『余白史』〜現在の記録としての“音”をアーカイブとして未来へ残す【第47回】realize〜細井美裕の思考と創発の記録

我々が思う“公園”の役割を問い直す日比谷公園の持つ歴史

 日比谷公園で新作『余白史』の展示が終了しました。東京都のプロジェクトで、現代美術作家の大巻伸嗣さん、建築家の永山祐子さんと、細井の3名による屋外展示です。

 お話をいただいてから、まず圧倒的なビジュアルの作品を作られているお二方と、音の作品がどのように共存すべきかを考えました。日比谷公園の歴史のリサーチから始め、公園に通ってたどり着いたのは、日比谷公園のサウンドスケープを公的に保管する、というリサーチ・ベースの作品です。

 日本初の洋風近代式公園として作られた日比谷公園は、我々が思う“公園”の役割を問い直すさまざまな歴史を持ちます。例えばまだ公園に花があれば盗まれる時代に、“花を盗まないくらいの公徳心を養う教育機関のひとつ”として花菖蒲、朝顔、菊しか見ていない人々にチューリップやパンジーを、しかも西洋花壇の形式で鑑賞させる(*)など、西洋の文化を受容するきっかけとなる場所としても機能していました。120年前の我々と花の関係は大きく変化したことに気づかされる……このように、公園は都市の余白としての機能だけではなく、なじみのないものとの関係性が変わるきっかけを生む場所でもありました。
(*)『日比谷公園一〇〇年の矜持に学ぶ』(進士五十八 著/鹿島出版会)より。

 私たちが求めずともあり続けると思い込んでいる公園は、都市の余白としても機能していて、少なくとも現在においては、日比谷公園が私たちにとっては公園であったことを記録したい……(戦時中は仮埋葬場、遺体処理場だった)。

『余白史』では、日比谷公園で記録した音を園内放送用のスピーカーから再生していた Photo:三ツ谷想

Photo:三ツ谷想

変化のために、変化しないものに落とし込む“記録”という行為

 時に音は、言葉や写真よりも瞬時に空間を想像させる力を持ちます。記録媒体としても十分機能する音を、現在の記録として、未来、また新たな関係性の変化に気づくためのアーカイブとして保存したい。音を個人的に保存することは誰だってできます。ですが私の寿命を超えて残すには、公的機関に協力いただくほかありませんでした。前例のないことながら方法を探っていただいており、東京都公園協会の“みどりの図書館”をはじめ、幾つかの公的機関へ保存の方向で進めています。展示自体は終了していますが、東京都、公園協会、運営チームの皆さまには引き続きお付き合いいただいています。このような人的リソースが必要な作品に向き合ってくださっていること、本当に感謝しています。

 私が記録や保管に魅力を感じるのは、記録という行為が、変化を想定した行為であるからです。変化のために、変化しないものに落とし込む行為。東京都の公園は2040年に向けてアップデートされていきます。日比谷公園内も既に工事が始まっていて、一区画ずつ、景色も音も変わっていく。

 測量のような保存を私がやるには知識と効率に難ありですし、前例のない今はまず“確かにそれは残したい”という感情を作ることが必要と考えました。そこで、私と違う世界の見方をしていて、信頼する友人たちに、極めて主観的な録音を依頼しました。録音をしたことがない人も、音の仕事をしていない人もいます。

録音は、音以外の作品を手掛ける作家の方にもオファー。青柳菜摘さんと下見で三笠山に登る

坂本龍一+高谷史郎『TIME』の公演終わりで夜、録音に来たZAKさん。ちょうど虫が鳴きはじめた時期だった

西洋庭園の研究者の近藤亮介さん、初めてレコーダーを触るの図

録音をする日本庭園の研究者原瑠璃彦さんと、サウンド・エンジニア東岳志さん。瑠璃彦さんはSOUNDFIELD SPS200、東さんは自作ステレオ・マイクと風向/風力計も!

 さらに、客観的な記録も残したく、会期中には、“音の百葉箱”での園内5カ所の常時録音や、約30点の同時多点収録、1Hz〜100kHzまでの可聴域外を含む録音、改修が始まる日比谷公会堂での64chのIR収録も実施しました(協力:小野測器、ヤマハ、九州大学)。

音の百葉箱のようなイメージで、園内5カ所に定点観測用のマイクを設置。箱の上面と中央のマイクの傘の上に設置した人工芝は雨粒のノイズを軽減する Photo:三ツ谷想

Photo:三ツ谷想

一般参加者20名と共に、日比谷公園内約30点の同時多点収録を実施。収録デバイスはAPPLE iPhone 14 Pro Maxで統一した。アプリは、SOUND ONE Sound One Recorderを使用

収録時に使った小野測器のFFTアナライザーCF-9400。公園内の10地点で、可聴域外を含む1Hz〜100kHzの音を収録した

サウンド・チェック中。イトウユウヤさんと伊藤隆之さん。YCAM安藤充人さんは遠隔で参戦

 彼らによる公園の音の記録は、公園の園内放送のスピーカーを通して実際の公園の音に積み重なるように、過去同時間帯に収録された音がランダムに再生され、この瞬間も長い公園の歴史のうちの一部であることを示しました。

 私がこの公園の100年前のサウンドスケープを聴いてみたいと思ったのと同様に、未来の人たちが聴きたいと思ったときのために、私はアーカイブを実施しました。

細井美裕『余白史』

  • 会期:2024年4月27日〜5月12日
  • イベント名:Playground Becomes Dark Slowly
  • 録音場所:都立日比谷公園(指定管理者:東京都公園協会)、日比谷公会堂
  • 録音:青柳菜摘、東岳志、安藤充人、伊藤隆之、イトウユウヤ、奥田泰次、小田香、葛西敏彦、近藤亮介、ZAK、鈴木淳也、須藤菜々美、土岐彩香、中原楽、原瑠璃彦、細井美裕、渡邉陽一、株式会社小野測器(三神圭司、内藤美桜、柏﨑紘)、株式会社Sound One(後藤泰宏、石田康二、古川裕彦、髙橋莉紗、髙橋洸生)、ヤマハ株式会社(棚瀬廉人)
  • キュレーター:山峰潤也
  • 主催:東京都(花と光のムーブメント)
  • 制作/運営:エイベックス・クリエイター・エージェンシー株式会社、株式会社ライツアパートメント
  • 協力:公益財団法人東京都公園協会

『余白史』は、未来の変化のための記録です。良い未来になりますように。植樹のためのドネーション・プラットフォーム《TREES FOR SAKAMOTO》、私も寄付しました(https://trees4skmt.org/

今月のひとこと:私のサンレコへの記録は今月で終了です。皆さんの記憶に記録されるような作品が作れますように! ではまた〜!

 

細井美裕

細井美裕
【Profile】1993年生まれ、慶應義塾大学卒業。マルチチャンネル音響を用いた空間そのものを意識させるサウンド・インスタレーションや、舞台公演、自身の声の多重録音を特徴とした作品制作を行う。これまでにNTT ICC無響室、YCAM、札幌SCARTS、東京芸術劇場コンサートホール、愛知県芸術劇場、国際音響学会AES、羽田空港などで作品を発表してきた。

関連記事