンジ・スピーカー、スライド・ドア17cm径ミッドウーファー。コーン前面に細かく穴の開いた機構を設けるなど、拡散性を高めるためにカー・オーディオならではの工夫が施されている

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