大人げないことを面白がってもらえたらうれしいし、そういうことをやりたくなったのが最高のポイントです
2021年に結成された、かつしかトリオ。自らを“新人バンド”と称するその正体は、フュージョン・バンド、カシオペアの初期メンバーでもある櫻井哲夫(b)、神保彰(ds)、向谷実(k)という豪華な顔ぶれだ。この3人が集い、2023年に新たな音を奏でて、初のアルバム『M.R.I_ミライ』を制作するということで、編集部はランドマークスタジオで行われたレコーディングの様子を取材。後日、音楽館のオフィス内に併設され、彼らのプリプロの現場ともなったプライベート・スタジオにて、作品完成直後の3人へインタビューを行った。
せっかくなら気心の知れた3人で新しい音楽を作ろう
──かつしかトリオはどのように結成されたのでしょうか?
神保 僕がかつしかシンフォニーヒルズでやるワンマン・オーケストラに2人を呼んだことがきっかけで、かつしかトリオという名前になりました。そのときは同窓会的な集まりでしたが、せっかくなら気心の知れた3人で新しい音楽を作ろうと。
向谷 ゆくゆくはアルバムを作りたいと言っていて、ファースト・ステップとして「Red Express」「Shining Blue」「柴又トワイライト」の3曲を配信で出してツアーをやったら、すごく反響が良くて。かつしかトリオとしてのオリジナリティを前面に出すべきだなという気持ちがより強くなりました。
──『M.R.I_ミライ』の制作はいつ頃から始めたのですか?
神保 制作に入ったのは一昨年の秋ぐらいです。
向谷 10曲を3期に分けて作りました。第1期が先ほどの3曲で、第2期が「M.R.I_ミライ」「a la moda」「Bright Life」。第3期が「Katsushika De Ska」「Moon Town」「Route K3」「MAJESTIC」です。アルバムの統一性のために、全部そろってから少しミックスを調整しました。ランドマークスタジオの佐藤宏章さんが奇麗に仕上げてくれて感謝感激です。
──お三方でどのように楽曲を作っていくのでしょうか?
神保 誰かが原形を投げて、みんなが気に入ってくれたらそれぞれがアイディアを加えていくスタイルです。
櫻井 今回は“どの曲もみんなの共作にしよう”っていうルールを最初に決めました。曲ごとに作り方はまちまちです。
向谷 基本はデータのやりとりで、音楽館のスタジオではMOTU Digital Perfomerを使っているのですが、みんな使うソフトもMIDIデータの扱い方も違うので、うち(音楽館)のスタッフの岡田宏紀君が、送られてきたMIDIデータやオーディオ波形を共通フォーマットに落とし込んで、スタジオでプリプロができる環境を作ってくれます。プリプロでも、このセクションいらないねとか、こっちに持っていこうっていうのを岡田君が吸い上げてくれて、構成を固めていきますね。
──櫻井さんと神保さんは、どのDAWをお使いですか?
櫻井 ベースの録音のときはAVID Pro Toolsで、MIDIデータを扱うときはAPPLE Logicです。
神保 僕はMIDIも含めてPro Toolsです。打ち込むときはキーボードですごくテンポを落として、ゆっくり弾いて正規のテンポにします。
向谷 キーボーディストが押さえるボイシングとは微妙に違うんです。それがまた良い味してるんですよね。ディスコードするギリギリのところで、よく聴くと問題ない。そういうものがある意味このバンドの隠し味になっています。それを最終的にはシーケンスなしの手弾きで演奏するわけですから。
──デモは具体的にはどうやって作り上げるのでしょうか?
向谷 例えば、神保さんが書いた曲に僕がメロを足したり、「Red Express」では櫻井さんがユニゾンやハーモニーを書いたりして、やり取りするうちに骨格が出てくるんです。特にすごかったのは「MAJESTIC」で、僕が曲を送ったら、神保君からギターを弾きながら歌ったスキャットが送られてきたんです。叙情的に作った曲に少し明るい鼻歌が送られてきたので展開を悩みましたけど、それを二回りしてアウトロになだれ込むのは新しい作り方だなと。
神保 もうひと展開あった方が色が出ると思ったので、ギターと鼻歌をAPPLE iPhoneで録ってメールしました。
向谷 櫻井さんはベーシストなのにデータが完全に打ち込みでくるんです。「M.R.I_ミライ」は、同じ音が連続する人間業と思えないデータで。僕が直前に人間ドックでMRIを受けていたから、MRIの音みたいだと思って(笑)。
櫻井 MRIっていう仮タイトルから、日本語で“ミライ”ってありだねと。聴き応えのあるものにしたくてとても複雑なフレーズを作ったので、聴いてもらったステップ入力での打ち込みデータはすごく機械的だったんですが、ベースで弾いたフレーズを打ち込んでいるので、自分の中ではベースが鳴ってるんです。スラップ・ベースのラインで作ったフレーズをキーボードでやるのかい?と感じたんだと思いますけど。
何が起きたか分からないくらい激しいドラム
──MIDIデータを生演奏に置き換える過程はどのように?
向谷 僕が岡田君と一緒にブラッシュアップしてから生演奏用に譜面に起こして、それを神保さんのスタジオで演奏するんです。びっくりするのは、デモ・テープだとしれっと入っていたリズムが、“ワン・ツー・スリー”って言った瞬間に何が起きたか分からないくらい激しいドラムになってて。出だしを聴いた瞬間にえっ⁉て。
神保 自分の中ではイメージできてるんですけど、デモではそんなに細かいドラムのパターンまで作らないので。
櫻井 ドラムは生を聴かないと全く分からないですね。でもリハで“このドラムはやばいぞ”っていうのを覚えて本番に臨むとスムーズに行くんです。ドラムとベースのコンビネーションは大事なので、スタジオで様子を見て対策を練ります。きっちりアレンジされているとそれに縛られがちですけど、本番に近いところまで煮詰まらないので、レコーディングにライブ感が生まれるのも共作の面白い結果ですね。
向谷 みんな自分のパートは頭の中で鳴っていて、それが一緒に楽器を弾いた瞬間に分かって最終形に近くなるよね。
神保 あと岡田君のドラムの打ち込みがすごく凝ってるんです。フィルやソロも入ってて、しかもすごく音楽的なんですよ。ドラムのことちゃんと分かってるなって。
向谷 それで神保さんに火が付いてよりすごいことをやる。
神保 デモの方がいいって言われたくないですから(笑)。途中で“大人げないオトナの音楽”っていうキャッチフレーズを思いついて、それからなるべく大人げない演奏をしようって心掛けるようになっちゃったんですよ。
向谷 レコーディングで楽しかったのが10曲目の「MAJESTIC」で、最後は少しクラシックっぽく終わりたかったので、Aメロをクリシェみたいに下がってくるコード・ラインで作ったんです。そしたら櫻井さんのベースがすごく高いところからきっちり降りてくるから、最後は感動しましたね。そういうのがあるからたまらないです。これはこのスタジオで多摩川を見ながら書いたからできた曲ですね。それで最後に神保さんの鼻歌が来たんで、共作は面白いですね。「Moon Town」は櫻井さんが満を持して出してきた曲です。
櫻井 ベースがメインになるような曲をやろうって話は出ていて、いろいろアイディアはあったんですけど、最終的にウェザー・リポート「ティーン・タウン」みたいにツーフィンガーでベースのメロディをフィーチャーするアイディアを出したら、みんなでこのスタジオでまとめてくれて。
──制作で特に印象的だった楽曲はありますか?
向谷 僕が思いついたフレーズで適当にやってたら、いきなり2人が“いいよ!”って言うときがあって。岡田君が裏でシーケンサーをまとめてくれたり、スタッフが録音してくれて、それを生かせたところが幾つかあるよね。
櫻井 それで言うと「M.R.I_ミライ」のピアノ・ソロが良かった。元は僕のベースも向谷さんのピアノ・ソロもずっと速いテンポで弾いていたんだけど、フレーズの中でピアノを白玉で伸ばしてシーンを変えた方がいいって。
向谷 白玉の間はベースのフレーズで埋めてくれています。ここの音色はYAMAHA Montageのペダルを踏み込んで音源をレイヤーしています。この曲はライブが大変そうですね。
小さな音を出せるのは最高の喜びですね
──ライブ演奏をするための工夫などはあるのですか?
向谷 実はレコーディングからライブを相当念頭に置いていて、あまりダビングするとライブとアルバムに差が付きすぎるので、ライブでできるか確認しながらやってました。ライブでは、曲によって神保さんにドラム・パッドでシンセ・パッドの持続音を出してもらうこともあります。
神保 YAMAHAのエレクトリック・ドラムとアコースティック・ドラムを組み合わせたハイブリッド・セットを使っているので、いろいろなことができるんですよ。
向谷 我々の場合、毎回テンポも違うし、盛り上がればソロが長くなって曲の長さも変わることを考えると、シーケンサーを走らせて演奏するのはこれまでもこれからもないと思う。3人で役割分担をして一緒に演奏した方が面白いし、迫力もあるし、インプロビゼーションも自由に作れるし。
櫻井 ベーシストとしてはドラムとコンビを作りたいし、ピアノと絡みたいので、2人と常にキャッチボールができるようにしています。僕はいろいろな機材を使わないので、音色とフレーズとグルーブでみんなの役に立ちたいと思っています。
──ベースに何かエフェクトは使われるのでしょうか?
櫻井 かつしかトリオの録音では、見事にノーエフェクトですね。ライブでは何かやると思いますけど、録音では完全に生音でやってるので、ソロも大体そのまますっぴんです。
向谷 このバンドの場合はその方がいいんじゃないんですかね。マスタリングした曲を聴いたときにベースがまろやかでいい感じで出てるんです。3人がいい形で一緒になれて大きな音で聴かせるには、一つ一つがシンプルな音の方が味が出るのかもしれないと思います。
──作品中で皆さんの音がしっかり聴こえてきますよね。
向谷 そうなんです。いろいろな音楽をやってきましたけど、キーボードって楽器的にシンセ・リード以外はディストーションもかけられないし、大きな編成の中でのピアノのバッキングは、ほかに負けないようについ力を入れちゃって、繊細さが減っちゃうんです。でも3人でやるときは、強弱も自由にコントロールできて、行くときはガーンと行けるし、抑えるときは抑えられる。小さな音を出せるのは最高の喜びですね。
──神保さん、櫻井さんはかつしかトリオで演奏するときならではの音の魅力はどのようなところに感じますか?
神保 カシオペアで10年間、櫻井さんとはJIMSAKU含めて18年間みっちりやったんです。そういうものはなかなか得がたくて、3人が醸し出す空気は20代から一緒にやってたところがすごく大きくて、本当に自然体でやっています。
櫻井 3人っていうのが絶妙なバランスですね。お互いの音は、意識しなくても呼吸が通じるところがあるので、3人の音が明確にバランスよく完成した感じがします。音がいっぱいありすぎないことによって、コミュニケーションがすごくしっくりいくんです。それを2〜30年ぶりにできて、不思議なご縁だなと思いますけどね。
──カシオペアを生で体感できていない世代にも新鮮に響くのではないでしょうか?
向谷 そうですね。インストゥルメンタルの楽曲に関する違和感がなく、その中で楽器を弾くことが再評価されていたり、ジャズ・フュージョン系の優秀なアーティストがいっぱい出てきている時代で、こういう音楽が非常にポジティブに受け取ってもらえる環境になっているのかなと思います。
──最後に、『M.R.I_ミライ』の聴きどころを教えてください。
櫻井 久しぶりにバンド・レコーディングの醍醐味を味わえて、今のバンド・サウンドの完成形ができました。今はうまい人がいっぱいいるけど、かつしかトリオの値打ちはそれとはまた別次元で、うまいねとかすごいねだけじゃなく、楽しいと思って聴いていただけたらうれしいです。
神保 皆さん40年以上のキャリアがあるんですけど、全部を共作で作ったのは初めてです。それがすごく楽しかったし、楽曲に3人のアイディアが加わることでどんどん広がっていく様を目の当たりにして、やっぱり音楽ってものはすごく面白くてクリエイティブだなと再確認できたので、そういうわくわく感を感じていただけたらうれしく思います。
向谷 僕たちがわくわく感を出そうとすると、結果的に大人げないこともいっぱいやっちゃうわけです。それを面白がってもらえたらうれしいですし、そういうことをやりたくなったのが最高のポイントのような気がします。長く音楽を続けるほどすごい人たちにいっぱい遭遇して、若い頃は“何とか僕も頑張らなきゃ”って意識だったんですけど、今はすごい人をリスペクトしつつ、“僕たちは自由にいいものを作ろう”という気持ちが共存できるようになりました。3人が集まって生まれた新しいエネルギーを、この作品だけじゃなく、今後のライブや演奏につなげられたらなと。それを知っていただくために、まずはアルバムを聴いて“かつしかトリオはこんなことがやりたいんだな”と思っていただければと思います。
▶ 続いては…「かつしかトリオ『M.R.I_ミライ』のレコーディングをエンジニア佐藤宏章氏に聞く」
Release
『M.R.I_ミライ』
かつしかトリオ
(ヤマハミュージックコミュニケーションズ)
YCCS-10118
Musician:向谷実(k、p)、神保彰(ds)、櫻井哲夫(b) Producer:かつしかトリオ
Engineer:佐藤宏章
Studio:音楽館、ランドマーク