SUGIZOは、なぜ水素燃料電池を愛用するのか?〜自動車(クルマ)で サウンド・プロダクション!

SUGIZO&水素燃料電池

燃料電池自動車の動力源=水素燃料電池

SUGIZOはこれを楽器用電源として

LUNA SEAなどの録音&ライブに導入した

一見、結びつくことがなさそうな自動車と音楽制作。しかし世の中には、クルマを音楽制作に活用する事例があるのです。車内をレコーディング・スタジオにしたり、燃料電池自動車の水素燃料電池を楽器の電源として使ったり、カー・ステレオでミックス・チェックを行ったりと“各車各様”。ここでは、SUGIZOが愛用する水素燃料電池に迫ります。

TOYOTA MIRAI + HONDA Power Exporter 9000

TOYOTA MIRAI HONDA Power Exporter 9000

 上掲の写真の車は、SUGIZOが所有するTOYOTAの燃料電池自動車MIRAI。動力源として、水素と酸素を化学反応させて電気を作る“水素燃料電池”を備える。それは発電所のようなものであり、鮮度の高い電気を供給。しかも、発電の際に排出するのは水だけなので地球環境にやさしく、SUGIZOはLUNA SEAやTHE LAST ROCKSTARSなどの所属バンド、そして自身のソロ・ライブに楽器用の電源として導入した。音の良さと環境負荷の低さが、活用の理由だ。

 本稿の取材は、5月25日に相模女子大学グリーンホールで開催されたLUNA SEAのライブの現場で行った。燃料電池自動車から給電口を介して直流の電気を取り出し、外部給電器のHONDA Power Exporter 9000で交流に変換。そこからケーブルで楽器用の分電盤まで引き回している。SUGIZOは水素燃料電池や外部給電器を“音楽用の機材”と話しており、表現に欠かせないツールと考えているようだ。

 水素燃料電池への水素の充填は、全国の水素ステーションで行える。LUNA SEAは、11月まで続くツアーにて、約8割の会場における水素燃料電池の使用を目指している。なお、燃料電池自動車の水素燃料電池は基本的に、車を横付けできて、電気を引き回せる会場でのみ使用可能だ。

HONDA Power Exporter 9000

外部給電器のHONDA Power Exporter 9000。取り出し電気の電圧を100Vと200Vから選択でき、ライブでは100V、レコーディングでは200Vで使っている

 SUGIZOと言えば、LUNA SEAをはじめX JAPANやTHE LAST ROCKSTARSなどで活躍するギタリスト/バイオリニストだが、社会全体の幸福を願い、具体的な活動を行う人でもある。その彼が、環境保全を視野に入れつつレコーディングやライブの楽器用電源として活用しているのは、燃料電池自動車の水素燃料電池。自ら購入したTOYOTAのMIRAIを筆頭に、複数の車種を用いてきた。このトピックは本誌2月号でも取り上げたが、今回は水素燃料電池が使用されているライブの現場に伺い、直近のアップデートを含め話を聞いた。 

音の立ち上がりが段違い

——水素燃料電池を使いはじめた理由について、あらためて教えてください。

SUGIZO もともと水素社会の構築に関心を持っていたんです。それで、2017年に水素エネルギーの研究者の方々と食事をする機会があり、MIRAIでの発電をライブに活用できないものかと尋ねてみました。程なくして、スタジオで燃料電池自動車の水素燃料電池を試せることになったので、まずは自分のギターに使ってみたんです。鳴らした瞬間、音の立ち上がりが壁コンセントとは比べものにならないくらい速いことに気づきました。考えてみたら当然ですよね。発電されたての電気と、発電所から長い道のりをへてきた電気とでは、生きの良さが違うので。

——そのエネルギッシュさが、音のスピードに直結しているのですね。

SUGIZO 水素燃料電池と並んで、外部給電器も重要です。個人的には、車種によって音が変わるとは思えないんですが、外部給電器は音に影響します。いわばインターフェースですからね。だから僕は、MIRAIと併せてHONDAのPower Exporter 9000という外部給電器を購入しました。Power Exporter 9000では、取り出し電気の電圧を100Vと200Vから選べるんです。水素燃料電池と200Vの組み合わせは最高なので、レコーディングは200Vで行っています。ちなみに、日本は商用電源の標準的な電圧が100Vで、高温多湿な気候だからレコーディングに不利な国だと思うんです。僕は除湿機でブースを湿度30%以下に保ちながら録音することにしていて、それくらいカラカラにして、やっとヨーロッパ的な質感に近づくと感じています。特にアコースティック楽器を録るときですね。

外部給電器

外部給電コネクターから外部給電器に直流の電気を送っている

——録音だけでなく、ライブでも2017年から水素燃料電池を使っていますよね?

SUGIZO はい。その年のLUNA SEAの日本武道館公演で、まずは自分のギターに試してみたところ、非常に好印象だったんです。ほかのメンバーの商用電源の音と差がありすぎて、PAエンジニアの小松(久明)さんが困っていました……“ヌケが良すぎるんです”と。でも、小松さんは水素発電について“どんどんやっていきましょう”と言ってくださって、すぐにメンバー全員の音に水素燃料電池を使うこととなりました。

——LUNA SEAのメンバーは、水素燃料電池に対してどのような反応を?

SUGIZO 特にドラムの真矢が感動して。彼は2020年2月から約2年間に及んだツアーで、ドラム・キットをエレドラだけで構成してみたんです。そのときの何ヵ所かの公演で水素燃料電池を使用し随分と音が良くなり、真矢も“これじゃなきゃできないね”と感銘を受けていました。モニターや各メンバーのサウンドが向上していたんでしょうね。また、近年のLUNA SEAではマニピュレーターの音も重要で、エレクトロニクスにも水素燃料電池を使っています。中でも、MOOGのアナログ・シンセで鳴らすベースには効果てき面。状態の良いアナログ・シンセ特有の“切れ味”は、雑味のない電源を使うことでリアルに再現されると思います。一方で、雑味があるからこそ気持ち良いという感覚も理解できるので、クリアな状態だけが良いとは決して思いませんが。

LUNA SEAのライブにおける水素燃料電池(発電装置)の使い方(模式図

LUNA SEAのライブにおける水素燃料電池(発電装置)の使い方を模式図に。燃料電池自動車から直流の電気を取り出し、外部給電器で交流に変換した後、楽器用の分電盤に引き込む。SUGIZOが使用する燃料電池自動車はTOYOTA MIRAIの初代モデルで、外部給電器はHONDA Power Exporter 9000。そこから分電盤まで、ケーブルで30mほど引き回したという。なお、この図は電気の流れを簡略化して示すものであり、実際は複数あるMIRAIの水素タンクを一まとめに描いている点などをご了承いただきたい

外部給電器からステージ側へ引き回しているところ

外部給電器からステージ側へ引き回しているところ

ピュア・オーディオ界にも広めたい

——ミュージシャンが作った音を忠実に再現するという点では、雑味のない状態がベストなのでは?

SUGIZO それは、考え方ですね。例えばSTUDERのテープ・マシンで録って、自分が作ったものとは違う音になっていたとしても“カッコいい”と感じることがある。つまり、どちらの状態も素晴らしいと言えるし、目指す表現に合わせてチョイスできるのが最も健全だと思います。僕らに関しては、特にライブ表現において、生きの良い電気を使うことで心を揺さぶる音楽が生まれると感じていて。と言うのも、僕はライブの前にギターの音作りをPA席でやるんですよ。最終的に重要なのは、PAシステムを通って、お客さんの耳に届く音。観客席ではギター・アンプのそばで作った音が変容しているので、僕は必ずPA席で音作りをします。それもあって、水素燃料電池の効果を強く実感しているんです。

——水素燃料電池から可搬型バッテリーへの充電も可能ですよね。

SUGIZO それがまた、素晴らしいんですよ。昨年『Japan Mobility Show 2023』でミニ・ライブをしたときにHONDA製の可搬型バッテリーHonda Mobile Power Pack e:を使わせてもらって。共演したMaiko K Riveraさんのエレピ、そして僕がエレクトリック・バイオリンに使ったFISHMAN Aura Spectrum DI Preampなどに電源供給しました。効果は基本的に、MIRAIでやっていることと同等です。僕もゆくゆくは可搬型バッテリーを購入して、ミニ・ライブやジャズ・クラブでのギグで活用したいと考えています。

『Japan Mobility Show 2023』でのライブ

『Japan Mobility Show 2023』でのライブ。エレピの足元手前にある黒い機器が、HO NDA製の可搬型バッテリーHonda Mobile Power Pack e:。その左に見える白い機器はHonda Mobile Power Pack Charge & Supply Conceptで、大容量水素を搭載できるバス型システム=Moving eからの充電や可搬型バッテリーへの給電に対応する

——今後の展開が楽しみです。

SUGIZO 実はTECHNICSさんと組んで新しいプロジェクトを始めようとしていて、水素燃料電池をピュア・オーディオの世界にも展開したいと画策しています。オーディオの世界こそ、とても熱心に電源のクオリティにこだわりますよね。かく言う僕も、水素燃料電池を使って極上のアナログ・レコードを聴いてみたいですし、録音やライブだけでなく、リスニングの領域でも可能性があると思っています。ただ、最後に言っておきたいのは、音の良さだけを見るなら水素じゃなくてもいいということ。その場で発電することが重要なのであって、方法はほかにもあるでしょうから。

——とは言え、SUGIZOさんは環境負荷を考慮するという点からも水素燃料電池を選んでいるのですよね?

SUGIZO もちろんです。しかも極力、化石燃料由来のグレー水素ではなく、再エネ由来のグリーン水素で賄いたい。それは地球環境を強く意識したいからで、今後ますます、さまざまな分野で水素燃料電池が利活用されていくことを願っています。

 

Close up!〜FOHサウンド・エンジニア 小松久明が水素燃料電池を語る

小松久明

 僕も結構、電源オタクで、20代の頃からいろいろなことにトライしてきたんです。例えば、100Vの商用電源にトランスをかまして、何Vのときに音響機器の音が最も良くなるのか試しました。もちろん、トランスによる色付けは考慮すべきですが、僕が思うに106Vがベストです。あと、電源周波数は50Hzよりも60Hzのほうが、音が良くなります。

 そういう経験があったから、SUGIZOさんが水素燃料電池を使うとおっしゃったときに、圧倒的に音が良くなるだろうと思っていました。発電所から電線を伝って、さまざまなノイズを帯びた電気がステージに来るのではなく、発電所そのものが現場にあるわけだから絶対に音が良い。楽器にとっては素晴らしいことです。

 2017年にLUNA SEAの日本武道館公演で初めて使ったときには、ものすごくピュアな音がして良いと思いました。雑味が一切なく、音の立ち上がりが速くて明るいトーンです。特にギターの音がクリアに聴こえ、ドラムにはスピード感が出ます。

 僕もSUGIZOさんに感化されて、2年前から電気自動車に乗っているんです。SUGIZOさんは音楽のことだけじゃなく、環境から世界平和まで、すごくよく考えていますよ。

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