山下達郎が1976年~82年に在籍していたレーベル=RCA/AIR。当時のアルバム8枚が、今年5月から毎月、アナログ盤/カセットでリイシューされています。その中から1曲を選び、印象的なコード進行を解説するのが本連載。講師は、山下達郎に多大な影響を受けたというKASHIFです。“達郎節“とも言える、あの独特の響きの仕組みとは? 今回は5月3日に再発された『FOR YOU』から「SPARKLE」のBメロを取り上げます。
今月の1曲:「SPARKLE」
『FOR YOU』(「SPARKLE」収録)
山下達郎
ソニー アナログ盤:BVJL-90|カセット:BVTL-2
トニックを避けることで生まれる浮遊感
「SPARKLE」は達郎さんの代表曲の一つで、今やライブの冒頭を飾る定番曲となっていることでも有名です。展開としてはAB構成で、Aメロと同じコード進行のイントロ/間奏といった歌のないカッティング部分がサビのような働きをしています。最近気づいたのですが、曲のピークが歌メロのないインストなのは、EDMのドロップのようだなと。AB構成というポップスのいわゆる王道ではない作り方でありながら、期せずして現代のメジャーな音楽と構造がシンクロしているところにも面白さを感じています。
今回は、自分が長年印象深く感じていたBメロのコード進行を中心に見ていきたいと思います。まずイントロ~Aメロは、A△7とEadd9(onG♯)の2コードからなる、解放感のあるソウル的なリフレイン。それに対してBメロは、細やかで入り組んだ内容になっています。前半は、F♯add9(onA♯)→Adim→E(onG♯)とベースが半音ずつ降下。半音単位でのコード変化が3つ以上続くと難解な印象になることもありますが、むしろここでグッと「SPARKLE」の世界観が深まる導入部になっています。その次は逆に半音上がりAm△7から同ルートのAm6へ行く際、メロディもメジャー7thから6thへ動くことと緻密にシンクロしており、同曲のコード進行の最深部とも言える、憂いと緊張感が生まれています。
そしてE(onB)。コードを採った当初はE△7=I△7かと思ったのですが、ベースはBです。これはつまりトニックのEに最接近しつつもギリギリのところで回避しつつ、Aメロ進行への帰着に向かった別のドラマをさらに作り出します。
そしてBメロの最後もF♯m7→A(onB)からEへのドミナント・モーションを行わずに、AメロのA△7に。サブドミナント=IV△7に向かうことで、切なさがありつつも美しい流れが生まれます。セクション展開の接続にあたる部分でもI△7へ解決しないことで、空中や水中を漂い続けているような楽曲全体の浮遊感が強調されているように思います。
明確なトニックを避けながら緻密に構築された「SPARKLE」のBメロは、同曲のフックとも言えるAメロ進行へ帰着した際の解放感とドラマを最大限に引き出す機能を持っています。達郎さんが作るコード進行の魅力の結晶が、随所に散りばめられていると言えるのではないでしょうか。
KASHIF
【Profile】横浜PanPacificPlaya所属。ゼロ年代以降インディーズにおける重要アーティストを中心にギタリストとして好サポートしつつ、サウンド・プロデュースなども行う。2017年にソロ・アルバム『BlueSongs』発売。7/26リリースのTOWA TEI『Ear Candy』ヘギターで参加。