老舗オーディオ・ブランド初のモニター・スピーカー用スタンドをマスタリング・エンジニアの森﨑雅人氏がレビュー
オーディオ・ボードやインシュレーター、オーディオ・ラックなどの製品で、40年にわたってオーディオ・ファンから親しまれている老舗ブランドTAOC(タオック)から、TAOCスタジオワークスシリーズとして、モニター・スピーカー用スタンドのMSTP-S(スタンダード)シリーズとMSTP-W(ワイド)シリーズの2種が発売された。これまでリスニング用途のスピーカー・スタンドはラインナップしていたが、音楽制作に向けたシリーズは同ブランド初となる。そこで本稿では、オーディオ少年だったころからTAOC製品に慣れ親しんできたというマスタリング・エンジニアの森﨑雅人氏を招き、弊社リットーミュージックの多目的スペースRITTOR BASEにて試聴していただいた。スピーカーは森﨑氏が普段使用しているADAM AUDIO S3Vと、同メーカーのニアフィールド・モデルA7Vだ。併せて、スタンドと同じく音楽制作用に開発されたインシュレーター、MSIP-14GS8もチェック。TAOCの技術が凝縮されたTAOCスタジオワークス製品は、マスタリング・エンジニアの耳にどう響いたのだろうか。
撮影:八島 崇(*除く)
振動減衰という特性を持つ鋳鉄
TAOCブランドの母体であるアイシン高丘は、自動車部品の世界的サプライヤーだ。ブレーキ・ディスクやエンジン・ブロックなどで知られているが、その核となる技術である鋳鉄(ちゅうてつ)こそ、TAOC製品の特徴でもある。では、“鋳鉄”とは何か? TAOCの杉田岳紀氏にご解説いただいた。
「鋳鉄は、鉄を砂の型に流し込んで形を作るという青銅器時代からある古い技術です。その方法も幾つかあるのですが、私どもでは普通鋳鉄という方式を用いています。この鋳鉄には振動を吸収する振動減衰と呼ばれる特性があります。私どもの鋳鉄技術は振動の少ないブレーキ・ディスクを製造できます。それをオーディオに応用したTAOCは1983年から始まり、今年2023年9月に40周年を迎えます」
何かが振動すれば、そこには音が生じる。それは音楽に必要な場合もあれば、阻害する要因にもなりえる。そこで不要な振動を抑えて良い音を提供するというのがTAOCの基本コンセプト。では、これまでオーディオ・ファン向けの製品を開発していた同ブランドが、なぜ音楽制作シーンに目を向けたのだろうか。TAOCの南祐輔氏に教えていただいた。
「タックシステムでスタジオ・システムの設計/施工をされている小守(克彦)さんから、MAや音楽制作に適した特注スタンドのお話をいただき、現場の意見や音質を基にワンオフで設計/製作しました。その後も、さまざまな用途の特注スピーカー・スタンドをワンオフで製作させていただき、設計と検証を繰り返す中で、プロ・オーディオ向け製品の必須特性について徐々に確信を持つことができたのです。また、Rock oN Companyさんともご縁があり、愛知県豊田市にある当社ラボでの最終調整までご協力いただき、スタジオワークスとして商品化する運びとなりました」
こうして誕生したスピーカー・スタンドは、天板が220×250mmのMSTP-Sシリーズと、500×320mmのMSTP-Wシリーズの2種類。共に高さは900/1,000/1,100mmの3種が用意されている。両者共通の注目ポイントは、まず天板が3重にした鉄板を溶接した構造になっていることだ。従来のTAOC製スタンドの天板は2重構造だったが、新たに3重に溶接することでより制振効果を高めている。また支柱内には自社工場から採取した鋳鉄粉(ちゅうてっぷん)を封入。鋳鉄粉とは鋳鉄製造工程で発生するカーボンを多く含む微細な粉末であり、TAOC独自の基準による均一性の高い鋳鉄粉を使用し、振動エネルギーを熱エネルギーに変換する仕組みだ。
さらにMSTP-Wの天板には制振子と呼ばれる棒状の部品が下側に取り付けられている。この中にも鋳鉄粉が封入されており、天板を制振子の重さで引っ張ることで振動を抑制。こうしたさまざまな工夫が音にどのような影響を与えるのか、以降で森﨑雅人氏による試聴の模様をお届けしよう。
ピークがなく音符の長さも正確
今回使用したスタンドは、高さが1,000mmのMSTP-S10HBとMSTP-W10HB。MSTP-S10HBと組み合わせたスピーカーはADAM AUDIO A7V、MSTP-W10HBは同社S3Vだ。S3Vは森﨑氏が拠点としているマスタリング・スタジオ、ARTISANS MASTERINGに常設されている3ウェイ・モデル。また、A7Vは同メーカーの2ウェイ・タイプであることで選択された。試聴音源は森﨑氏が新旧および洋邦を織り交ぜた8曲を用意。自身がマスタリングを手掛けたiScreamの「ホワイト・ラブ」も含まれている。
試聴に先だって、まずは森﨑氏にスピーカー・スタンドの着目点について伺ってみた。
「幾つかありますが、重さ、剛性、材質、高さなどですね。木製は金属製に比べて軽い場合もありますが、しなやかな音になる傾向があります。一方、金属は重くて制振性はあるものの、金属特有の音色キャラクターが音に影響する場合もあり注意が必要です。例えばスピーカーの出音がキンキンした音になった場合、その部分を抑える処理を行うため、仕上がりは逆に高域の輝きや艶などが不足してしまいます。オーディオ・リスニングではプレイバックの音が良ければそれで完結しますが、音楽制作ではスピーカーの出音に仕上がりが左右されるので、バランスの良さが重要です。高さは、2ウェイであれば耳の位置にツィーターが、3ウェイならスコーカーがくるようなセッティングがよいと思います」
試聴は、MSTP-S10HB+A7Vからスタート。2曲聴いた時点で早くも「いい鳴りですね」と森﨑氏。全曲聴き終わったところであらためて感想を伺ってみた。
「金属のキャラクターが影響している印象がなく、高域のピークがないのは驚きでした。すごく聴きやすかったです。音楽制作では音符の長さの再現が大事で、例えばキックを“ドン”という音で録ったら、スピーカーからも“ドン”と出てほしいのですが、それが“ドーン”や“ド”の状態でEQやコンプの処理を行っても望んだ楽曲になりません。そのため音符の長さに着目して聴いてみたのですが、このスタンドは自分のスタジオで聴いているときに近いタイム感になっていました」
今回、2種類のスピーカーを隣に並べて配置したが、森﨑氏自身は普段、この配置を避けるようにしているとのこと。
「隣のスピーカーが壁となって奥行きや広がりを阻害してしまう懸念があるのですが、今回は隣のスピーカーが気にならず、ステレオ・イメージも奇麗に広がっていました。歌詞も含めて、演奏の細かいところまで聴こえますね」
続けて、MSTP-W10HB+S3Vも試聴していただいたところ、こちらも同じく高評価だった。
「MSTP-S10HB+A7Vと同じ印象です。同じ写真をそのまま拡大したような感覚ですね。ピークはありませんし、音符の長さも正確でステレオ・イメージも見事に広がっています。鳴らすのが難しい低域の成分が多い曲も問題ありませんでした。「ホワイト・ラブ」はまさにS3Vでマスタリングしているのですが、バッチリでしたね」
さらに森﨑氏はインシュレーターのMSIP-14GS8を併用してチェック。各スピーカーのフロント側に2個、リア側に1個を使用したセッティングだ。
「インシュレーターの材質によっても音のキャラクターは変わるのですが、MSIP-14GS8の場合は、スタンドに直接置いたときと方向性は同じですね。その上でセンターの解像度が増した印象を受けました。声のニュアンスがより細かくなって歌詞が聴き取りやすくなりました」
短辺を前にするとより好印象に
さらに森﨑氏は「ここまでは天板の長辺を前にしていましたが、スタンドを90度回転させて短辺側を前にしてみましょう」と新たな設置方法を提案(インシュレーターは外した状態)。実際に試してみると、さらに評価が上がった。
「低域が伸びてより自然になった印象です。キックはこちらのほうが鳴りが良いですね。このセッティングの方がより自分のスタジオの音に近いかもしれません。音量が1dBくらい上がったように感じます」
これはまさに幾多のスピーカー・セッティングを試してきた森﨑氏ならではのアイディアだ。
「スピーカーの調整は、やれることは全部試してみたほうがよいと思います。例えば、今回は天板からバッフル部分だけがはみ出るように置きましたが、これを完全に天板の中に収まるように置いても音は変わります」
最後に、試聴結果について森﨑氏にまとめていただいた。
「スピーカーを何かに載せると、音はその場所から何らかの影響を受けることになります。空中に浮いているわけではないですからね。もし影響を受けるのであれば、プラスに働いてほしいのですが、その意味でMSTP-Sシリーズ、MSTP-Wシリーズ、そしてMSIP-14GS8のいずれも、音楽的な躍動感や熱量、勢いのある音を聴くことができました。嫌な音色キャラクターは感じさせず、気持ちいい音へ自然に変わってくれましたね。これはすなわち、今回試したADAM AUDIOのスピーカーの良さを発揮できるスタンドであったということですし、ほかのブランドのスピーカーを使っても、その良さを引き出してくれるスタンドと言えるでしょう」
森﨑雅人(Masato Morisaki)
1995年音響ハウスに入社し、2000年からサイデラ・マスタリングで17年間チーフ・エンジニアを務める。2018年からはTiny Voice, Productionに所属し、ARTISANS MASTERINGをローンチ。トム・コイン氏がマスタリングを担当したDOUBLE『Crystal』を10万回以上聴きこみ、独学でマスタリング技術を習得した異色の経歴の持ち主。