開放型ヘッドフォンで外音を取り込み上下&センターの定位はスピーカーで補完
『ON PAROLE』@御茶ノ水RITTOR BASE、終了しましたが波乱の幕開けでした。詳しくはまだお伝えできないのですが、通常の作り方とは全く違う手法で制作しているため、1日目はシステムが安定せず、思うような結果に到達せぬまま開催することに(2日目以降は改善)。これまで経験した(自分以外の作品の)現場でも、初日以降にアップデートされることはよくありましたが、今回ほど落ち込んだことは無かったです……。無料、ワーク・イン・プログレスとはいえ、これでいいの?と思わせてしまうような時間にしてはいけない。初日明けてだいぶ食らって、悔やんでも悔やみ切れず。結局会期終了後にRITTOR BASEと制作チームのご厚意もあり再度会場を借りて、1日目に来てくださった方を再度ご招待する運びとなりました。大きな反省として、バックアップ・プランの選択を決断するタイミングの設定と実行がおざなりになっていたことが分岐点だったかなと思っています。この辺りについては私個人だけでなく制作チーム全体のリスクを把握していないと判断ができないことなので、次回以降もう少し各メンバーのお互い見えていないタスクと(例えばデータ受け渡しなどの)ホスピタリティを充実させねば……などと作家であることとはまた違う、テック系特有なのでしょうか、プロジェクト・マネージメント視点での反省があります。いやー。反省はこれくらいにして現場での発見を記録します!
予想以上にうまくいったことは、スピーカーとヘッドフォンの音のクロスオーバーです。従来の開放型ヘッドフォンはあくまでもヘッドフォンを着けているけど開放感がある、というところがポイントだったと思うのですが、今回は、外音を積極的に取り込むことを目的としていたので、開放型ヘッドフォンのドライバーと耳との距離を通常より大きく取ったものを採用しました。これが装着感含め素晴らしかったと思っています! もともとのヘッドフォンの装着感の良さもあり、これは継続して使用していきたいと思えるものでした。頭部に付けた位置測位のセンサーと、仮想空間内の音の処理もスムーズで可能性を感じています。
今回のシステムはTFL/TFR/TBL/TBR/FC/BC/BFL/BFR(すべてGENELEC G-One)、椅子の下にサブウーファーGENELEC 7040A、正面にサブウーファー7380A+ヘッドフォンでした。ヘッドフォンは左右の定位に強い代わりに上下方向とセンターが弱くなる傾向にあるため、スピーカーはそれを補完する目的でFCとBCに配置。今回はワーク・イン・プログレスということで、最大11アウトのうちスピーカーに使えるのは8アウトのため、この配置となりました。ちなみにFCは、TFL/TFRなどと同じライン上に置くと近い印象になったので、エンジニアの奥田泰次さんのアドバイスもあり、RITTOR BASEに常設されている日本音響エンジニアリングの音響拡散体ANKHをその前に置くことで緩和させました。
体験会ではアンケートも実施したので、検証として今後に生かそうと思っています。あとは、真っ暗ではない展示空間にもチャレンジしたい。やはり空間が黒であることがイメージにも影響している気がしていて、探ってみようと思います。今回の制作で実験するための音源素材は多くこしらえたので、これを次からセクションごとにブラッシュアップしてシステムを成熟させていこうと思います。その先に待つ表現を、首を長くしてお待ちいただけたらと思います。ご協力いただいた皆様、本当にありがとうございました!
環境にこだわる方々に楽しんでもらうために頭に“ドゥーン”と一発低音を入れた
新曲「EA9633」をリリースしました。ジャンルはテクノで登録。ジャンルって何をもって判断されて(配信の場合は作家側が決められます)受け入れられるんだろうと思っていたのですが、テクノ系のプレイリストに続々登録されたので、こちらの思想をやっと音でも表せたのかなあと思っています。毎度のタイトル読めない問題ですが、やはり曲のタイトルに意味を持たせることに抵抗があり、今回からジャケットの中の特徴的な色を表すカラー・コードの16進数にすることにしました。なんか恥ずかしいので秘密にしておいてください。今回はオレンジですね。これ、曲がオレンジのイメージというよりは、ジャケットのほかの色の中にあるオレンジのような存在、というイメージです。ちょっとストリートで反骨心ある、みたいな。色で記号にしちゃうというのはしばらく考えていたのですが、コンセプトを茂出木龍太さんに話したときに、16進数だとこんな感じだよ、と提案していただいて、意味の排除され具合がしっくりきたのでそちらにしました。ジャケットの色調整が終わらないとカラー・コードが確定しないので、入稿データと同時に茂出木さんからタイトルが送られてくるという不思議な決定フロー、面白かった! エンジニアの奥田さんとタイトルの話をしていたとき、アデルのアルバムは本人の年齢の数字だという話を聞いて、調べたら『19』からそれをやっていると!? 19歳の段階で渋めのコンセプトを決めてそれを今まで続けていると!? 誰が決めたか分からないけれど、大尊敬です。
音は、環境にこだわる方々に楽しんでほしかったので頭に“ドゥーン”と一発低音を入れています。数人から、しょっぱな適当なメディアで再生したのを後悔したと連絡がありましたが、そう思ってほしかった!ので良かったです。APPLE iPhoneやMacBookのスピーカーだと聴こえないところがあり、ヘッドフォンやイアフォンの方が作っていた音に近く聴こえるかもしれません。ちなみに、ジャケットに写っているのは奥田さんのスタジオの電源で、私がよく座っている椅子から見える景色をそのまま撮影していただきました。この電源が無かったら音鳴らないんだよな~と思ったり、どっしりしている感じにあこがれて。
今回はステレオ前提で作ってみたいなと思い、音楽として聴きやすい構成にしてみました。これまで、あまり一般に受けないであろう音を配信するだけで満足していた節がありましたが、実際に聴かれて、これはなんだ?となるところまで行かないと、日々リリースされる曲たちに埋もれるなとやっと気付きました。やっとだなあ。このラインの周辺を次も攻めてみたいなと思います。
来月は詳細を書きたい順番待ちの作品が幾つかあるので、整理して記録していこうと思います。そういえば先日、サックスの松丸契君の90分ノンストップ独奏を聴きに公園通りクラシックスに行きました。何かが起こりそうですね!!! これも秘密にしておいてください。ではまた~
『ON PAROLE』
ON PAROLE - work in progress
Sound Engineer : 奥田泰次(studio MSR)
Supported by Sony Audio team、RITTOR BASE、8%
Photo:廣瀬健
「EA9633」
Mix:奥田泰次(studio MSR)
Mastering:木村健太郎(KIMKEN STUDIO)
Artwork:茂出木龍太(TWOTONE)
Production:8%
細井美裕
【Profile】1993年生まれ、慶應義塾大学卒業。マルチチャンネル音響を用いた空間そのものを意識させるサウンド・インスタレーションや、舞台公演、自身の声の多重録音を特徴とした作品制作を行う。これまでにNTT ICC無響室、YCAM、札幌SCARTS、東京芸術劇場コンサートホール、愛知県芸術劇場、国際音響学会AES、羽田空港などで作品を発表してきた。