それまで特に意識していなかったニューエイジ・ミュージックを気に掛けるようになったのは、LAのプロデューサー/DJのカルロス・ニーニョがきっかけだった。2000年代後半から2010年代前半にかけて、僕がやっていたレーベルから、カルロスがかかわっている音源を幾つかリリースする機会があった。当時のカルロスは、彼の名を有名にしたジャズ・コレクティブであるビルド・アン・アークの活動をいったん休止して、ビオラ奏者のミゲル・アトウッド・ファーガソンや、ギタリストのジェシー・ピーターソンらと新たな制作を始めた。
LAジャズの新旧世代をつなげ、後のフライング・ロータスやカマシ・ワシントンの登場にも影響を与えたビルド・アン・アークに対して、ミゲルとのデュオやジェシーとのターン・オン・ザ・サンライトは、アンビエントやフォークに近い音楽だった。だが、クールなアンビエントでも、素朴なフォークでもないサウンドで、ビルド・アン・アークにあったスピリチュアル・ジャズのエッセンスを受け継ぐものも感じられる。カルロスにリリース前の音源を聴かせてもらう機会があったのだが、それらは次第に明確なリズムを排除し、空間をたゆたう渦のようなメロディと音響が支配していくようになった。そしてカルロスから「最近はニューエイジのパイオニアであるヤソスと交流がある」という話を聞く。ここで初めて、カルロスが作る音楽の根底にはニューエイジから導かれたものがあることを知った。
『Celestial Soul Portrait』ヤソス(Numero Group)
カルロス・ニーニョがヤソスとの交流の中で集めることができた音源をコンパイルした、ヤソスのアンソロジー。カルロスいわく「ヤソスのさまざまな曲をまとめることで、彼の人生の物語を聴かせたかった」という
程なくして、LAからニューエイジ・リバイバルなる言葉が伝わってきた。さらにRed Bull Music Academyにヤソスのインタビュー記事が掲載された(https://daily.redbullmusicacademy.com/2011/08/interview-new-age-pioneer-iasos-in-words/)。2011年のことだった。インタビュアーは、当時Stones Throwから作品をリリースしていたマルチ奏者/プロデューサーのジェイムス・パンツ。主にビート・ミュージックを作っていた彼がニューエイジのコレクター/愛好家として登場し、その序文でニューエイジが登場した背景に触れた。1960年代のサマー・オブ・ラブに代表されるヒッピー・カルチャーがメイン・ストリームに吸収されたことに幻滅した元ヒッピーたちを中心に、1970年代初期のポストサイケ/初期ディスコ時代にサイケデリック・ムーブメントの廃墟から、ニューエイジが誕生したのだと説明した。
「ニューエイジというジャンルでは使用楽器やメロディ、またはスタイルに焦点が当てられていたのではなく、この音楽によってもたらされる効果やフィーリングが第一だった。リスナーをリラックスさせて瞑想状態に誘導することが目的で、この音楽には抜群の効果があったんだ」
だが、安価な機材で安っぽいサウンドが量産されるようになると、このジャンルの評価は下がり、冷笑されるようになっていった。しかしながら、2000年代後半からアンダーグラウンドでニューエイジの再評価が起こる。
「このジャンルにもともとあった催眠効果のあるコード、アルペジオのベース・ライン、リバーブが染み込んだサウンドは、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー、ハイプ・ウィリアムス、Not Not Funレーベル、そしてリル・Bなども採り入れるようになった。確実に何かが起きている」
そうパンツは記し、“何か”を解明するためにヤソスに尋ねる。インタビュー自体は抽象的で精神的な話が多く、パンツ自身も言葉の意味するところを完全には理解できていないようだった。だが、そのことを気に掛けていないのが良かった。霊的存在からのメッセージや精神的な進化、ハイヤー・セルフ(より高い次元の自己)の投影といった話のはざ間に現れる、シンプルな感情や制作プロセスに“何か”のヒントはあったからだ。インタビューからそういった点を要約しよう。
ヤソスの頭の中では完全な音楽が鳴っていたが、それをバンドでは再現できずフラストレーションをためていたとき、マルチトラック・レコーダーを使って1人で制作する可能性を見出した。『Inter-Dimensional Music』(1975年)がその最初のアウトプットだが、そのときに頭で鳴っていたのは具体的な楽器音ではなく、奇妙な音ばかりだった。ヤソスは恍惚とした感情を音に乗せて売っているという自覚がある。愛、調和、恍惚とした感情が好きな人は自分の音楽に引かれ、怒りや悲しみを感じることが好きな人は自分の音楽に共鳴しないだろうと言う。また、未来の音楽としてヤソスが定義するのは、音楽を音としてだけではなく、色、感情、香りで体感し、そして地球上にはない感覚で感じ取ることだ。
『Inter-Dimensional Music』ヤソス(EM)
スティーヴ・ハルパーンの『Spectrum Suite』と本作が、ニューエイジ・ミュージックというジャンルをスタートさせたとヤソスは明言した。2005年に海外に先駆けて日本のEM Recordsがリイシューしたのは特筆すべきこと
これらは特殊なことを言っているわけではない。音楽のインスピレーションが降ってくることもヤソスは繰り返して述べているが、これも多くのミュージシャンが口にすることでもある。作曲と東洋神秘思想を学び、コメディアンとしても活動していたララージの音楽もニューエイジとして紹介されてきたが、ブライアン・イーノとの共演で有名になって以降、彼が主に取り組んできたのは“笑い瞑想”というワークショップだ。音楽とリラクゼーションのワークショップの発展であり、笑いが社会的な交流から生まれることを実践する場でもあるという。音楽はそこでより能動的な機能を果たす。
『Celestial Music 1978-2011』ララージ(All Saints)
ララージのアンソロジー盤。質屋で手に入れたオートハープを使ってストリート・ミュージシャンとして活動していたころの音源から、さまざまなアーティストとのコラボレーションまで網羅している
カルロスの最新作はミゲルとの『Chicago Waves』で、シカゴでのライブ録音だが、観客とともにヨガの深呼吸をする様子も収められている。瞑想を誘発する演奏であり、積極的に耳を傾けたくなる内容でもある。アンビエントは環境的なコンテクストの中で流れている音楽で、実際に聴いていなくてもよい音楽だが、ニューエイジは違う。ニューエイジ・リバイバルが起こったのも、アンビエントのクールネスが求められたからではなかった。先ごろ刊行された書籍『ニューエイジ・ミュージック・ディスクガイド』は、ヤソスやスティーヴ・ハルパーンからスタートする音楽の系譜を、DJカルチャーや日本の環境音楽、アニメのサントラにまでつなげて丁寧に拾い上げている。ここに取り上げられた膨大なディスクを見ていると、ヤソスのインタビューでの発言を思い出す。
「基本的にどのミュージシャンも、自分のそのときの状態を音楽に反映している。つまり、音楽は商人と同じだ。ミュージシャンが売っているのは音楽ではなく、音というお皿の上に乗せられた感情。私は恍惚とした感情を音に乗せて売っているわけだ」
恍惚とした感情の表現を更新してきたのが、ニューエイジ・リバイバルとそれ以降の音楽だった。以前も本連載でニューエイジについて触れたことがあるが、その当時(2014年)から随分と状況が変化した。そして今、ジャズ・ミュージシャンのような熟練者がこうした感情の表現へと向かっていることも感じている。それについては回をあらためて触れたいと思う。
『Chicago Waves』カルロス・ニーニョ&ミゲル・アトウッド・ファーガソン(International Anthem)
シカゴでの即興演奏で、ニューエイジ・ジャズとでも呼ぶべきサウンド。ジェフ・パーカーやマカヤ・マクレイヴンのリリースで知られるレーベルから発売された
『ニューエイジ・ミュージック・ディスクガイド』門脇綱生 著(DU BOOKS)
600枚のニューエイジ盤を掲載するディスク・ガイド。ヤソスやスティーヴ・ハルパーンからスタートする音楽の系譜を、DJカルチャーや日本の環境音楽、アニメのサントラにまでつなげ、丁寧に拾い上げる一冊だ。オール・カラー224ページで、細野晴臣×岡田拓郎らのインタビューも収録。ニューエイジ用語事典付き
原 雅明
音楽に関する執筆活動の傍ら、ringsレーベルのプロデューサー、LAのネット・ラジオの日本ブランチdublab.jpのディレクター、ホテルなどのDJや選曲も務める。単著『Jazz Thing ジャズという何かージャズが追い求めたサウンドをめぐって』ほか
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