ヒビノインターサウンドが、取扱製品であるDPA Microphonesを軸にフィールドレコーディング・エンジニア河村 大 氏を迎えたトークイベントを過日開催。森、海、花火の3つをテーマとし、フィールドレコーディングの奥深さが語られた。ここではその内容の一部をお伝えしよう。
まずは虫対策、湿気対策、雨対策が大事
冒頭で、相手役を務めるヒビノ斎藤英夫氏が“フィールドレコーディングで大事なものは?”を尋ねると、河村氏は、機材や録音手法の話ではなく、虫対策について語り出した。
「フィールドレコーディングをされる方はご存じだと思うのですが、虫対策、湿気対策、雨対策。とにかくそれに尽きると思うんですよね。今一番お薦めなのは富士錦赤函。ブヨやアブ系の虫が来なくなるのですごく助かっています」
森の“ざわめき”を録りたいならスキー場がおすすめ
防虫や、収録時の服装など装備のトピックに続き、録音のシチュエーションごとに話が進んでいく。まずは森のフィールドレコーディングについてだ。
「私の場合、“ポジショナル音”と“グローバル音”の2つに完全に分けて考えています。グローバル音はその場所の世界観をそのまま収めるもの。ポジショナル音は単体の音のことで、森の中であれば特定の木のざわめきなどです。このどちらを中心に録っていくかで、録音機材を選定していくんですよ。その場の空気感を録るために、グローバル音は絶対に必要。また、その場の音量も計測します。スタジオに録音データを持ち帰ってきたときに、計測した音量と同じ値で再生するのが正解になるというわけです」
現在河村氏がグローバル音を録る上で愛してやまないマイクは、DPA Microphones 4006だという。
「ペンシル型マイクをいろいろ試してみて、単一指向性のDPA Microphones 4011も耳で聞いている音に近くて良かったのですが、無指向性の4006を選択しました。指向性をつけたい場合はパラボラを使います。私はフィールドレコーディングにおいて、耐久性というのを何よりも大切にしているのですが、DPAのマイクは高級で繊細というイメージもありますけど、耐久性は今まで使ってきた中で一番だと思いますね」
河村氏はさらに4006を気に入っているポイントとして、“先端のスリットを変えるだけで音を変えられる点”を挙げた。音源や場所、距離などに合わせて取り換えるそうで、いろいろなマイクを持っていくよりもはるかに楽とのこと。続けて、森を録る際のポイントを語った。
「森の“ざわめき”を録りたいなら、僕は森の中に入るよりも、スキー場をおすすめします。スキー場のように上が開けたようなところのほうが、“ざわめく”んです」
ここで斎藤氏が“森の音を録る際のコツ”を尋ねると、河村氏は「距離感と角度ですね」と答えた。
「ヘッドホンを外してじっと耳を澄ましていると “うねり”が聴こえてくるんですけど、30秒から1分待つと大体そこから風が吹いてくるので、そこを正面にするとマイクが吹かれないし、良いざわめきが録れます」
河村氏は森のざわめきを録音する際に、いろいろなマイクを比較検証したそうで、ものによっては完全に吹かれてしまったり、草のざわめきが録れていなかったりしたという。一方でDPA Microphonesのペンシルマイクは優秀な製品が多かったようだ。
「4006は鳥の鳴き声まできちんと録れていて、4011も“葉っぱのこすれ”が収音できていました。2015も草の音が録れていて優秀でしたね」
サンゴ砂の“シャラシャラ”はマイクを水中に埋めて録る
続いては、海や波のフィールドレコーディングについて。スタンダードとなるような決まった手法はなく、どんな音を録りたいかによってやり方は変わってくるそうだ。
「海辺で寝ているシーンで使いたいのか、ただただ波の音を聴きたいのか、やり方はどういうシチュエーションでその音を使いたいかによって変わります。砂浜って玉砂利、砂利、砂、サンゴが大きいところ、土が混じっているところ……いろいろな種類があるんですけど、サンゴ系の場合はやっぱり寄って録った方がいいですね。千葉や御宿の方の海なら、引きめで録った方がよかったりします」
引き潮か満ち潮かでも音が変わってくるそうで、どんな音を録りたいかによってタイミングを調整するという。
「“ザッパーン”というような強い波を録りたいなら、満ち潮のときの向かってくる途中の波を録った方がよくて、“チャパーン”という南国風の穏やかな波を録りたいなら、引き潮がいいんです。たゆたゆしたような穏やかで奇麗な波は、満潮になって潮が一瞬止まるときに録れます」
サンゴ砂の場合で、波で砂がシャラシャラするのを録りたいときに、水中にマイクを入れてしまうこともあるそうだ。
オーディオフォーマットは32ビットフロート/48kHzが基本
森、波と順に語られたところで休憩を挟み、第二部へ。河村氏は、休憩時間中も熱心な参加者たちの質問に対応していた。第二部冒頭ではフィールドレコーディングの準備やオーディオのフォーマットについてから話がスタート。
「準備として絶対にしなくちゃいけないのは、家を出る直前に一回全部組んでみること。そうしないと必ず忘れ物が出ます。今SDカードはSDXC一択で、64GB以上128GBまで。それ以下それ以上だと、エラーが起きることが多いです。オーディオのフォーマットは、現状32ビットフロート/48kHzが基本。96kHz、192kHzも全部試しているんですけど、良い音過ぎて聴いたときにハイカットしなくちゃいけないのが残念で。でも、町のガヤや花火のような人工的なものは96kHzで録りますね」
花火の低音はマイクを地中に埋めて録る
ここから話は、今回のセミナーの大きなテーマである“花火のフィールドレコーディング”へ。気を付けているのは、花火とマイクとの距離が一定になるようにすることだという。できるだけ寄りで録るようにしているが、大きな花火の場合は引きで録った方がよいそうだ。
「尺が大きい花火玉は音が強いので、離れた方が花火っぽい音になるんですよ。長岡花火は3尺で500〜800m上空まで上がるものがあって、そういう場合は300〜500mくらい打ち上げ地点より離れると低音と高音のバランスがいいですね。花火をマイク1本で録りたいのであれば、DPA Microphones 5100が一番おすすめ。花火の高い音から低い音までバランス良く録れます。イマ—シブの場合は5100の上に4011を上に向けて取り付けて録ります。この2つは親和性が高いので奇麗にまざりますね」
河村氏は、複数のマイクで役割分担をさせて花火をレコーディングする。“ヒューッ”という昇り竜は、主音を収録しているマイクたちより少し下がったところにパラボラを置いて収音するそうだ。
斎藤氏が「花火の“ドーン”という低音部分はどのように録音するのか」と尋ねると、河村氏は「マイクを地中に埋めるんです」と返した。
「花火が上がったときに地面が震える感じを出すにはどうしたらいいのかを考えていて、試しに立ち入りがギリギリ許されるくらいの位置で、地中にハイドロホンを埋めてみたら“まさにこの音だ!”と。面白いことに、埋める場所が砂地なのか、泥なのかで音が変わるんです。長岡花火のときに一回水に入れて録ってみたこともあって、これがとてつもなく素敵な音がするんですよ。水の中では1500m/sで地上とかなりレイテンシーがあり、全然バランスがとれなかったんですけどね」
花火は反射音が大きいのも特長で、それがその土地の花火大会の個性となっていると河村氏は話す。
「例えば盆地で上がる花火は、ものすごく奇麗なディレイが“ドーン”と入ってくるし、河原なら鉄橋の反射が、そこの土地の花火の雰囲気を作り出す存在になっています。でも、これを録るのがすごく難しいんですよね」
セミナーが盛り上がってきたところで質疑応答の時間へ。来場者から「滝を普通に録るとホワイトノイズにしかならないのですが、これを滝っぽく録るコツはありますか?」との質問が。河村氏は 「横から、最低でも45°くらい角度をつけて狙うんですよ。滝って、落ちてくるときにストロークが変わったりするんですけど、正面から録ってしまうとこの違いを収音できないんですよね」と答えた。
セミナーの内容をここですべてお伝えすることはできなかったが、ここまでお読みいただいた皆さんには、フィールドレコーディングの奥深さを十分に感じていただけたのではないだろうか。
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