水曜日のカンパネラ × 加納洋一郎 〜今月の360 Reality Audio【Vol.11】

水曜日のカンパネラ × 加納洋一郎 〜今月の360 Reality Audio【Vol.11】

ソニーの360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)は、360立体音響技術を使用した音楽体験で、全方位から音に包み込まれるようなリスニングをもたらす。今回は、水曜日のカンパネラ『ネオン』をピックアップ。ここでは、全8曲の360 Reality Audioミックスを手掛けた加納洋一郎氏へのインタビューを行った。収録曲の「エジソン」「バッキンガム」「一寸法師」の制作手法を中心に、加納氏の制作環境や360 Reality Audioならではの表現方法についても解き明かしていこう。

Photo:Hiroki Obara 取材協力:ソニー

今月の360 Reality Audio:水曜日のカンパネラ『ネオン』

『ネオン』水曜日のカンパネラ

水曜日のカンパネラ『ネオン』(ワーナーミュージック・ジャパン)

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※360 Reality Audio版はスマートフォンで試聴可能です

どの位置にどの楽器を置いたらおいしいかを大事に

 『ネオン』の360 Reality Audio制作を手掛けた加納洋一郎氏は「以前からイマーシブにすごく興味がある」と話す。

 「これまでもいろいろなイマーシブのフォーマットで実験的な制作をしてきました。『ネオン』の360 Reality Audio制作は、山麓丸スタジオさんからオファーをいただきました」

 ワーナーミュージック・ジャパン、山麓丸スタジオ、加納氏が協力して実現した『ネオン』の360 Reality Audio化。作品の詳細に迫る前に、まずは加納氏の制作環境を尋ねよう。

 「僕のイマーシブ・ミックスのスタイルは、自宅でヘッドホンを使って仕込み、スタジオのスピーカーで確認するという流れです。今回は山麓丸スタジオで聴いて確かめました。ヘッドホンはOLLO AUDIO S4Xとイマーシブ向けの後継機種S5Xを使用しました。イマーシブに特化したヘッドホンとしては、最近発売されたソニーのMDR-MV1も試してみたいですね。360 Reality Audioはヘッドホンやイヤホンで聴く方が多いので、360 Reality Audioの利点が出せる定位をヘッドホンの中で模索します。全天球のどの位置にどの楽器を置いたらおいしいかを大事にしながら、1曲ごとにリバーブの使い方や低音の聴かせ方などを変えて楽曲に合わせたミックスをしました」

Engineer|加納洋一郎

加納洋一郎

【Profile】ミキサーズラボを経てフリーランスのエンジニアとして活躍。泉谷しげるやLM.Cなどの作品を手掛ける。また、映画『サマーウォーズ』などの劇伴や、Blu-rayのサラウンド・ミックスにも携わっている。

前後の配置+上下のリバーブで広がりを出す

 ここからは具体的な手法を聞いてみよう。まず加納氏が話したのは「エジソン」について。

 「ボーカル・オブジェクトはモノラルで中央に配置しています。オブジェクトを配置するときにElevation(高さ)の値を少し変えるだけでも歌の表情が変わったりするので、ほかの楽器の音色や曲に合わせて調整しますね。曲によってはボーカルをステレオで配置する場合もあって、その2つのオブジェクト間の距離も曲によって変えています。“歌が真ん中じゃなきゃいけない”という決まりもないですし、歌を上から降らせるというのも場合によってはいいと思います」

 そして、加納氏が特にこだわった音作りのテクニックが、リバーブの使い分けだという。

 「全天球の上層、中層、下層にリバーブ成分のオブジェクトを配置して、曲や展開ごとに使い分けています。リバーブは後から足しているのですが、基本的に元のステムにもエフェクトがかかっているので、そこへ追加でリバーブがかかると元の音がぼやけてしまいます。なので、ステム自体にかけるのではなく、リターンしたリバーブ成分のみを独立したオブジェクトとして定位させています。原音のオブジェクトが中層にあっても上層のリバーブを使うこともありますし、アプローチしたい空間に合わせてリバーブを使い分けます」

 空間に包まれるように広がるパッドも、リバーブを駆使した音作りを施している。

 「パッドは前後にオブジェクトを配置しました。加えて、リバーブを上層と下層で使うことで、前後と上下の面積を同時に広げて全方向にふわっと広がる感じになったと思います。音を表現するときには点で定位させると見えやすいので、見せたい音は点や面で置いて、パッドや仕掛けとなるリバーブなどは、外へ広がっていくようなアプローチをしています」

 実音の配置場所についてはこう話す加納氏。

 「360 Reality Audioでは楽曲のテンポやアレンジ、音色によって、置きやすい、聴きやすい定位があるので、音楽として聴いたときに楽しいと思える場所を模索しています」

360 Reality Audio ミックス・テクニック

水曜日のカンパネラ「エジソン」の360 WalkMix Creator™画面

水曜日のカンパネラ「エジソン」の360 WalkMix Creator™画面。加納氏は収録曲それぞれで、楽曲に合わせた異なる手法のアプローチを展開した。「エジソン」では、ボーカルはモノラルのオブジェクトとして配置。空間に広がるパッド系音色は、前後にオブジェクトを配置し、上/中/下層のリバーブによって全体に広げたという。リバーブの使い分けやキックとベースによる低域作りは下記ポイントで詳細を紹介する

Point 1:階層を作って使い分けるリバーブ

階層を作って使い分けるリバーブ

 リバーブのリターン・トラックをオブジェクトとして上層(グレー)、中層(青)、下層(緑)に分けて配置。常にすべてを使用するわけではなく、使われている音色や曲の展開に合わせて上層だけ、中層だけ、といった使い方も行っているという。そのほかボーカルにはリバーブ・プラグインLIQUIDSONICS Seventh Heavenによる7.0.2chのマルチリバーブ(紫)を用意。歌詞に合わせてオン/オフを調整している。

Point 2:キック&ベースによる低域作り

キック&ベースによる低域作り

 サブウーファーを使わない360 Reality Audioにおいて低域を増強するテクニック。ベースやキックによる低域成分をWAVES Renaissance Bassで増やし、そのエフェクトのリターン用のオブジェクトを球体下方に配置。増加する周波数帯域をベースとキックで異なる値に設定することで、両者の差別化をしているという。紫がベース、青がキックの実音で、茶色とオレンジが低域成分のリターン用オブジェクトだ。

空間を残すとオブジェクトの動きが見やすい

 次に語られたのは「バッキンガム」の制作手法だ。

 「この曲はなるべく空間が見えるようなアプローチをしました。360 Reality Audioの場合、音の配置を分散させることでスピーカーの稼働率も分散するので、解像度が上がる気がします。「エジソン」に比べるとベースの位置は少し上です。下に定位させるほどフィルターがかかったような音になるので、キックとの関係性も考慮しながら配置を変えます。ボーカルは、空間が外へ広がるように、サビ前の展開でマルチリバーブのLIQUIDSONICS Seventh Heavenを深く長めにかけました。そうして全体に歌が広がる宇宙的なアプローチをした後に、ズバッと切ってまた前に戻しています。リバーブの使い分けをすることで広がりとまとまりを出せるのは、イマーシブならではのアプローチです」

 「一寸法師」では先述の2曲とはまた違うアプローチを展開した加納氏。全体の配置についてこう話す。

 「この曲は音色同士が離れない方がまとまりが出て元の2ミックスに近い感じがしたので、ほかの曲よりオブジェクトを密集させました。上下の空間にはエフェクト成分はあるものの、実音はあまり置いていません。空間を残すことによって、オブジェクトがパッと動いたときに見やすくなるというメリットもあります。360 Reality Audioのフィールド上でギミックを楽しむには、常に動かすよりも瞬発的に動いた方が効果が大きいです。例えばサビ前では、歌詞に合わせてボーカルを前後左右に飛ばして遊びを作りました。ほかにも、次の展開に進むときにライザーが下から上がっていくようにしてサビに向かう高揚感を高めた部分があります。ボーカル用のマルチリバーブは「一寸法師」でもSeventh Heavenを使っていて、7.0.2chで広げて、歌詞に合わせてリバーブを付けたりなくしたりしました」

音質が良いのでトライしたいことが多い

 最後に加納氏は、360 Reality Audioでの表現の魅力と今後の可能性についてこう語った。

 「360 Reality Audioのメリットは奥行き感だと思います。また、下にサブウーファーでなくフルレンジのスピーカーを置くので、下から低音以外を聴かせることもできるんです。下の方にボーカルのオブジェクトがあるような表現があってもいいと思いますね。360 Reality Audioは音質もすごく良いのでトライしてみたいことが多いです。360 Reality Audio制作をレコーディングから手掛けることができたら、バウンダリー・マイクを置いてみるなど、立てるマイクが多くなるでしょうね。そういうアプローチができるアーティストとタッグを組んで、アイディアを出しながらやってみたいとも思います」

360 Reality Audio 公式Webサイト

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