ソニーの360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)は、360立体音響技術を使用した新しい音楽体験で、上下左右の全方位から音に包み込まれるようなリスニング体験をもたらす。ここでは、制作手法や聴きどころに着目。高野麻里佳、高橋李依、長久友紀による声優ユニット=イヤホンズの楽曲から、□□□の三浦康嗣(写真右)とエンジニア岸本浩幸氏(写真左)が360 Reality Audioミックスを制作した「あたしのなかのものがたり」「記憶」を紹介する。
Photo:Hiroki Obara
今月の360 Reality Audio:イヤホンズ「あたしのなかのものがたり」「記憶」
配信サービス
Amazon Music Unlimited
※360 Reality Audio版はスマートフォンで試聴可能です
リスナーが置かれている“視点”を最初に設定した
360 Reality Audio版「あたしのなかのものがたり」「記憶」を捉える上で重要なポイントが、楽曲中でリスナーが置かれる“視点”。三浦はある例えを用いて解説してくれた。
「まず「記憶」はリスナーが主人公として彼女たちになり切る視点にしようと決めました。例えると“ドラクエ(ドラゴンクエスト)方式"で、敵が前にいる戦闘シーンで自分自身の姿は見えない。だからボーカルは真下に定位して、心の声として聴こえるようにしました。一方「あたしのなかのものがたり」の視点は敵だけでなく主人公の姿も俯瞰できる“FF(ファイナルファンタジー)方式"で、リスナーは彼女たち自身の視点ではなく、やり取りを俯瞰する。そこがぶれると、どの音がどこから鳴るのか迷うので最初にこう決めました」
続けて「記憶」の音作りについて三浦はこう話す。
「もともと2ミックスで描くには空間が足りない感覚だった曲で、360 Reality Audioは空間が広くて音が飽和しないし、表現したかったイメージに近いです。「記憶」は花火や信号機の音など環境音を多用していて、現実世界での定位の必然性が担保されているんです。こだわったのはドアの音で、ドアを開ける音が前で鳴ってキーッと閉まっていく音がだんだん後ろに行き、鍵を閉める音は後ろで鳴るようにしました。現実を描く前半と対比させた後半は夢の中を表現するため、最後はとにかく一気に音を動かすという考えでした」
「映画のMA(映像に音を付ける作業)をしているような感覚」だったという岸本氏。「記憶」の音作りをこう補足する。
「花火はいろいろなところから上がる表現がしたかったので、21trある花火をオブジェクトに割り振り、高さやパンを変えて配置しました。後半の動き回る部分ではオケはあまり動かさず、基本はボーカルが回っています」
“空間を狭める時間”を意識的に作った
「あたしのなかのものがたり」は、前方と後方の左、右にいる3人が会話を繰り広げる。まずは岸本氏がこう話す。
「2ミックスでも、最初はセンターだけで徐々に左、右のゾーンへ広がり、その定位感のまま最後のサビですべてが鳴って一つになる。それをそのまま360 Reality Audioのキャンバスに広げました。360 Reality Audioで3方向に分けるとメインで鳴るスピーカーの台数が場所によって違いますが、数値的にイーブンに配置したら大丈夫でした」
こちらも視点設定による工夫が施されているという三浦。
「“右”“左”と言う歌詞が、“右”は左側、“左”は右側から聴こえるんです。キッシー(岸本氏)に“彼女たちがリスナー側を向いているならそうなりませんか?”と言われて、確かに視点を定めるならそこから考えないと面白くないと思いました。あと彼女たちが動き出したときに後ろにも空間があったんだと気付けるように、冒頭は普通のステレオ音像しか鳴らさず“空間を狭める時間”を意識的に作りました。2ミックスである種デフォルメして制作したものが、360 Reality Audioになって圧縮を戻してしっかり表現できたと思います」
三浦は既に今後の展望も広がっているようだ。
「360 Reality Audioありきで作った作品を2ミックスに落とし込んでみて“足りなさ”を肯定的に捉えたら面白そう。慣れや思い込みを捨てて面白がった方が人生得ですよね」
岸本浩幸/三浦康嗣(□□□)
【岸本浩幸】ビクタースタジオを経てフリーランスへ。TWICE、なきごと、DADARAY、吉澤佳代子などを手掛ける。
【三浦康嗣】楽曲制作やプロデュース、歌唱、演奏、プログラミング。□□□主催。音源発表やライブ活動、美術や舞台の共同制作などを行う。