現代のレコーディング・アプローチと逆行するアンドリュー・バードが奏でるにじみのような響き 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.171

THE CHOICE IS YOURS:Text by 原 雅明

 ジョン・コルトレーンのリリースで有名なジャズ・レーベルImpulse!から、2020年にテッド・プアの『You Already Know』がリリースされた。プアはジャズ・ドラマーとしてベン・モンダーのグループなどで活動してきたが、ブレイク・ミルズやミッチェル・フルームの仕事にも関わり、シンガー・ソングライター/バイオリン奏者のアンドリュー・バードを支えてもきた。そんな彼の初のソロ・アルバムは、ドラムとサックスをメインとしたミニマルな編成でユニークな音響空間を生み出した。Impulse!からリリースされた背景にはプロデューサーを担当したミルズの導きがあった。彼のレーベルNew Deal Recordsは、Impulse!も傘下に収めるVerveレーベル・グループのインプリントとしてスタートした。

 

『You Already Know』Ted Poor(Impulse!/ユニバーサル)
シアトルを拠点に活動するドラマー、テッド・プアのImpulse! Recordsからのデビュー作。サックス奏者、アンドリュー・ディアンジェロらが参加。

 

 先頃シャバカの『Perceive its Beauty, Acknowledge its Grace』もリリースしたImpulse!だが、過去のカタログのリイシューだけではなく現行のアーティストを積極的にリリースしていったのは最近のことだった。VerveのA&Rとシニア・バイス・プレジデントに就任したダリア・アンバック・キャプリンがその変化を起こした。彼女はジョン・バティステを世に送り出して成功を収めると、シャバカのバンドやアルージ・アフタブ、ムーア・マザーを擁するイレヴァーシブル・エンタングルメンツなど、ポップスの世界とは一線を画すアーティストとも積極的に契約を交わしていった。

 『You Already Know』はその先陣を切るリリースだったが、アルバムで演奏されたジャズはプアが関わってきた歌のある音楽と異なるものではないとプア自身はインタビューで答えている※1。『You Already Know』も広義のフォーク・アルバムと捉え、「口頭伝承としての音楽、つまり歌としての音楽という考え方がある」と語った。プアのこの考えはとても示唆的で、歌とインストゥルメンタル、ポップスとジャズの間に今表れている本質を代弁してもいる。

※1https://glidemagazine.com/240637/drummer-ted-poor-debuts-with-andrew-dangelo-andrew-bird-blake-mills-on-minimalist-jazz-you-already-know-album-review/

 アンドリュー・バードが2019年にリリースした『My Finest Work Yet』には、ミルズやプアのほかに、ジャズ・ベーシストでシンガー・ソングライターのアラン・ハンプトンやドラマーのエイブ・ラウンズも参加していた。プロデュースはバードと、デヴェンドラ・バンハートやマイケル・キワヌーカを手掛けたポール・バトラーが担当した。このアルバムは、スタジオでバンドが一緒に演奏した録音で、Blue NoteやImpulse!のレコーディング・エンジニアを務めたルディ・ヴァン・ゲルダーが1950〜60年代にかけて確立したプロダクションとサウンドが参照された。特に、ピアノを中心としたジャズ・コンボの音作りが下敷きとなった。入念なリハーサルが行われ、使用したマイクは数本のみだった。その結果、楽器間の音の重なりが独特のにじみのように響いていて、間近で聴いているかのような生々しさと親密な雰囲気も生まれた。

 

『My Finest Work Yet』Andrew Bird(Loma Vista Recordings)
ポール・バトラーとの共同プロデュースで制作されたバードの2019年作。フルバンドの演奏を同時に収録したことで、独特な響きに仕上がっている一枚。

 

 これは、現在のポップスでは失われた響きである。セッティングに時間がかかり、ボーカルの音だけを変えたくてもドラムやベースの音まで変えなければならない。効率的ではない録音スタイルであるからだ。だが、その響きに引かれて、古いスタジオやビンテージのアナログ機材を積極的に使った録音が顧みられることも増えた。バードは、そうした録音に表れる、歌とバッキング・トラックを明確に分離できないような音のあり方に特に引かれてきた。彼はインディー・フォークやインディー・ロックの世界を中心に歌で人気を得てきたが、一方でバイオリン奏者であり、フィールド・レコーディングのインストゥルメンタル作品もシリーズでリリースしている。そして、学生時代にラジオで聴いた1930~40年代のジャズや1960年代初頭のジャズ・ボーカルを一つの原風景のように記憶している。だから、彼の新譜『Sunday Morning Put-On』が、プアとハンプトンのトリオ編成でジャズ・スタンダードを扱ったのは当然の成り行きだったのかもしれない。だが、このアルバムは歌だけにフォーカスしたものではない。ポップ・スターが歌うスタンダードやコンテンポラリーなジャズ・ミュージシャンがカバーするスタンダードではあまり重要視されないことが、とても大切に扱われている。

 

『Echolocations: River』Andrew Bird(Wegawam Music Co.)
ロス・エンジェルス川での野外レコーディングを軸にした、Echolocationsシリーズ第2弾。バードが奏でるミニマルなバイオリンのフレーズと自然音が絡み合う。

 

『Sunday Morning Put-On』Andrew Bird Trio(Loma Vista Recordings)
アラン・ハンプトン、テッド・プアとトリオ編成でジャズ・スタンダードをカバーしたバードの最新作。ギタリストのジェフ・パーカーなども参加している。

 

 南カリフォルニアのヴァレンタイン・スタジオで、ジェフ・パーカーのギターとラリー・ゴールディングスのピアノも交えて録音された今作もまた、楽器の重なりが独特のにじみを作り、包み込むような残響と一体化している。バードのボーカルもそこに溶け込んでいる。先行でリリースされた「I've Grown Accustomed to Her Face」のMVでは、スタジオでの録音の様子が分かる※2。パーカーを含めた4人は、一つの部屋に入って演奏している。これは『マイ・フェア・レディ』のミュージカルで歌われた曲で、プアはビブラフォンをたたき、バードは歌いながら時折バイオリンを指で爪弾く。パーカーはウェス・モンゴメリーに敬意を表するように親指ピッキングで演奏している。この演奏光景には奇をてらったところは何もない。ただ、プアがいう「口頭伝承としての音楽、歌としての音楽」があらゆるディテールに表れている。それが、『Sunday Morning Put-On』を単なるスタンダード・アルバムと分かつところだ。

※2https://youtu.be/scKfuFu8EnU?feature=shared

 レコーディング・エンジニアとしてCapitol Recordsなどで働いていたジミー・ヴァレンタインが1963年に設立したのが、ヴァレンタイン・スタジオだ。古い歯科医院を改装した建物だった。増築し、機材を更新してきたスタジオは、スタン・ケントンやビング・クロスビーから、ビーチ・ボーイズやフランク・ザッパまで多くのアーティストに使われた。特にロック・ミュージシャンは居心地の良いスタジオでの作業に時間をかけ、徹夜のセッションも頻繁に行われた。だが、ヴァレンタインはそれに付き合うのを好まなかった。ロックの潮流を避けはじめたことで次第に依頼が減り、スタジオは1979年頃から段階的に縮小していった。そして、手つかずのまま放置されるに至ったが、プロデューサー/エンジニアのニック・ジョドインによって、2015年にリニューアル・オープンされた。ヴァレンタインがオリジナルの機材を残すだけでなく、資料やスペア・パーツを保管していたため、スタジオが稼働していた全盛期の環境をよみがえらせることができた。バードは、このスタジオのストーリーからもインスパイアされてアルバムを作った。

 クラシック音楽からイギリスとスコットランドの民族音楽、ジャズやゴスペルなどへ興味の幅を広げてきたバードにとって、インディー・ロックやポップスは最も縁遠い音楽だったのかもしれない。だが、それゆえに歌を原初的なところで捉えることができるのだろう。ヘッドホンを使わずにバンドに合わせて歌うのが難しいと分かっていながら、そのやり方を選択する。すべてのサウンドを分離してミックスし、コントロールしてきた現代のレコーディング・アプローチに異を唱える。『Sunday Morning Put-On』のバードは、そうやってジャズ・ボーカルに向き合っている。

 

原 雅明

【Profile】音楽に関する執筆活動の傍ら、ringsレーベルのプロデューサーを務め、LAのネットラジオの日本ブランチdublab.jpの設立に関わり、DJや選曲も手掛ける。早稲田大学非常勤講師。近著Jazz Thing ジャズという何かージャズが追い求めたサウンドをめぐって

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