realize〜細井美裕の思考と創発の記録 第4回 Ars Electronicaでの新作「Vocalise」で試みた仮想と実在の交錯

無限の広がりを持つインターネットを
目の前の画面だけにとどめないために

 今回は9月9日に発表したArs Electronica Festival 2020 - TOKYO GARDENのための新作パフォーマンス「Vocalise」(ヴォカリーズ)について、詳細に記録しようと思います。なぜ詳細に記録したいかの理由は大きく2つ。一つはコンセプトをしっかり記録しておきたいから。もう一つは乱発する置き換え配信ライブの拡張可能性を探る様子を共有したいからです。こういった作品の取り組みが興業に何かしらつながっていくと信じています。私自身の作品としてはお金を生むものは作れないけれど、やり続けていたら小さい文明みたいなものは見つかるかもと思っています。

 

「Vocalise」概要

作家による無響室の中でのヴォカリーズを、残響を持つ空間へ伝送し再生。完成されたライブをインターネットにアップロードするのではなく、音を響かせるプロセスを会場にインストールし、ライブは最終的に物理空間で完成する。今回はNTTインターコミュニケーション・センター[ICC]の無響室から始まり、小野測器の残響室で完成。観客は、音が生まれてから響きを持って完結する過程を鑑賞する。

tokyogarden.jmaf-promote.jp

 

 技術的にはこの概要の通りなのですが、もう少し突っ込むと、インターネット上の作品というとどうしてもコンピューターの中にあるものに手を伸ばす(まさにイヤホンを端子に挿す)ような、あくまでも自分は自分の世界に変わらず存在していて、脳ではなくて感覚器(耳)だけがアクセスしているような気がしていました。実際の体験よりも俯瞰で、オブジェクトのように、情報を得るように扱っている。

 

 本来無限の広さを持つインターネットという会場が、最近は配信ライブという小さな箱の中で行われてしまっていることを打破しないと、作品としての表現としては軸が弱いなと思っていました(興業と作品の区別をしています。配信を否定しているわけではありません。FUJI ROCK FESTIVALの配信も楽しみました)。もっと脳が、よく言われる“没入感”とはまた別の没入……その作品の発生から完成までを想像させ、考えることによる没入ののぞき穴みたいなものを作ってみたかったのです。そういうこともあり、「Vocalise」のデザインや実際の映像はすべて“監視カメラの視点”で進めています。観客は、自分たちがのぞいているようで、のぞくことによってその先を考えさせられてしまっているわけです。

 

 音声は、一度インターネットに上げたものを物理空間に伝送し、その空間で響きを持たせるようにして、私たちの生きる世界とは別の“インターネットという会場にあるコンテンツにアクセスするか”、“インターネットを私たちの生きる世界の拡張として利用するか”の違いになるよう意識していました。世界中の特徴のある響きを持った空間へ無響室から伝送し、各地の伝送先で発生する響きを鑑賞してもらいたいというのがコロナ後にやってみたい形です。

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以前は「Lenna」の展示も行ったNTT ICCの無響室でアカペラ独唱

遠隔地と人間のインタラクションが
テレプレゼンスには必要

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「Vocalise」全体を監修したエンジニア、イトウユウヤ氏によるシステム図(転載はご遠慮ください)。上がNTT ICC無響室、下が小野測器残響室

 作品のシステム全体と映像を監修していただいたイトウユウヤさんによるシステム図を公開します。この図で分かるように、今回は無響室と残響室をつなぐのでスタッフが二手に分かれており、無響室音声と無響室映像をZoomで配信し、それを残響室側で受けて残響室音声、残響室アンビエンス音声を合体させ、YouTubeでライブ配信していました。

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小野測器の残響室の残響時間は、約10秒。アルバム『Orb』に収録した「Chant」ではこの部屋で歌い、残響も含めたサウンドを収音している

 こう書くと簡単ですが、実際は試行錯誤を経ています。映像にも身体的な要素を複数取り入れるようにしていて、まず私とスピーカーが向き合っていること(その二者の関係性を鑑賞者はどう見るか)。私と対比できるようスピーカーは人間の頭のサイズのものを使うこと。そして鑑賞者が、私自身ではなく“私と空間とインターネットの在る世界で起きている現象”をのぞき見ているような鑑賞をすることを目指しました。

 

 理想的には実際の残響室で鳴った音声をそのままモニタリングできたらよかったのですが、どうしても配信の遅延が発生してしまうので、AUDIO EASE Altiverbを使ってモニター・リバーブを作ってもらっていました。私はアルバム『Orb』の収録曲「Chant」をレコーディングした際にこの残響室をお借りしているので、そのときの響きの記憶を頼りに進められました。

Chant (feat. Shun Ishiwaka)

Chant (feat. Shun Ishiwaka)

  • Miyu Hosoi
  • エレクトロニック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

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配信にも強いエンジニアの蓮尾美沙希氏(写真右)が、残響室に似せたリバーブを調整してくれた

 5Gの時代に突入したらこの点が解決して、もっと身体的な、直感的な表現ができるはずです。世界中の各場所へ私の無響室音声をインストールしたとして、すべての会場のモニターを無響室で切り替えられるとしたら、確実に私と各地の空間の間でインタラクションが発生して、パフォーマンスが変化していくと思います。テレプレゼンスは実際の場所とは別の場所にインストールするだけではなくて、インストール先と自分のインタラクションが発生して初めてテレプレゼンスできる……コギト・エルゴ・スムなのではと思います。


 しかし本当にイトウさんのシステム図が美しいです(今、私のコンピューターの壁紙にしている)。大学でこれを描いてみる授業があったらいいですよね。単純に引き算したらよいものではなく、前後関係の整理など、すべて把握していないとできない。もっと長く活動されている作家の作品も手掛けているエンジニアの言動を、リバース・エンジニアリングしていくのは貴重な学びの機会です。

"Vocalise"がつないだ無響室と残響室それぞれの様子のダイジェスト・ムービー(Video by イトウユウヤ)

 

 来月も展示のコンセプトからインストールまでを記録します。ではまた〜!

■Vocalise
●Concept & Voice:Miyu Hosoi
●Anechoic Room:NTT InterCommunication Center [ICC]
●Reverberation Room:Ono Sokki Co.,Ltd.
●Sound System Direction:Toshihiko Kasai (studio ATLIO)
●Sound Engineer: Tsukasa Matsumura (Oasis Sound Design inc.)
●Assistant Engineer:Misaki Hasuo, Shimpei Ueda
●Streaming Produce:Yuya Ito
●Streaming:Narito Fukushima
●Design:Ken Hirose
出展協力:文化庁メディア芸術海外展開事業

 

細井美裕

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【Profile】1993年愛知県生まれ。慶應義塾大学卒業。大学在学中からボイス・プレイヤーとして数々の楽曲やサウンド・インスタレーションに参加。2019年、サウンド・インスタレーション作品「Lenna」とこの楽曲を含むアルバム『Orb』をリリース。同年、細井美裕+石若駿+YCAMコンサート・ピース「Sound Mine」を発表。メディア・アート作品の制作やオーディオ&ビジュアル・プロデュースも多数手掛けている

miyuhosoi.com

 

Lenna (HPL22 ver.) [feat. Chikara Uemizutaru & Misaki Hasuo]

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