数千回にも及ぶテストを重ねた製品開発
まずは2020年4月発売予定の電動つりマイク装置、HYFAX MHN1を見てみよう。オーケストラの収音などを目的とし、ホールや劇場に設置されるもので、タッチ・パネルの搭載など従来モデルMHL-30からアップデートが施されている。YSSの重永一輝氏に解説していただいた。
「マイクの位置を調整するリモート操作器には、視認性に富み、多くの情報を得られるようにタッチ・パネルを新たに搭載しています。タッチ・パネルからさまざまな操作が行え、その中でも特筆すべきは水平移動モードです。以前は水平方向に移動させたい場合、複数のボタンを押して、位置を調整する必要があり、つりマイク装置の操作に不慣れな方だと狙った位置に動かすことが難しいということがありました。しかし、水平移動モードの搭載により、複数のワイアー巻上げ機をワンタッチで操作できるため、扱いやすくなっています。来場者の方々にもアヒルの人形を使ったクレーン・ゲームという形でMHN1を操作してもらいましたが、難しくて動かせないという方はいらっしゃいませんでした」
リモート操作器のアップデートにより、3点を越える多点づりにも同一の操作器で対応できるようになったと重永氏。
「最大64点づりに対応できるため、ほぼすべてのホールで特注ではなく標準の操作器が使えます」
操作性の面はもちろん、音質面へのこだわりも忘れないのがYSSだ。マイク・ケーブルは耐久性と音質のバランスを取るため、何度もテストを重ねたと重永氏は言う。
「つりマイク装置は、どうしても位置の調整でケーブルが動いてしまいます。そうすると、マイク・ケーブル内の導線のヨレがほどけてきたり、断線しやすくなってしまうんです。さらに、録音用のシステムなので、どれだけ堅牢でも音が悪ければ意味がありません。そのため、何千回とテストを重ねて、耐久性と音質面をクリアするマイク・ケーブルを、完全にオリジナルでケーブル・メーカーに作成してもらいました」
音へのこだわりは、2019年11月に発売されたアコースティック・メジャーメント/EQプロセッサー、HYFAX AMQ3-SRにも表れている。AMQ3-SRは、大規模な劇場やスタジアムに導入されてきたAMQ3の入出力数を32イン/32アウトから、16イン/16アウトにしたモデルだ。高く評価されてきたというAMQ3の音質面はしっかり継承されていると、YSSの松原嵩紀氏が語る。
「16,384タップという高分解能のFIRフィルターを搭載しているため、高精細な音質補正が可能です。さらに4種類のEQを搭載しており、そのうちSEQとAMQという2種類のEQは、RATIONAL ACOUSTICS Smaartなどで測定したインパルス・レスポンスを取り込んでフィルターを作成できます。元の音質はもちろんのこと、今まで手動で行っていたベーシックな音質補正をフィルターの自動生成により効率化することで、より詳細な調整に時間が割けるという点でも高く評価いただけているのだと思いますね」
入出力数のコンパクト化、そしてアプリケーション部分の改善は、AMQ3を利用しているPAエンジニアから出た要望などを反映していると松原氏は言う。
「AMQ3は劇場やホールの常設設備だけでなく、ツアーなどで持ち回る際にも活用いただきたいと考えており、16イン/16アウト程度のコンパクトなシステムが良いというご意見を頂戴していました。また、ホールや劇場からも32イン/32アウトまで入出力数は要らないが使ってみたいという要望をいただいていたため、AMQ3-SRの製品化につながりました。そして、アプリケーション部分でも、コンピューターのディスプレイ上に表示される操作ウィンドウのサイズ変更が可能になったりと、お客様からいただいた要望に則してアップデートしているんです」
ディレイの単位には尺貫法も採用
ロングセラーのマトリクス・コントローラーLDM1も、ユーザーの使いやすさを優先した設計がなされている。大型タッチ・パネルとつまみが搭載されたLDM1は、操作性と視認性の良さが担保されているとYSSの浜未幸氏は言う。
「タッチ・パネル上ではどの信号がどこに出力されているかが一覧で見られ、確認/調整したい入力があれば、タップするだけで詳細な画面が開けたりと直感的な操作が可能です。また、好評をいただいているのが、タップすることで画面上のノブのサイズ変更が行える機能で、早く調整したい場合はノブを小さく、微調整を行いたい場合はノブを大きく表示することで対応できます。さらに誤操作を防止するため、各信号のオン/オフはダブル・タップで切り替える仕様です」
ミキサー出力を多くのスピーカー系統へルーティングする製品であるため、過度な音の脚色は避けつつも、しっかりと補正が行えるようEQやディレイが搭載されていると浜氏。
「信号経路の中心に来るシステムのため、音質劣化が無いよう細心の注意を払いつつ、入力段では送られてきた信号の補正、出力段ではアウトプット先に合わせた細かな調整がそれぞれ8バンドEQで行えます。さらにマトリクスのクロス・ポイントに加え、最大1,000msのディレイも入出力段両方に備えており、スピーカーの位置に合わせた伝達時間の調整やハース効果を用いたディレイ・パンも行えるんです。伝統的な尺貫法に慣れていらっしゃる方のために、ディレイの単位は尺や間にも対応しています」
そして、YSSブースにはAUDINATEが手掛けるDanteネットワーク管理ソフト、Dante Domain Managerも展示されていた。Danteシステムは、ネットワークにつなぐだけで同一ネットワーク上のDante対応機器の制御が行えるという利便性がある反面、誰でもあらゆる設定の変更が行えてしまうという危険性もはらんでいる。そのリスクを防ぐため、適切な権限を持った者だけが操作できるよう制限することができるのがこのDante Domain Managerだ。Danteネットワーク管理システムの需要はホールなどで高まりを見せていると、YSSの菊地智彦氏は言う。
「ホール全体を一つのネットワークで組んだが、大ホールと小ホールで分けたい、乗り込みのPAエンジニアが来た場合に勝手に接続できないようにしたいという要望をいただいていました。Dante Domain Managerであればすべてのログが残っているので、いつ誰がどのような変更を加えたのか、ということも分かります。さらに別途メール・サーバーを用意することで、一定レベル以上のアラートをE-Mailで受け取ることも可能です」
セキュリティ面の強化だけでなく、遠距離間の通信も可能になったと菊地氏は続ける。
「レイテンシーを40msまで拡大することで、超遠距離の伝送が可能になりました。例えば東京と大阪といった離れた場所であっても、両拠点にGPSタイム・サーバーを設置することで同期したネットワークを組むことができるんです」
Dante Domain Managerと併せ、YSS独自のネットワーク・マネジメント・サーバーHYFAX NMS1も2020年2月に発売される予定だ。ホールや劇場での24時間駆動を想定した設計がなされていると菊地氏。
「Dante Domain Managerはサーバー・ソフトなので、24時間365日稼働させなければなりません。それに耐えられるよう、NMS1は堅牢な作りになっています。さらに音響調整室に置くことも考え、静音性の高いファンを採用しました。IPネットワークのセグメントを超えたルーティングにもDante Domain Managerは対応しており、NMS1であれば別途DNSサーバーを用意すること無く行えます」
ホールや劇場をはじめとしたクライアントからの要望をつぶさにヒアリングし、製品開発にあたっているYSS。ユーザー目線に立ち、時代のニーズに合わせた丁寧な製品作りがこれからも行われていくであろうことを実感した。
■問合わせ:ヤマハサウンドシステム ☎︎03-5652-3600 www.yamaha-ss.co.jp