2022年にAudio-Technicaが発売したダイナミック型ハンドヘルド・マイクのATS99。これまでのマイク開発のノウハウや、プロたちの意見を元に改良を重ね、ボーカリストの表現の幅を広げる歌いやすいマイクを目指して設計されたモデルだ。そんなATS99を、シンガー・ソングライターの須田景凪とPAエンジニアの圓山満司がチェック。さらに、4名のボーカリストとエンジニアにもATS99を試してもらい、その魅力を語ってもらった。
写真:小原啓樹(ボーカリスト/エンジニア・コメントを除く)
Overview|ATS99
ボーカリストが心地良いと感じられる優れたレスポンスを目指して開発されたダイナミック型ハンドヘルド・マイク。全帯域にわたってバランス良く音を捉えるだけでなく、高磁力マグネットとステップアップ・トランスによって量感ある中低域を実現している。本体は軽量で握りやすいグリップ形状を採用し、内部ショック・マウントによりハンドリング・ノイズを低減。歌い手のパフォーマンスを阻害しない設計となっている。側面のかぶりを抑えるハイパーカーディオイドの指向性や優れたハウリング・マージンを備えているのは、PAエンジニアにとってもメリットになるだろう。ライブはもちろん、制作や配信などでも活躍するマイクとなっている。
【Specifications】
●形式:ダイナミック ●指向性:ハイパーカーディオイド ●出力端子:XLR(3ピン) ●周波数特性:60Hz〜16kHz ●感度:−52dB(0dB=1V/Pa@1kHz) ●出力インピーダンス:600Ω
シンガー・ソングライター須田景凪&PAエンジニア圓山満司がチェック
中域が奇麗に抜けてきて、ダイナミクスに対するレスポンスが素直なマイクです
サウンド・チェックは、ATS99のほかに一般的なダイナミック・マイクやAudio-Technicaのコンデンサー型ハンドヘルドのAE5400も用意して行った。「1.8〜2kHz辺りの中域がとてもクリアで奇麗」と、須田はATS99を試してすぐに驚く。
「自分の声質的にその辺りの中域の立ち上がりが気になるので、ライブのイヤ・モニターの音を作るときは意識しているんです。ソトオトとしてもその帯域は埋もれやすいですし、だからといってコンデンサー・マイクを使うとかぶりが出てきます。ATS99は抜けが良いうえに、ダイナミック型の感度でかぶりも抑えられるのがメリットです」
圓山は普段の現場でもATS99を導入している。そのナチュラルなサウンドを気に入っているそうだ。
「マイクを口元に近づけたときの近接効果も自然で、ボーカリストも歌い方に合わせて手元で距離をコントロールしやすいと思います。また、須田さんが言ったようにかぶりが少なく、エンジニアにとっても扱いやすいマイクです。ある現場でボーカル・マイクにコンデンサー型を使っていたんですが、レベルを少しプッシュしたいと思ったときにかぶりが気になってしまって。そこでATS99を使ったら、かぶりがかなり抑えられてレベルを上げることができ、このマイクが持つ中域の充実感をしっかりと生かすことができたんです」
須田はさまざまなダイナミクスで歌い、ATS99の反応を確かめていた。そこでの気付きもあったようだ。
「よく使われるダイナミック・マイクの中には、声を張ったときに意図せずサチュレーションがかかってしまうものもあります。ロック的な楽曲ではそれが良いサウンドを生みますが、一方でバラードのような曲ではそれがマッチせず、ノイズやひずみ方などの歌うこと以外の部分に気を遣ってしまうんです。ATS99はダイナミクスに対するレスポンスが素直で、どんな曲でも扱いやすい音だと感じます」
また、須田は歌以外のシーンでのメリットも感じたと言う。
「ライブの合間に話すときに、マイクの感度によってはリップ・ノイズなどが気になって、集中力が途切れる要因にもなります。ATS99はかなり口元を近づけない限りリップ・ノイズが目立たないので、ライブでのトークはもちろん、配信などでも役立ってくれると思いました」
ボーカリスト/エンジニアに聞いてみた 〜ATS99のココがすごい!
ボーカリストとエンジニアにATS99をテストしてもらい、その使用感やサウンドの印象についてコメントをもらった。双方の視点から、ATS99の実力を探っていこう。
Artist|吉田沙良(モノンクル)
聴きたい帯域が細部まで分かりどんな声でも練習通り歌える
Zepp Nambaでのライブで使用してみました。リハーサルの途中で普段使っているダイナミック・マイクからATS99につなぎ替えて試してみると、会場の反響でボヤけて聴こえていた声の輪郭が圧倒的にはっきりとして、コンデンサー・マイク並に繊細なニュアンスまでよく聴こえました! “どういう仕組み?”と驚きながら使用していると、指向性がとても狭いことに気がつきました。マイクの中心から離れると声やエフェクトを拾いづらい反面、反響やバンドの音を拾わないのか!と、このくらいはっきりとした指向性は初めての感覚で感動しました。PAエンジニアからも「声が近くに聴こえる」と好評だったので、迷わず本番でも使用することに。本番中、客席が埋まって反響が変化しても、私の聴きたい4.5kHz辺りや中低域が細部までよく聴こえます。変な力が入らないので、ささやき声から力強い声まで練習通りに歌える確かな感覚がありました。
この時点で購入を決意(!)し、今度は自宅でレコーディングをしてみました。普段なら必須のリフレクション・フィルターが不要なほどノイズが一切乗らず(大通り沿いなのに!)、ポップ・ガードがあれば手持ちでも録れる手軽さ。それなのに、録り音はほとんど処理が要らないのでは?というほどクリアに整理されている印象です。防音や反響対策がされていない場所や旅先などでも重宝するでしょう。“ザ・Jポップ”というような、張り付いた音像を求めるジャンルにも合っていると思いました。今後はモノンクルの配信ライブでも使用してみます!
Artist|碧海祐人
広い帯域を捉えた抜ける音 声だけでなく楽器にも最適
真っ黒な見た目の印象に反してハンド・マイクとしては軽く、握り心地や手触りがさらっとしています。マイクの端子側の曲面のしぼみ方がかわいいのもお気に入りです。レコーディングで試してみたところ、中低域の解像度が高くボリューミーで、低域のビリビリと振動する感じが伝わってくるため、音が魅力的に聴こえました。低い男声やアコギのサウンド・ホールに対して使用すると、その歌や楽器の良さを引き出せるマイクだと感じます。
高域はつややかで、特に4〜8kHzくらいが滑らかに表現されて、音の処理もしやすい印象。ほかのダイナミック・マイクと比較したところ、ATS99は広い帯域を捉えて音が魅力的に抜けてきました。声だけでなく、アコースティック楽器の録音をする方にも最適なマイクです。
Engineer|金森祥之
コンデンサー型のようなレンジの広さ 中低域は密度感が高い
テストの際、アシスタントにマイク・セッティングを任せていたのですが、音出しをした瞬間、“何だ、コンデンサー・マイクだったのね”と言ったところ、“いや、ダイナミックですよ”と言われて一瞬耳を疑いました。ハイエンドの伸びが良く低域のレンジも広いので、まるでコンデンサー・マイクのようなサウンドです。多くのダイナミック・ボーカル・マイクは3〜4kHz近辺にキャラクターを持たせているのが定番ですが、ATS99はその辺りも極めてフラットに再現されます。中低域は、密度感が高く音がギュッと濃縮されているようです。
ハイエンドからローエンドまでレンジが広く、ダイナミック・マイクの“芯”みたいな部分もしっかりと残されており、コンデンサー or ダイナミック以外に第3の選択肢が増えたような期待感を与えられました。
Engineer|西川文章
歯擦音が目立ちにくく上品な音 厚みある中低域と抜けの良さが魅力
中低域の密度と量感が魅力のマイクだと感じます。周波数特性的にその帯域が単純に持ち上がっているのではなく、クセなくギュッと中身が詰まっていて濃ゆいというようなイメージですね。そして高域もバランスが良く仕上がっています。歯擦音なども目立ちにくく、上品な印象です。リッチな中低域ですが、全体のサウンドの印象は非常にスッキリしていて抜けも良いと感じました。
また指向性がハイパーカーディオイドなので、ハウリングに強く、周りの余計な音を拾いにくいです。加えてとても持ちやすい形状なので、収録や配信はもちろん、ライブ用ハンドヘルド・ボーカル・マイクとしても重宝すると思います。厚みのある中低域と上質でまとまったサウンドで、声の存在感をもう一段階上げてくれそうなマイクですね。