いざ入島! 感覚の隅々まで音を行きわたらせる展示〜「Theatre me」【第20回】realize〜細井美裕の思考と創発の記録

吸音のタイミングを指数関数的にコントロール。ハッとする瞬間を作ることを目指す

 ついに島入り! 設営はまさかの豪雨始まりでした。ただ、豪雨のおかげで観光の方はおらずフェリーは貸切、ゆっくり積み込みと荷下ろしができました(豪雨明けの日は遠足のルートになっていたようで小学生たちがわんさか)。設営メンバーのみならず、横須賀市役所、芸術祭事務局の方々にも力仕事をお手伝いいただきました、本当にありがとうございました。電気を使わない代わりに人力で、いろんなエネルギーを総合したら同じくらいなのではと思うくらい……。実は2日くらいで設営が終わる予定だったのが、トータル4~5日くらいかかってしまいました。なぜなら設営の大サビでトンガ沖火山の噴火による高波でフェリーが欠航。次に強風による高波でフェリーが欠航。内覧会も残念ながら中止となりました。島ですから!!!!!

 

 さて、今回の新作「Theatre me」ですが、設営時の発見が作品を強くしていきました。入島するまでは展示場所と同じ条件で準備することができないため、少しの理論武装と感覚で詰めていくしかありませんでした。心強かったのは静科さんにご相談したときにいただいていたアドバイスです。内壁5面のうち設置時に効果的な面についてお話を伺いながら、打ち合わせ後に反芻して、すべての面に(サイズと予算の関係で)ぴったりのパネルを付けられない=身体が弾薬庫跡内に入ったときに効果を感じやすい特定の位置にパネルを設置することで、吸音されるタイミングを指数関数的にコントロールできるのではと計画しました。すべての面に端から端までパネルが入っていたら弾薬庫跡の中に入るときの吸音された感は一定の感度で感じられるかもしれませんが、そうではなく、あるところから急に吸音されるように仕組むことができないか、という作戦です。特に今回の展示場所は1面が開口しているため、入り口はある程度外の音が入ってきます。ぼんやり音が消えていくより、ハッとする瞬間を作ることを目指しました。

 

 現場での苦労ポイントは、階段になっていて台車が使えないので手運び(展示会場は島の上の方)。傾斜が急なので台車でも危険。忘れものをしても陸にすぐに取りに戻れない。史跡と呼ばれるほど年数が経っているので計測時に見抜けなかったゆがみがある。電気が無いので電源を多く使う工具が使えない。ベニヤが重い。雨で滑る。落ち葉の掃除(大量)。寒い。などです。設営後、腰がぶっ壊れました。

 

 現場での一番の発見は、展示場所が円形で、ほぼ等間隔で弾薬庫跡が円形の壁沿いに掘られているのですが、例えば展示場所入り口側の弾薬庫跡内はフェリーのエンジンの重低音が驚くほど鳴り響き、逆にその対面の庫内では木々のさらさらした音や鳥の鳴き声がよく聴こえるなど、すべての弾薬庫跡内での音の特徴の違いが想像していたより顕著だったということです。

資材を台車で運ぶ筆者。島内ではすべて手作業で運搬を行った。

資材を台車で運ぶ筆者。島内ではすべて手作業で運搬を行った。入島から設営の様子は下の動画で視聴可能

想像を膨らませる高解像度の低音。音の特徴が抽出され脳内で地図ができていく

 設営の流れとしては、すべて板ものの状態で展示場所へ運び、一つの部屋ずつ床面以外の箱を組み立て、ところてんのように庫内にその箱を押し入れる。仕上げに床をはめ、外観を整え、受聴スウィート・スポットを設定する、といったところです。

板状のまま運び込み、現地で組み立てを行う

板状のまま運び込み、現地で組み立てを行う

まずは床面以外を弾薬庫跡外で組み立ててから庫内に押し込み、最後に床面をはめて設営していく

まずは床面以外を弾薬庫跡外で組み立ててから庫内に押し込み、最後に床面をはめて設営していく

 今回島での設営に入るまでは、現場で大きな変更はできないため、造作勝負なのではと思っていたのですが(私が現場で調整するすきが無いのではと思っていた)、見当違いを恥ずかしく思うほど、スウィート・スポットの設定で印象が大きく変わりました。トンネル状の1庫以外は屈まないと入れないサイズで、その庫内奥行き約160cmのうち、どの辺りにおしりを置いてもらうかの検討に時間をかけました。会場に行ってみるとそれぞれ結構異なる場所にスウィート・スポットが設定されているのに気付いていただけるかもしれません。想像しづらいかと思うのですが、とにかく低音がすごい! ただローがでかいということではなく、解像度の高い低音! 聴かせるための低音ではなく、動きを感じる、想像を膨らませる低音です。ドゥンドゥンに隠された解像度を体感してほしいです。フェリーの到着もしくは出発のタイミングになると轟音と言っても良いほどのうなりに出くわします。昔zAkさんのアシスタントをしていたときに、代官山UNITでOPNのPA中、ブース内の邪魔にならないところに小さくなっていたのですが、それがフラッシュバックしました。ほかにも横須賀基地の離着陸、不思議な鳴き方をする鳥(変なのが2種類いました)などなど。庫内が極端に狭いためか、遠くの音のはずなのにものすごく近くで感じる不思議があります。

弾薬庫跡の展示床面まで設置が完了した状態
奥行きは約160cmで、庫内から外を見ると写真右のような視界となる
弾薬庫跡の展示床面まで設置が完了した状態(写真左)。奥行きは約160cmで、庫内から外を見ると写真右のような視界となる

 砲台として使われていた当時は周辺の見晴らしも良かったのだと想像されますが、今はもう木が生い茂り、自分が島の中でどこを向いているのか、周辺に何があるのか、聴こえているのが何の音なのか目では分からない状態です。ですが吸音パネルで適度に音の特徴が抽出されていること、視界がスクリーンのように一部切り取られていることによって、脳内で地図ができていく(それも立体で)様子を個人的には達成できて、島に助けられたなあという気持ちでほかほかしています。その地図が正しいのか正しくないかは重要ではありません。

 

 帰り道、フェリーを待っているときにエンジンの音を聴いて、設営チームと“これかー!”となったのはうれしかったです。展示場所では島の心臓の音のようにも聴こえたけれど、独特なリズムで鳴っていたので覚えているものだなあと。感覚の隅々まで音を行きわたらせる展示になったら良いなと思います。

 

 会期は3月6日まで(金土日の日没後のみ)です。苦労と発見が詰まった展示、是非に! 猿島でお待ちしております。

 

 最後に別件ですが、2019年から継続させていただいていたNTT ICC無響室での展示「Lenna」が2月27日で終了します。連続展示された作品が近いうちにまたすぐ戻ってくることはないと思うので、あの体験はこれで最後なのではと覚悟しています。もしこの記事をここまで読んでくださってまだ体験していない方は、無響室という場所を見に来るだけでも、騙されたつもりで足を運んでいただけたらとてもうれしいです!(入場無料、予約制)。 ではまた~!

 

Sense Island -感覚の島- 暗闇の美術島 2021

会期:2022年1月22日(土)~3月6日(日)

https://senseisland.com/

CREDIT
Theatre me(2022)/細井美裕
吸音パネル協力:株式会社 静科
施工:スーパー・ファクトリー株式会社
渋谷清道、鈴木隆行、岡崎彩加、緒方圭太、織原ゆき、山田大輔、竹内なぎさ

細井美裕

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【Profile】1993年生まれ、慶應義塾大学卒業。マルチチャンネル音響を用いた空間そのものを意識させるサウンド・インスタレーションや、舞台公演、自身の声の多重録音を特徴とした作品制作を行う。これまでにNTT ICC無響室、YCAM、札幌SCARTS、東京芸術劇場コンサートホール、愛知県芸術劇場、国際音響学会AES、羽田空港などで作品を発表してきた。