第一線で活躍するエンジニアに毎月お薦めの新作を語ってもらう本コーナー。小泉由香氏の今月のセレクトは、サム・スミス『ラヴ・ゴーズ』、アリアナ・グランデ『ポジションズ』です。
サスティン豊かに伸びる重たく響くリズム音源と
男性ボーカルの共存を見事にコントロール
サム・スミスによる3年ぶり3枚目の新譜は、新型コロナ・ウィルスの世界的流行により5カ月遅れで発売になりました。プロデューサーにはシェルバック、スティーヴ・マック、ジミー・ネイプスらを迎え、共演もラビリンス、デミ・ロヴァート、カルヴィン・ハリスなど豪華です。
今まではバラードを中心にアルバムが作られていましたが、本作はアップテンポなナンバーが多く収録されています。必然的にリズム隊やオケの割合が高くなったため、前作『スリル・オブ・イット・オール』よりボーカル・バランスは低めです。サスティンが豊かに伸びて重たく響いているリズム音源を多用すると、男性ボーカルとの共存が周波数帯域によっては難しいこともありますが、本作は見事にコントロールされています。
音数の少ないトラックとボーカルの構成
各パートがはっきりと輪郭のある音色を保っている
自身に加えて、トミー・ブラウン、シェイ・テイラー、ラスカルズなどがプロデュースしたアリアナ・グランデの6thアルバム。ミックスはサーバン・ゲネアが務めています。ゲストには、ザ・ウィークエンドやドージャ・キャット、タイ・ダラー・サインが参加しました。
4thアルバム『スウィートナー』よりも天井が若干低めに作られていますが、ボーカルの息の部分を高域の頂点とするピラミッド型の音場は変わっていません。音数の少ないトラックとボーカルの構成で課題となるレベル感をクリアしつつ、各パートがはっきりと輪郭のある音色を保っています。お互いが食い合わない距離感と周波数帯域のすみ分けが、それらを成立させているようです。
小泉由香
【Profile】マスタリング・スタジオ、オレンジ主宰。音楽愛に裏付けられた丁寧な仕事で信頼が厚い、日本を代表するマスタリング・エンジニア
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